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はずれスキルの探偵社  作者: 山岸マロニィ
Ⅲ. 最後の晩餐はかく語りき
26/30

 ――スコットランド・ヤードの一室。


 施錠された空間で、四人は苦渋に満ちた顔を突き合わせていた。


 沈黙を破ったのはリンツ少将だった。

「私の見込みが甘かっただけだ。責任は私にある」


 それを受けて、キングが首を横に振る。

「あれを予期できた人はいないでしょう」


 最も苦々しい顔をしているのはフルハタ警部だ。彼はポケットから取り出した胃薬を口に入れ、ボトルの水を飲む。

「あのような者が現実に存在するのが驚きです。何なのですか、アレは?」


 彼は向かいのジャックに顔を向けるが、彼は無表情にテーブルを眺めているだけだった。


 エレーヌを警察病院に送ったところで、フルハタ警部から事態の報告を受けたキングは、すぐにハイドパークに戻った。

 そして惨劇の跡を目にして、呆然と立ち尽くすジャックから事情を聞くため、フルハタ警部と共にスコットランド・ヤードに向かった。

 そこには、同じく報告を受け駆け付けたリンツ少将が待っていた。


 ――そして、奥まった一室で、四人は顔を合わせているのだ。


 フルハタ警部の質問にはキングが答えた。

「ノリッジの生き残り、と言えば分かるかな」


「ノリッジって、まさか……!」

 フルハタ警部が目を見開く。キングは軽く首を横に振った。

「帝国軍の中でも、ごく一部にしかその存在は知られていない。国家機密扱いだったからね。要するに、スキルを操作して、軍事的に利用できないかを研究していた施設だよ」

「風の噂に聞いたことはありましたが、実在していたとは……」

 フルハタ警部は閉じた扇子でトンとテーブルを突いた。

「我々諜報部は、あの研究所の管理も任されていた。だがあの当時、慢性的な人員不足で、対外的な案件に人を回さざるを得ず、ノリッジは研究者からの報告を受ける程度で済ませてしまっていた。言い訳にしか過ぎないがね」

 リンツ少将は苦虫を嚙み潰すように頬を歪めた。

「彼らが保身のために、研究の失敗例を報告していなかったとは、考えていなかった」


 リンツ少将はジャックに目を向ける。

「彼のスキルについて、君の知っている限りのことを話してくれ」

「私からも頼むよ」

 キングの視線の先で、ジャックは憔悴しきった顔を伏せていた。



 ――ここに来る途中、キングはジャックに言った。

「さっき、君はジョーカーに嘘を吐いた」


 ジャックの呼吸が止まるのが分かった。キングは無情に続けた。

「君はジョーカーに、ロビンと名乗る男のスキルについて、全部話したと言ったね? でも、私の目は誤魔化せないのは、君もよく知っているはずだ」

 キングの声は冷酷だ。

「君があの時、知っている全てをジョーカーに伝えていたら、事態は変わっていたかもしれない」


 ジャックは目を閉じた。噛み締めた歯が震えているのが、キングには分かった。

「君が話せなければ、私が憶測を話すまでだ。それでも構わないかい?」


 呻くように、ジャックは答えた。

「話す……全部、話す……」



 テーブルを睨むジャックの目の焦点は合っていない。

 だが律儀な彼は、ゆっくりと口を動かした。

「……俺がノリッジを出る前、あいつと同室にされたことがある」

「あそこは全て個室だったはずだよ。なぜそんなことになったんだい?」

「あいつのスキルの暴走を抑えるには、あいつの言うことに全て従う必要があったからだ」

 ジャックは虚ろな目上げた。

「元来の人格だけじゃない。分裂した別の人格の要求もだ。少しでも不満に思うと、あいつは『死神』を呼び出す……そんなあいつは、俺と同室になるのを求めた」

 そう語る彼の目は、恐怖に怯えているように見えた。


「『死神』、とは?」

 リンツ少将の質問に、ジャックは淡々と答える。

「同室でいる間、俺はあいつの行動を観察した。そして、だいたい二十二の人格を持っていることが分かった。ちょうどタロットの大アルカナと同じだ。だから俺は、それぞれの人格を大アルカナに当てはめて呼んでいた」

「なるほど。だから、最も危険な人格を『死神』と呼んだんだね」


 ジャックは答えない。

 キングの目には、彼が「最も危険な人格」という部分を否定したいように見えた。

 だがそれを口にしないジャックに、それ以上語らせてはならないと思った。


 キングは話題を変える。

「彼が持つそれぞれの人格については、後ほど書き出してもらおうかな。今重要なのは、『ファントム』についてだ」

 キングは手元の資料をめくった。

「研究所からの報告では、詳しいことが分からないんだ。君は先日も、彼のファントムを目撃している。それについて、知っているだけ話してほしい」


 ジャックは答えた。

「あいつの持つ別人格を、具現化して操作するもの。召喚が行える人格は《審判》だ。他の人格の時、ファントムは使えない。ファントムの種類は、あいつの人格の数だけあると考えられるが、俺は全部を見た訳じゃない。知ってるのは、『死神』と『隠者』くらいだ」


 キングは少々大袈裟にうなずく。

「なるほど、先程君が言った『死神』というのは、ファントムの『死神』のことで、人格そのものではない。最も危険な人格は《審判》……そういうことだね」


 ジャックは答えなかったが、他の二人は納得したようで、「なるほど」とうなずいた。


 キングは続けた。

「『死神』は、殺戮のスキルを持つものだと分かる。『隠者』は、攻撃を弾くアレかな?」

「そうだ」

 ジャックは答えた。


 これで、ハイドパークでの件がだいぶ解明できてきた。

 最初、彼らに接近してきたのは《審判》。

 彼は『死神』のファントムを使い、運転手を殺害した。ジョーカーの目の届かない場所からの攻撃だったため、そこまではファントムのスキルが使えた。

 ジョーカーが現れてからは、『隠者』のファントムで防戦一方となった。言葉でジャックを翻弄し、追い込むのが目的。

 そこにクイーンのロケットランチャーが登場した。さすがに意識していない死角からの攻撃には、『隠者』も対応できなかったのだろう。


「ならば、アレはどの人格なんです? 軍警を瞬く間に切り刻んだ、アレは?」

 フルハタ警部の声は、興奮ぎみに震えている。


 しかし、ジャックは首を横に振った。

「分からない。あんな人格を、俺は見たことがない。だが少なくとも、あれはスキルではなく、あいつ自身の能力だ」

 ジョーカーの存在があるから、それは間違いないと、キングもうなずいた。


「多重人格については、以前、医学書を調べたことがあるんだ」

 キングはテーブルの資料を示した。

「環境などの要因によって、人格は増えたり減ったりする。ジャックが知らない人格が増えていたとしても不思議はないよ」


「はっきり分かったこともある」

 ジャックが顔を上げた。

「あいつは、人格の切り替えをコントロールできるようになっている。ジョーカーの存在で、ファントムが使えないと分かって、あの殺戮者を呼び出したんだ」

「…………」

「それから、双子の天使――あれは恐らく、『正義』のファントム。あいつは自分の行いを正義だと思っている。俺への復讐を、正義だと」

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