第十一席【異装の本懐】
張り扇が綺麗に音を出した。
「北町奉行所のお庭先。門から左を向きまして、向かって右側お役人。手前に白砂利、高い壁。敷かれる藁の敷物へ、座らせられる佐々木累。その顔キリッとさせたまま深々頭を下げまして、面を上げよ、言われて始まるは詰問にこざいます。
詰問するは北町奉行、石谷貞清と言いまして、年は五十と八。譜代大名の一人です。
普段から、異装をして風変わりを気取った累の素行にはそもそも問題があり、延いては此度の騒動を生んだとの由で、このように詰問されることとあいなりました。
しかし累は異装をしてはおりますが、問題を起こしたようなことは一度たりともありませんし、世俗の風紀を乱すような行動もまた致しておりません。
それにあの日、白柄組が町奴を贔屓にしているなどとあらぬ因縁をつけて老夫婦に絡み、そこを累が事情を悟り割って入ったのが事実です。そこが、普段より素行の悪い累の方からいたずらに絡んできたという話に、これがなっていたのですね。
しかし、貞清は思慮深く聡明な人物ですから、その話をまんま鵜呑みには致しませんでして。しっかりと町役連中ら信用のおける筋から、律儀で義理深い人柄であることは、先に調べておりました。
さてお話は、異装が御奉行様にお手間を取らせるような、法に触れるものではない。そう毅然と主張をしたところからにてございます」
――パン、パン。
「『うむ……その方は、正当な範疇でもって異装をしていると申すか。確かに武家の娘であれば、この格好は直ちに天下の法度に触れることはないであろう。
しかし、そなたは女である。しからば、女らしく身なりを整えるのがこれ道理とも言える。
女が一人で外を歩くならば、いくら武家の娘と言えど用心は必要だというのに、そなたの格好では逆に悪目立ちしてしまう。自ら火種を撒いているように見て取られても、なんら不思議はないであろう。
これに対して、そなたの考えがあるならば、ここで申してみよ』
『恐れ多くも、ここで弁明をお許し頂けるようであれば、一言だけ。
この格好は正当なものと申し上げましたが、それよりもある理由と目的があってのことで、決して先般における者たちのように狼藉を企もうとしているわけでは、全くもってございません』
『ふむ……では、その訳というのは、いったいいかなるものであるか』
『我が父は、古河藩主土井殿のもとでかつてお仕えを致しておりました、佐々木武太夫にございます』
『ほう、あの土井殿の……』
土井利勝というのは、現在大老という職におります。大老というのは、幕政において緊急時に置かれる職で、言わば将軍補佐ですね。要するに非常勤なわけですが、その職権は大きく、幕府の政策決定に関与する身分です。
ですから当然、誰でもなれるわけではありませんでして、たったの四家しか就くことはかなわなかったと言います。
ちなみに、老中という職がございますが、これは常勤でございまして最高の職位となります。
その老中と大老が共に歩く際、老中は絶対に前に出ません。一緒に歩きたくないとかじゃございませんよ? 敬意ですね。
江戸城内では、総下座の礼といい、大老の前ではみな平伏して敬意を表するのは当たり前だったんです。つまり、それくらい身分が高いんですね。
さぁ、大老と関係があると分かれば、これ単純な案件として片付けることはできるまい。少なくとも、土井殿の耳に入れなければ。しかしまたどうして、そんな由緒正しき娘が独り身で道場なんかを……と貞清はこう思うわけでございました。
『私はその武太夫が一人娘にございまして、兄や弟は無く、縁組をすることもなく、私はどなたも婿を取っておりません。ですので、既に家は断絶しております』
『なぜ、婿を取らなかった? そこを労する家柄ではないであろうと見受けるが。武太夫という名は、聞き及んでおる。武芸に達者で精悍なお人であったと。よもやその佐々木武太夫の娘であらば、話が全く無かったわけではあるまい』
累はここで、誰にも話してこなかった身の上とその本心を吐露するに至るわけなんですが……これが涙無しには語れない、いや聞くことができない殊勝な物語なのでございます」
――パン、パン。
「今より十年前、場所は古賀に移ります。武太夫は相変わらず累に余さず武道を教え込む。累もまたそれを取りこぼさずに吸収する。そんなふうに、親子共々武道と家を守る一心にて、邁進してございました。
ですので当然、両人とも跡取りのことをしっかり考え話し合っておりました。
通常、家は男子でもってこれを継ぎますから、一人娘である累は誰かしらを婿に取らねばならないわけですね。
累はと言いますと、これが武道はもちろん奥向きの作法も心得ていました。奥向きというのは、武家屋敷や江戸城などの生活の場を指します。つまり、そういう場でのマナーを心得ている。
それでもって可憐な見た目で器量良し。これに、話が来ないはずがない。もちろん申し出は、とても多かったんです。
しかし、これがなかなかうまくいかないんですね。というのも、佐々木親子は武道に精進する佐々木家としての本懐を、まず第一に考えておりましたから、あいつはどうだ、いやダメだろう。こいつはどうだ、少し違うなと……まぁこんな具合だったのです。
そんなことをしているうちに、武太夫は病で亡き人となってしまいます。
さぁ困った、そうすると男子がいないわけでございます。ですから、お家断絶……本末転倒となってしまいまして。このあと累は浪人として江戸市中を目指し、そこで道場を構えるに至ります。
道場を開きましたのは、浅草聖天町。そこで累は武道を教授してゆきますが……その道場がまた凄いんです。
江戸は聖天、今も昔も人の往来ひっきりなし。そこへ構えた家の軒先、通りゃ振り向く飾り付け。槍に薙刀、鎧櫃。墨で黒々と、武芸指南佐々木累――こう書かれておりまして。
浅草と言うのは、当時最も賑わいのある場所といわれております。そんな浅草のど真ん中です。堂々たる佇まいに飾りつけ、看板を掲げているわけにございまして、そりゃ目立ちますし、ここから累の意気込みもひしひし感じてくるところですよね。
くわえて、累の外出時の異装も助けて、指南所はすこぶる評判となりました。しかし、そこでこの騒動となったわけにございます。
さて、この累の行動はもはや結婚を諦めたかのようですよね。だって、関係のある家に話をしたり、武芸をもってして、強い道場主なんかを当たればいいのですから。
しかし実際は、男を探すこともせず自分が主人となり、男装のように振る舞い、女伊達で一代をやり切って終えようという気配です。最後まで武道に邁進しようと……そんな意気込みで道場を開いたようにも見えますね。
しかしですよ……これが違ったのです。
実は、累は結婚、家のことをちゃーんと……実は考えておりました。亡き父の遺志をしっかり受け継いでいたんです。
累は婿にする相手は父のように強く、武道に精通した人格者でなければ、佐々木家の当主としては相応しくない、そう考えております。しかし、普通に探したところであまりに時間が足らない。ですから、こう考えます。
道場を開き、話題を呼んで武人を集めればそのような人も見つかる可能性は高くなる。評判を上げれば尚更、向上と精進の心を持った者が集まるはず。とまぁ、こう考えるに至ったわけなんですね。
要するに道場を開いたのは、見合う相手と巡り会う機会を少しでも多く得るためにございました。
では異装はなんのために? と思いますがこれも理由がちゃんとあるんです。
話題を呼ぶため、だったんですね。
普通にしてれば、きっとこう思われます。またなんか道場ができたぞ、しかも女だってよと。これでお終いです。だから、目立たせた。自らが看板となって、話題を呼ぶようにわざと仕立て上げたのですね。
その甲斐あって、実は累の道場、京の方にまで噂が広まっておりましたから、その人気ぶりをうかがえます。
しかしこれでは、もはや女を捨てたような様相でありますね。でもそこは、彼女の覚悟でございました。そうまでしてでも父の想いを、そしてこれまで培った佐々木家の技を絶やしたくなかったのでございます。
ですから、看板には大きく堂々と佐々木累。佐々木の名を、掲げたのでございます。
そしてもし見合う人物が見つかれば、夫となってもらいその人に断絶した家を再興してもらいたい。再興できた暁には、自らは女としてその後を歩みたいと……こんな切なる思いがそこにはありました。
これを聞いた貞清は、大変に感銘を受けまして、ただ一言。
『誠に、道理のある申し分であった……』
お咎めは無し。累はそのまま帰されます。それだけでなく、貞清はこの話をすぐに土井利勝へ上申します。
すると利勝は、自ら婿探しをしたのですね。それだけ関係が深く、武太夫の娘がまさか江戸市中にいると知っては、もう黙ってはいられませんでして、家中で一番の武人と名高い小杉十左衛門に話をします。そこで、十左衛門は自身の次男である九十九を進言するのですが、その時には既になんとこれが二人はお互い通じ合うような仲になっておりましたから、これに利勝も十左衛門も驚嘆するわけでございます。
実は、あのあと騒動の一部始終を目撃していた九十九は、その確かな腕に惚れ込み、累を訪ねておりました。そして手合わせをする。そこで二人は確かな武人であることを互いに悟るのですね。
不思議なことでございますが、達人同士というのは一つ手合わせするだけで、人格をも把握できてしまう。
例えば、わかりやすく言いますと、マナーというのがございますね。テーブルマナーをしっかり心得た者というのは、もちろん見る人が見れば、すぐ分かる。ああしっかりした家柄育ちなのだなと、心得を持ってる人なのだとそこで、暗黙のうちに把握されるのですね。
それと同じで、立ち居振る舞い、剣術における所作、これらを見れば真面目に打ち込んでいるのかどうか。そして、そういうものがどんな生活をするのかは、それは想像に難くないわけにございます。
そんなことで九十九は、万が一にも累が処されるようなことがあらば、待ったをかけるつもりであったというのが裏話。
かくして累は、土井利勝の重臣、小杉十左衛門が次男、小杉九十九と結ばれまして二人三脚、佐々木家再興を見事に、これ成し遂げてゆくのでございます。
結ばれば、四つ目結。累と九十九と十左衛門、そこに亡き父武太夫の、想いを据えて四つの繋がり永劫硬く結ばれる、轍は二人の剣より硬い契りかな――」
――パンパン!
「佐々木累の大願成就をもって、お物語は終局とあいなるわけではございますけれども、さぁ……そこで気になるのは、白柄組でございますね。
それが分からねば、少しものが挟まったような不快感をお持ちになることでしょう。私はそこまでちゃんと読みますよ。
あれからどうなったのかと申しますと、『佐々木累には手を出すべからず』という言葉が界隈に回りました。
実は九十九が、累を闇討ちなどから守るため、各方面に呼びかけたのです。
そこでなんと、佐々木累に手を出す者あらば、問答無用で旗本への狼藉、引いては大老、土井利勝に仇なすことと思え。これを利勝自ら、そうしておいた方が良かろうと九十九に助言を致しました。
先述の通り、大老はかなり偉い人。将軍の補佐ですから、そんな人を敵に回したら、どうなるかは火を見るよりこれは明らかというものでしょう。
そしてしばらくすると、幕府によりとうとう大きな取り締まりがございまして、旗本奴は三百人以上が処刑と結局のところあいなりました。
さて……こんなふうに日頃の行いが悪いというのは考えものでございます。
はじめに申しました通り、度が過ぎた勝手は身勝手になり、さらに度が過ぎれば神様が、いえ……この場合は将軍様ですか。コツンどころじゃない顛末が待ち受けておりますので、みなさまはそんなことはよもやあるまいと思いますが、私たちはなんせ人間です。過ちもあるでしょう。しかし過ちは悔いることができますね。悔いて見つめ直し、そこから成長することができるのもまた、人間でございます。
佐々木累の生き様に、学べることはこと多し」
――パパン!
「女を一度捨て置いても、家と信念は下にも置かない、挑み続けた江戸に轟く女剣士のハッピーエンド、勧善懲悪ラストエンドで大団円。
異装の本懐、遂げて分かった大和の魂。感じて頂きましたところで、本日は読み上がりとさせていただきます」
たった二十人くらいであるとは言え、その声と拍手は田浦さんの時より断然大きかった。やっぱり、部長は凄かったのだ。
田浦さんのレベルが低いわけではもちろんないが、読み聞かせ方や声使いが全く違う。何より、台本にはないだろう補足説明の読みが自然で違和感なく分かりやすい。まさに学べる講談。読み聞かせとは、本来こういうことなのだろう。
この演目内容から学べることは確かに多いが、僕にとっての一番学べたものは、部長の高い技術とセンスでもってかけられたこの一席にどうやらあったようだ。
気付けば僕の胸は、太鼓を打つように高鳴っていた――




