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だんたりおん  作者: 左猫右雛
第一幕
19/28

第十五席【合宿】

 初日の夜、和室に布団が二つ。

 消灯後、少し離れて敷いた布団は心の距離か。そんな距離を、しかしググッと詰めてくる人が。

「えっ……な、何やってるんですか先輩」

 先輩の場所決めを優先し、隅に構えた僕の布団へずずーっと布団をつけてくる。

「なにって、こんな離れてたら誰にも言えないお話……で・き・な・い、でしょー?」

「……」

「よいしょ……はい、じゃあお話しよう中原君」

 その後に出た言葉は、しかし僕の予想を裏切るものだった。

「創作、ひょっとして悩んでるんじゃないの?」

「えっ」

「何その顔は。ははっ、タマちゃんのことで根掘り葉掘り探られるんじゃ、なーんて構えちゃった?」

「それは……」

「しないさぁ、そんな無粋な真似。中身まで突っ込んで聞いてもねぇ……かえって、そんなのつまんないから。どんなところが好きなんだろうとか、何をきっかけに好きになったんだろうとか、そういうのは想像してた方がずーっと面白い。

 すっ裸を見るより、大事なとこは布で隠れてる方が良いのと一緒だよ」

「なるほど……」

 なるほどと言ってしまったが、これはそういう捉え方もあるんだなという意味であって、その性癖に同意かつ納得したという意味ではない。

「で、困ってるんでしょ? 聞くほどのものでもないと思ってないで話してみなよ、なんかあんなら。悪いとこだよ、無理やり自己消化させようとすんの」

 たしかに僕は、創作で行き詰まっていた。田浦さんは創作をしない。なら僕は、創作で田浦さんに追いつけないだろうか、なんて考えていたわけである。

 でも、こんなのは求められてない、つまらないんじゃないか……なんて迷いが、度々筆を止めるのだ。

「……どうしても、納得がいかなくて。わりと始めの方で、諦めてはまた考えての繰り返しになっちゃうんです」

「ほうほう、そんで堂々巡りか。諦めるのは、面白くなくなっちゃうから?」

「いえ……その、僕は面白いと思うんです。けどそれじゃエゴだなって。誰かに聞かせるレベルじゃない気がするんです」

「ふーん」

「玉縄先輩は気にしないでとりあえずやってみればって言うんですけど、最後まで書くのに、やっぱり迷いがあると筆が止まってしまうと言いますか……」

 そこで先輩は清々しく言い放つ。

「勘違いを、中原君はしているようだ」

「……勘違い?」

「創作って、面白いのを作るって意味じゃないんだよ」

「……?」

「個性のあるものを作るっていう意味なんだ」

「個性……」

「面白さは、そこについてくるだけ。自分がまず面白いと思うなら、それは最低条件のクリアを意味している。誰かにとってつまらなくても、誰かにとっては面白い。人間同士、相性があるのと同じさ。

 中原君、人の顔色を結構うかがうってゆーか。わりと意識するじゃん。創作もその悪い癖が出てるんだよ。面白いと思ったなら、まずはやってみる。やってみて初めて分かることがあるし。やらないと後悔だけが、やっぱね……残っちゃうものだから」

 その横顔がやけに切なく見えたのは、月明かりと静けさの織りなす対比からだろうか。

「分かりました。あ、あの……」

「なに? ほら、そこだよ。とりあえず言ってみな」

「……先輩は後悔したこと、あるんですか?」

「なんだよ、そんなこと? そりゃーもちろんあるさ。自分としては面白い物語なのに、なんでかウケない。あんなに力を入れて書いたのに、どうしてかハマんないとかね。

 でも不思議なことに、読み方を変えたらそれが意外といけたりしちゃうんだよねぇ。

 講談は読み聞かせだろ? だから、何ともない話でもどう読むか。つまり、()かせることができるかで、ガラッと変わるんだわ。駄作を生んでなければきっと、それにも気づけなかった。だから中原君も、それを体感すべきなのさ」

 すこぶる先輩らしい言葉に、僕は心を打たれた。

 このあと、トイレに行って戻ってきたと思ったら、長い髪を前に垂らして脅かしてくるということが無かったならば、尊敬で終わっていたに違いない。


⭐︎


 合宿二日目。

 昼までみっちりと練習を行ったあとは、全員である場所へ――日光江戸村だ。

 講談では、江戸時代が多く舞台になるので、そういった本来の文化的背景もしっかり学ぶための訪問である。一方で日々の練習、特に創作においては四六時中あたまを使ってしまう人もいるため、こうして強制的に解放される時間を生み、英気を養うことも目的にしているらしい。休息も鍛錬のうち、というわけだ。

「うわぁーい! 着いたァーッ!」

 第一声は玉縄先輩。『わーい』と言うセリフは、漫画の世界だけかと思っていたがどうやら実在するらしい。

「一年ぶりね。別段、懐かしいとは思わないけれど、ここに来た感は、この街並みでやっぱり感じるわ」

 と、部長は木造並ぶ宿場(しゅくば)町を見据える。

 僕はここには初めて来たのだが、どうやら田浦さんもその様子で、隣でこんなことを言った。

「ふーん……思ったより立派な見た目。時代劇のセットの中にいるみたいね」

「あっ、撮影も向こうのエリアでやってるみたいだよ。凄いね」

「なに、中原君は来たことあったの?」

「いや僕も初めてだけど。ほらここ……撮影の里って書いてる」

 パンフレットをしっかり読むタイプが僕なのだ。

「あーへぇ、本当ね。一般の人は、でも入場できないんだ」

「あたしどーしよー! どっから回ろかなぁ。忍者の里、今年も行きたいしなぁー! でも侍の修行もやりたいしぃ」

「遊びはいいけれど、まずはご飯食べておかないと晩御飯食べれなくなるわよ。去年、遊びすぎて遅くにお昼したから、晩御飯ほとんど残したでしょ。あのとき、誰が食べたと思ってるの」

「あーもー分かってるもん! 去年それ散々聞いた! 同じ過ちは繰り返さないのがあたしです」

「衣笠部長は、どこでお昼ご飯食べるんですか?」

「そうね……」

 すると、僕の隣に気配が。

「ちょーいちょい、中原少佐っ」

「わ、びっくりした……」

「君に任務を与えよう。きっと、田浦ちゃんはユミルと同じ場所へゆく。それは、蕎麦処。しかし、タマちゃんは雑食だから、どこでもオッケーするはずだ」

 雑食て。

「だから、ごはんへ誘いなさい。オススメはここ、串焼きヤマクジラ。ミッション『二人で楽しい江戸まわり』発動だ」

 やはりネーミングセンスが……

「タマちゃんね、自分の知ってること話すの楽しい人だから、ここいきゃオッケーだから」

「でも、そんないきなり――」

「おーいタマちゃーん、中原君がお話あるってさ!」

「えちょっ、先輩……!」

「さーてーと! 俺は一人で(かま)屋とか適当に回ってくるよ。また帰りがけに連絡してねぇ」

「ええぇ……」

 入れ替わり、玉縄先輩がぴょんぴょんと。

「ほいほいーっ、どしたんズッキー?」

「えっ……そー、あーぁのっ」

「ああ! 初江戸村かな、もしかして?」

「え、そっはい、そうです。なので……いし、一緒にごはんを串焼き? が、食べてみたいなぁ……とか思ったりしてまして」

「おういーね、よし行こうすぐ行こう! ならあそこ、やまくじらだね。

 ねえー、ゆっさんたちはー?」

「私達はお蕎麦食べに行くわ。あとで、もし合流するなら連絡ちょうだい――」

 


 日光江戸村。江戸時代の街並みを再現した街道から宿場町、職人の町、侍の町と続き、忍びの里なんかもある。中央には川も流れており、火の見(やぐら)も建っていて風情がたっぷり。

 スタッフの人は江戸人と呼ばれ当時の格好で、客も貸衣装で歩けるため、江戸のおもむきを肌で味わうことができよう。

 手裏剣、三味線、せんべい焼きなどが体験できるほか、学びの場としても有用で当時を再現するモデルスペースがあり、また資料展示が行われるなどしている。日時が合えば、奉行所などで芝居を見ることができるので、一度見てみるのも良いかもしれない。

 テーブルに運ばれてきた、大串にごろっと刺さる肉に丼ぶり。僕らはヤマクジラで昼食だ。

「もう見てるだけで美味しい! めちゃくちゃでっかいよお肉、ほら見てズッキー!」

「ホントですね」

「あ、写真とっとこー」

 写真を撮るために、片手で角度を変えながら何度も。

 このとき、何となくアブナっかしいな……と思ったときに声をかけておけば良かったのだが時すでに遅し。

 串から転げる肉一つ。

「あっ……うぎゃぁ落ちたぁーッ!」

「あぁー待ってください。僕、拾いますよ」

「ごめーん、ありがと。うわーん、上手く撮れた代わりに一つお亡くなりになりました……」

 やはり不運スキルはお持ちの様子。

「もし良ければ僕の、一つ要りますか」

「えっいいの?」

「はい、このあと甘味も食べてみたいですし、ちょっとお腹空けとこうかなと」

「むーん、見返りは何を求めているのかな」

「えっ……や、求めてまさんけどっ」

 噛んだ。

「ならもらっちゃおー! ありがとね」

 顔を近づけ、手に持った串からお肉を頬張る先輩。そこで僕は重大なことにようやく気付く。玉縄先輩が食べた串を、僕が食べるっていうことは――

「おいひー!! ん、ごくん。どしたのズッキー、顔が食べる前から驚いてる」

「へ!? あいやっ……これは、なんでも」

「あー、なんでヤマクジラっていうのか、さては気になったね?」

 たしかに手元のメニュー表に、視線を落としていたようにも見えたかもしれないが。

「あまぁ、はい……」

「それはねぇ、隠語なのさ」

 すごい自慢げな顔。

「あぁ……何のですか?」

「お肉! 昔は食べちゃダメだったんだよ。しょーるいうらみの令って聞いたことない?」

 惜しいけど全然違う! 生類あわれみの令では……。

「あーそうですね。そんなふうなのを、日本史で……」

「五代将軍家光の出したそのお触れから、獣肉は食べちゃダメってなったんだけど……まぁそこは人間ですからねっ。表向きではみんな食べてない感じにしといて、裏ではこうやって隠語を使って売ってたりして、ちょいちょい食べてはいたんだよねーって話。

 ちなみに、猪牡丹(ぼたん)、馬は桜に鹿紅葉(もみじ)。全部ひっくるめて野生の獣を、ヤマクジラって呼んでたんだってさぁ」

「へぇ……初めて知りました」

「ふふ。ちなみにね、江戸時代の侍はキュウリを食べませんでした。なぜかっ? 早い者勝ちね!」

 早い者勝ちって僕しかいないけど、いきなり始まったクイズ。

「え、なんでしょう。贅沢品だった、とか」

「ぶぶー! 葵の御紋に似てたんだよ断面が。将軍家の御紋を噛み砕くなんて恐れ多いということで、避けてたらしいね」

「へえぇ……」

「江戸時代は、そういう食に関して大きく変わった時代でもあるんだよ。一日三食の風習もこの時からなんだって。菜種油が安価に出回るようになって、活動時間が伸びたのもあったんだろうね。

 他にも、みりんとか醤油とか砂糖が普及したのもこの時代なのですなぁ。あ、握り寿司なんかもこの時代に発展したんだよ。あたしお寿司好きで調べたことあってさ!

 当時は、即席で腹を満たせる、要するにファストフードの位置付けで流行ったんだってぇ。

 じゃここで問題! 握り寿司は、もともとどこが発祥でしょーか?」

「え、ええと……江戸、いや京都ですか?」

「はずれーっ! 正解は東南アジアでした!」

「えっ、日本じゃないんですか?」

「日本では『なれずし』って言って、川魚と塩と米を合わせて数ヶ月かけて熟成させた魚を取り出して食べていたわけだけど、それが奈良時代。

 でもでもー? それよりも前に、紀元前三世紀くらいに、すでに東南アジアでやってたんだよ。つまり、東南アジアから伝来したのが、奈良時代だったってわけだよね。

 まー当時は、魚の保存食だから。今で言うところのお寿司とはだいぶイメージが違うだろうけどねぇ。

 あ、それで言えば握り寿司は、江戸の華屋(はなや)与兵衛(よへい)が考えだしたって話だけど。シャリがさ、めっちゃ大きかったらしいよ。今の三倍くらいって」

「そんなにですか!?」

「江戸には単身の男の人がすっごい多かったらしくて、だからおにぎりみたいなイメージだったのかもね?」

 玉縄先輩は、わりと物知りだった。

 このあとは甘味処へ行ったり、忍者修行の館という平衡感覚を失う斜めに建てられた建造物に行ったりと、他にない体験を玉縄先輩と共に過ごすことができたのだった。

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