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だんたりおん  作者: 左猫右雛
第一幕
14/28

第十席【七月定期会】

 七月二十九日。定期会当日。

 壇上には僕が一人。口上(こうじょう)を述べるためだ。前には椅子がずらりと二十名ほど。オカケンと思しきメンバー、それから和装の人は三味線部だろうか。向かって窓際、津田先生と撮影用カメラ。

 やばい……ジワジワと緊張が。

「き……っあ、ほっ、本日は……えと、お立ち寄りをありがとうございます……えっ、さて、これより申し上げますのは――」

 やばい、時節の挨拶とんだ……!

「――演者及びその演目です。田浦道葉(みちは)、『大名花屋』」

 そこでなぜか、オカケン部員ゾーンにややどよめきが生まれた。

「衣笠弓留(ゆみる)、『異装(いそう)本懐(ほんかい)』……本日も皆様が何かをおも、お持ち帰りになれる素敵な時間になることを願いまして、僭越(せんえつ)ながら口上とさせて頂きます」

 すぐに引っ込むと、そこには深呼吸を終える田浦さん。前を見据える彼女と目は合わない。ちなみに、一年生に出囃子(でばやし)はない。開け閉めも自ら行う決まりだ。

 僕とすれ違って向かうは高座、初舞台。同じ一年に見えぬ背中は、やたら大きく僕には見えた。

 座して手に持つ張り(おうぎ)、綺麗な音をパンっと出す。頭を下げて、始まったのは『大名花屋』。僕にとっては初めて聞く生の講談は始まった――


⭐︎


 一席終えて扉を閉めてから振り返る田浦さん。顔はとても清々しく、僕には眩しかった。

「お疲れ様、田浦さん」

「うん、お疲れさま。どうだった? 思ったより私は、手応えあったんだけど」

「そ、そりゃすごい良かった……伝助(でんすけ)が一途に支える姿と、お花の葛藤……あと、密かに思いを寄せていた二人の恋が、不幸の中にもちゃんと咲いてくれたっていうクライマックスも……ほんと、ほんとにすごいね……」

 丁寧に読めていて声も凛と出ていて、張り扇も使えていて、まさに講談という印象を受ける一席。

 後悔した……失敗を恐れてでも良いから出ておけば良かったと。

 しかし気持ちを切り替える。次は部長だ。僕は急いで出囃子をかける。廊下の窓から空をジーッと見つめていた衣笠部長は、数秒おいてこちらに来ると僕に微笑んだ。

「じゃ、よろしく頼むわね」

 扉の向こうへ部長は進む。

 こればかりは貫禄といったところか。立ち居振る舞いが落ち着いていて、何より雰囲気というのを引き連れている。高座に上がった瞬間、その場が彼女の独壇場になったような、そんな空気感が僕には感じ取れた。

――パン、パン。

 下げた頭を上げた衣笠部長は、徐にメガネを取って内ポケットにしまう。

「はい……ご存じの方もいらっしゃるかと思います。ウチの金沢が、まさかまさかの――」

――パパンッ!

「事故。ということでございまして――」

 実は前夜、帰宅途中の折、脇見の自転車と衝突したらしい。そのときは大丈夫と思っていた金沢先輩、擦り傷と捻った足を自分で手当てして終えたようなのだが、翌日になってかなり痛んできたということで……しかも転けた拍子に頭も打っていたなんてことが発覚して、病院に行くように部長が叱りつけたのである。親からも同様に説教を受けたらしく、今日は念の為の精密検査。

 そうなれば時間に穴が開くわけで、衣笠部長は急遽(きゅうきょ)演目を短いものから長いものへと変更した経緯が、実はあったりする。

「――事故なんて、何事かと思いますからワケを問いただしますと、前の日に自転車にぶつかられたとか。これが、朝きたんです私のスマホに。別に私も鬼ではないですから、心配の一つくらいはもちろんしましたよ。でもって、彼にそれは優しく、優しぃく言いました。

 『もう一回言ってくれるかしら?』

 いやもう……早く言え、ですね。そして、すぐ相手を引き留め警察呼んで病院行けと。こういうのを、馬鹿たれと言うのでございます。

 しかしですね、こう言ってはなんですが。あの人はもう……普段から勝手と自由が過ぎますので。『勝手』というものは度が過ぎると『身勝手』になりまして、さらに過ぎますとこうやって神様がコツンってやってきますから。まぁちょっとスッキリしましたね。これで懲りたでしょう」

 柔らかい口調でシビアに突いてゆく言葉は笑いを誘う。

「それでなのですけれど。さっき彼と連絡を取りあいまして、特に異常なしで足も捻挫が酷くなっただけだそうです。もし折れていたら、椅子でも用意して勉強机でも置いておこうと思いましたけど、どうやら必要が無いようで」

――パン、パン。

「そんなこともあれば、実はこんなこともあります。

 私、本当のこと言いますと、本日は創作講談を一席お付き合い頂こうと思っていたのですが、先ほどの田浦が大名花屋をやりたいと言うので、私はそれに合わせて短めの講談演目を考えておりました。

 しかし、かくかくしかじか。本来やろうかなと考えていたものへ回帰することと、あいなりまして。

 今から申し上げますのは、講談の演目というわけでは、たぶんないのですが。たぶんと言うのはですね、何より講談と申しますのはこれが数千数万あると言われておりまして、全てがデータベースになってあるわけではないのですね。ですから、もしかすると……もう昔に台本になっている? やもしれません。

 しかし、これは史実に基づき私の理想を盛り込んだ形の創作でございます。そういう意味では、本邦初公演となるのではないかと考えてございますが――」

――パン、パン。

「頃は寛永(かんえい)。幕府が開かれ、二世紀以上続いた時代の初めの頃。

 それは美しく、武道に精通した凛々しい女剣士がおりまして、名を佐々木(るい)。すでに名前が美しいですね。父は、下総国(しもうさのくに)古河(こが)藩主の土井利勝(としかつ)に仕えます剣術家、武太夫(ぶだゆう)にございます。下総国は、今でいう茨城の古河ですね。

 寛永と言えば、日本史の授業でも馴染みがあるかと思いますが、徳川家光の時代。春日局(かすがのつぼね)や千姫といった人物も、この時代を生きました。出来事で言えば、島原の乱や大飢饉。それから武家諸法度(ぶけしょはっと)に参勤交代の義務化が盛り込まれたのもまたこの時代。だんだんと地方大名においても力が削がれ、良くも悪くも中央に集約されれば、乱世から一転、平和の時代へ突入してまいります。

 その中で剣術というのもまた、意味やあり方を変えてゆきました。

 人を斬り殺す技というより、活人剣(かつにんけん)と言いまして、人格の成長や鍛錬を促すもの、いわば武芸として発展を遂げるんですね。巷では道場が開かれ、稽古をする所が多く見られました。

 一方で、実戦のない武士はどうなるかと言いますと、まず生きがいを見失う者が出てまいります。だって、いくら修行をしたところで、それが成就する機会が無い。目標もなく、毎日ひたすらに同じ日々。そうなれば、こう思う者が出てしまってもおかしくありません――なんのための剣術か。

 研鑽(けんさん)したところで誰も褒めちゃくれないし、お金がもらえるわけでもない。しかしだからこそ、剣術の腕を磨くというのは、この時代における出世の貴重な足掛かりとなり得ましょうが、それを理解してジッと打ち込むことができない者はいるわけです。そういった者は、幕府や各流派の道場で他流試合が禁止され、本物の刀を扱っての試合も禁止されてしまいましたことにも、やはり不満が募る。

 とまぁこうしたことから、落ちぶれるケースがざらにありました。しかし、それが上級武士ですと、困ったことに身分が有りますね。お金もあります。そして時間も。百姓みたいに作物の世話もないし、勘定を気にすることもしなくていい。じゃあ、やっぱり遊んでしまうワケで、鬱憤を晴らすように狼藉(ろうぜき)企む者も出るわけにございます。

 しかし見方を変えれば、主人(あるじ)や社会のためにではなく、自分のために生きる価値観が到来した、なんて言えるのかもしれませんね。中には、武士や家などに縛られず正々堂々身分を放棄し、やりたいことをやる者だっておりました。しかし、目立つのはやはり飛び出た杭の方でございましょう。

 そんな、飛び出た杭というのは、江戸市中にももちろんおりました。有名どころですと、白柄(しらつか)組がございます。

 江戸幕府というのは、将軍が頂点におりまして、下に譜代(ふだい)大名、それに仕える旗本(はたもと)、そこからさらに下につく御家人(ごけにん)と続いてまいります。旗本以上は上級武士ですから、将軍に直接御目見えが出来る。トップの将軍と会えちゃうんです。これ分かりやすく申しますと、高級官僚といったところでございましょうか。

 この旗本の青年武士やその奉公人によるヤンチャ集団、これを旗本(やっこ)といいまして、先ほどの白柄組がこれに当たります。

 じゃあどんなふうだったかと言いますと、名前にあります通り、白柄の刀に白革袴、白馬に跨る白一色。当時かなり目立つものでした。余談ですが、下級武士から下は騎馬することは許されませんので、誰かに引いてもらうかしないといけないんですね。

 さて、旗本奴の彼らはかぶき者なんて呼ばれますが、これがもうやりたい放題の無頼(ぶらい)行為。江戸市中で度々、町奴という町人出身のヤクザものと抗争を起こす。町人に危害を加える。辻斬りをしたりすることさえもありましたから……町にとっても幕府にとっても、これ悩みのタネと。

 タチが悪いんですね。彼らは腐っても旗本という上級武士の家柄ですから、町民や下級武士とは身分が違います。なのでこの狼藉を簡単に(いさ)めるということはどうにも難しい。下手を打って反感を喰らい、(はかりごと)の動機を与えるのが怖かったのでございましょう。ですから、今はちょっと様子を見ようなどで済ませてしまっていた。

 ところが、そんな彼らを文句なしにコテンパンにしてしまった者がおりました。それこそは、先ほど申し上げた佐々木累、この人にございまして」

――パパン!

「江戸市中、長屋の手前。黒一色の縮緬(ちりめん)羽織に大小の刀を二本差し。年のころは二十と六つ、頭に(こうがい)飾りつけ、大胆不敵な色小袖(こそで)。四つ目(ゆい)を背負って屹立(きつりつ)佐々木累。背後に守られ、老夫婦。さて向かい合うは旗本奴、啖呵(たんか)を切った青年七名、白柄組」

――パン、パン!

「この累の格好ですが、これもまた前衛的と言いましょうか、風変わりでございました。笄というのは本来、髪をまとめるための道具で、花魁なんかが差しているでかいやつ、わかりますか? あれですね。

 少なくとも、この時代に武家の娘が飾りで使うようなことはありませんでした。そして女性の黒一色の紋付袴というのもまた男装に近く珍しい。つまり相手も異装だが、こちらも異装という一戦でございます。

『女風情が調子に乗るなよ、叩っ斬ってやらぁ!』」

――パパパンッ!

「ダアァーッ! と斬り掛かる男はしかし、すぐに刀を払い落とされ気づけばドテーンッと泥が付く。さぁ大変だ、何が起こったか分からない。周囲は、ややもすれば尻込みします。

 実はですね、累は剣術だけじゃないんです。徳川家の剣術指南として有名な一刀流のほか、関口新心(しんしん)流という体術も会得しておりまして、剣に薙刀(なぎなた)、槍に素手。これら全てを極める人物でしたから、武士崩れがかなう相手では到底ないんですね。

 このときも、剣筋を見極め先回りして手首と腕を押さえ込む。そして刀を払い落とすと、自らの体重と相手の勢いを利用して地面に落とす……と、これを目にも留まらぬ速さでやられるんですから、本人はもとより周りも理解できないわけですね、何が起こったのか。

 何が起こったのか分からないのに、負けている。訳の分からない強さというのは、やっぱり怖いものですから。白柄組の連中も、おいおいなんかヤバいやつが出たぞと、これが度肝を抜かれてしまうわけでございます。

 とは言え体面がありますから、一応取り巻きも襲いかかりますが……まぁ結果は言うまでもないですね。連中は完敗にございまして、この日尻尾巻いて去るほか余儀なくされたわけにございます。

『あ、ありがとうございます。あなたは……』

 老夫婦の旦那が言いますと、累は澄んだ笑みを向けた。

『私は、向こうにある武芸指南所で主人(あるじ)を務める、佐々木累と申します。お怪我はないですか』

『はい、おかげさまで。あの、どうか御礼をさせて――』

『いやいや、よいです。連中のことは、かねがね噂に聞き及んでいました。いつかは懲らしめてやらねばなるまいだろうと思っていたところ。では、これにて御免」

 羽織なびかす彼女の姿を、木陰で見送る男が一人。名を小杉九十九(つくも)。歳の頃は二十一。

『ほう……佐々木累か。面白い』

 さて、この男が気になるところではございますが……この騒動によって累は、北町奉行所から呼び出しを受けてしまいます。タダでさえ異装をして武家の娘らしくない振る舞いで闊歩(かっぽ)しているうえ、起こしてしまったこの騒動。さすがにお咎めになるやもしれません。

 さぁ……どうなるのか佐々木累。

 しかし、その前にお気づきでしょうか。累は、土井利勝に仕える佐々木家の、つまり大名に仕える旗本の娘なんです。嫁に行かせるか、婿を取るかされてもおかしくない身分、そして年頃だったわけですが……なぜ江戸市中に道場を構えて、ひとり身で剣術指南をしているのか?

 実はこれ、聞けば納得の深いわけがございました――」

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