第十二席【デート!?】
あの定期会で、大名花屋というワードになぜオカケンが反応したのかというと、実は定期会の影響で寄席を見に行くことがあるそうなのだ。そこでこの演目がかけられたらしく、まさにタイムリーだった……というのを、オカケン部員である虎式さんと仲良くなった田浦さんから教えてもらった。
ところで、金沢先輩はというと問題なく登校できている。玉縄先輩も修学旅行が終わり、自分が欲しかったっぽい気配を全面に押し出した個性的な土産をみんなに配っていた。
そして今日は八月四日だ。だんだんと迫り来るは、夏休みと合同発表会。
ところで、合同会なんてふうにも言われるこれは、正式名称『芸能文化のみらいに輝く高校生 むさ市市立五校合同定期発表会』という……長い。
開催日は毎年八月の四週目の木曜、牟佐市民ホールにて行われる。対象は市立五校。参加条件は、『日本の伝統芸能を学び、実践をする部活動』であること。
一校につき参加できる部活動は三つまで。一つの部につき、参加可能な人員は二組まで。時間枠は、一組最大15分。
なので定員マックスで考えると、一校あたり最大90分となる。それが五校なのでトータル450分。6で割って7時間と30分。これを午前と午後の部で分けて行われる。
参加までの流れは、牟佐高校を例に挙げると日本舞踊部と講談探究同好会が近年いつも出ている。いつも参加希望の部活がこのくらいしか無いらしいので、この段階で特に絞られることはないみたいだ。
だが、部内からは二組しか出られない。つまり僕らは五名なので、そのうち三名は出られないことになる。では、そこはどう決めるのかというと、部内コンペで多数決によって決められる。ただし、一年生の場合はそれに加えて上級生全員に認められていることが条件になるから、多数決で票を取れてももう一度、上級生のうちで審議されるということになる。選抜者は開催二週間前までに、顧問の津田先生に報告といった感じ。
ちなみに、合同会は誰でも無料で入退場自由。当日は、ゲスト審査員達(一般公募と伝統芸能に従事する人たち)と主催の会長によって投票が行われる。それによって、二位までは表彰と贈答品が贈られるそうだ。
講談探究同好会の実績としては、昨年初めて二位に入賞している。表彰状が部室に無いわけだが、あえてしまっていたそうだ。プレッシャーにならないようにと。
当時の演者は、金沢先輩と玉縄先輩らしい。部長がいないのが不思議だっのだが、今日帰りがけにそれを聞かされることとなった。
部室の鍵を職員室へ返しに行く途中、廊下を行く玉縄先輩は言う。
「ゆっさんが出なかったのはまぁねー、事情ってのがあるのですよ」
「事情、ですか?」
「本来じっくりやりたい人だから、長いんだよねぇ話がさ。一席、最低三十分は必要って感じで。だから、そもそも向かないの。合同会でやるよーな短い話に」
「あぁ……なるほど、そういうことなんですね」
たしかに、定期会の話も三十分程だった。
「短いのもできるっちゃできるんだよ。でも、ゆっさんのポリシーは心を揺さぶる、腰を据えて聞けるような物語を読むことだから。そこで、折り合いがつかなかったっていう。だったら他の人に、枠を使ってもらったほうがいいって、そう思っちゃってるわけさぁ。
そうそうだからさー? ちょいと心配なんだよねぇあたし」
「……あぁ、そうですよね部長はこれが最後ですし。その……もったいないというか」
「ううん違くて」
「え?」
「ミーちゃんが、ちょっと心配なんだよ」
「え、田浦さんですか?」
「うん。大名花屋やりたいっぽいじゃない? でも、この短い時間にかけるのには、無理があんじゃないかなぁって。まぁそこはゆっさんもフォローして台本の直しを手伝っているみたいだけど、それが吉と出るか凶と出るかっていうね」
来週にはコンペが行われる。田浦さんはそこに合わせて、定期会の前から部長と大名花屋についてあれこれ話していたが、そういうことだったのか。
「ズッキーは? どうすんの?」
「あ。僕は……やってみようと思って、でも創作は間に合わないので、既存の台本を借りて読もうと思ってます」
「おーっ、いいね! 何にするの? 朝またぎカラス山? お茶汲みにゃんこ? 坊主のスマホ?」
「いえ……あの、牟佐怪談を」
「あーはいはい、それかぁ! あっはは。怪談っぽい始まりから、なんでもない結末になるアレね。あたしも好きなやつだ!
去年卒業した錦戸薫ってゆー、クンさんって呼んでたんだけど、その人の書き下ろしなんだよねぇ」
「クンさん?」
「あたしが燻製好きだから、それで薫っていう字見て、あっ燻製のクンだぁって言ったら、喧嘩売ってんのか字がちげーよ! とか言って、これがバカ怒られて。でもなんかしっくりくるからずっとそう呼んでたんだよね。
凄いんだよあの人、スケバンみたいな髪の長さで、ギャルみたいに目つき鋭くて、そんでめちゃくちゃ引き笑いの人なんだけど、高座におさまるとなんかすーっとした雰囲気になって。別人に見えるくらい。あれは、かっこよかったなぁ」
「すごい人だったんですね」
「うん、見た目怖いんだけど、あたしと一緒で動物とか好きで。あ、寄席にも行ったんだぁよく」
「よせ……」
「ズッキーは? 行ったことある?」
あ、落語とかを楽しめる場所、寄席のことか。
「寄席は、僕は無いですね」
「ほうほう……よし! なら決定、行こうズッキー!」
こうして僕は、まさかのお誘いを受けることとなるのだった。
⭐︎
八月八日、土曜日。東京は浅草、目抜通りには人、人、人。もーう、人が凄い。屈指の観光地だけあって、外国人客も多く見える。
待ち合わせ場所の雷門前に、人酔いしながらもなんとかたどり着いた僕は既に顔面蒼白、疲労困憊。対してデニムに爽やかなシャツ、リュック一つで元気な笑みを、夏の日差しが如くキラキラと向ける玉縄先輩は、手を振って走り寄ってきた。
「わーすごいねッ!」
「え……な、なにがですか」
「だってすぐ分かったもーん! おっきーと便利だねぇ、あははは」
平気で頭に手を伸ばしてポンポンと叩いてくる姿は無邪気。小っ恥ずかしい僕は、自ずと一歩下がる。
「あの、すみませんでした。さっきちょっと迷っちゃって……あの、他の人たちは……」
「ほえ? いないよ、なんで?」
「え……」
僕はてっきり二人なわけがなく、きっと誰か……そう、部長とか金澤先輩あたりがいるのだろうと思い込んでいたのだが、どうやら違ったのだった。
「さー行くぞズッキー! はやくはやくっ」
じゃあこれ……デートじゃね!? 僕の心臓が急にうるさくなってゆく。
スカイツリーのお膝元、新仲見世通り。昔と今が融合しているアーケードを行きながら、玉縄先輩は自慢げに教えてくれた。
「東京にある有名な定席といえば、新宿末廣亭、浅草鈴本演芸場、そして浅草演芸ホール。定席は、年中無休で落語やってる寄席のことね。
だから、だいたいは落語が聞ける感じなんだけど、それ以外にも色々あって。例えば、漫才とかコント。あと、浪曲っていう三味線伴奏の話芸もあるし、それから奇術ってマジックなんかもあるし、太神楽って曲芸みたいなのもあって、そこに講談もあるってわけ!
今から向かうのは、浅草演芸ホール。でねでねぇ、番組見たんだけど今日は落語と紙切りと、あと漫才なんかがあるみたい」
「へぇ……そんなに、色々見れるんですね」
「だから面白いんだぁ、一日暇つぶしにいてもいいくらい!」
暇つぶし……ファミレス感覚か。
「まぁ、今日は昼の部の途中までしか見ないけど。なんせこのあとは講談を聞きに、上野広小路亭に行きますからねぇー、むふふ。
でねぇ、これが寄席の良いとこでさぁ? 持ち込みも自由だし、入退場も自由なんだぁ。ただでも、建物の外に出ちゃうとダメだから注意ね!」
「なんか、思ったよりずっと自由な感じですね」
「そうそう。あんま興味ない人の時は、そこだけ抜けて休憩したり、むしろ寝ちゃっててもいいし。おじさんとか寝てる人いるよ全然」
いいのかそれで……と思わなくもない。失礼というか。
「つまりあれだよ、ライブで好きなアーティストん時だけ聞けるみたいな! コスパもタイパも良い!
あたしはね、一番好きになったのは太神楽なんだけど、すごいんだよ? 中国の大道芸みたいなのじゃないの。こう……江戸の粋みたいなのが感じれる芸なの。面白いんだぁ、すごく。話さないのに面白いってさ、考えれば凄いよねぇ」
「あぁたしかに、そうですね」
「あとね、これから行く浅草演芸ホール。看板猫さんいるの! ジロリって言って、チケット売ってるとこにいんのだけど、めちゃクァいいからなぁ……! 運が良かったら、すぐそばに来てくれる時もあるかもよ?」
「テレビで見た猫の駅長さん、とかみたいですね」
「そーそーそんなふう。もうすぐだよ、ほらあそこ!」
細い指が向けられた先には、祭りのように賑やかで色とりどりの旗が数本。建物は縦長。蔵のような真っ白い壁は、腰のあたりまでが黒地に白の格子柄。
建物中央には、入場口とチケット窓口があって、頭上には赤地に白で大入の文字。通りの真ん前の看板には、出演者の顔写真が貼られ、壁にも噺家の名前が木札で出ている。これは番組表と言うらしい。なんかすごく……江戸感というか、他にない雰囲気を感じる。
早々にチケット売り場、ここでは木戸というらしいのだが、そこで会計のやり取りをする際に出会ったのが看板猫ジロリである。
窓口の側にうずくまるサバトラ。奇跡的に僕はチケットのやり取りでなんと握手できたのだったが、玉縄先輩のときはどこかに行ってしまって凄い残念がる結果に。
さて中に入れば、左手に見えるのは階段。ここを上れば約百席ほどの二階席。僕らは一階を選んだ。一階は二百席ほどあるのだが、いずれも席は自由で飲食も可能。最低限迷惑のかからない範囲でなら、ということだけど。
一階席は、縦三列にシート席があり高座を臨む。僕らは真ん中より後ろ、端よりの席に着いた。団体客もいるようだ。
ドン、ドン……と間も無く響いた太鼓の音。二番太鼓と言って開演前に鳴らされるそうだ。開場の時は一番太鼓が打たれるらしい。そして閉場の際は、ハネ太鼓というものが鳴る。
どんなものが見られるのかワクワクだが……真横に玉縄先輩という状況。これが気になって仕方がない。映画の座席より近いしたぶん――




