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フルハタ警部が引き連れてきたのは、直属の捜査員だけではなかった。
「軍警のお出ましとはな」
物々しい装備の一隊を見て、ジャックは首を竦めた。
車窓から顔を出したキングは、フルハタ警部ににこやかに言った。
「思ったより早かったね」
「ワットソン警部補が竜巻のように捜査本部に飛び込んできたので、何事かと思いましたよ」
それからキングは、噴水広場の方に目を向ける。
「適切な判断に感謝します」
その時ようやく、ジャックは気づいた……噴水広場の警官たちは、ここで彼らがロビンと対している間、何をしていたのだろうかと。
フルハタ警部は肩を竦めた。
「私は何もしていません。警察無線がなぜか混線しまして。『捜査員は全員、ハイドパークから退出し、ハイドパークに誰も入れないよう包囲しろ』と、勝手に指示を出されました。私はそれを訂正しなかっただけです」
恐らくファイブだろうと、ジャックは思った。彼の機転には毎度恐れ入る。
それからフルハタ警部は、ジャックの前に横たわるロビンに目を向けた。
「ワットソン警部補の話から、通常の対応では足りないと判断し、レンツ少将に連絡を取りました」
レンツ少将――かつて、キングが『イクリプス』を統括していた当時の、彼の上官だ。
今はロンドンを本拠地とする軍警の指揮官をしていると聞く。
キングは笑った。
「レンツ少将にも借りができてしまったね」
「警察内部にブラック・スワンの手の者がいる可能性を伝えたら、『私の出番だ』と張り切っていましたよ」
フルハタ警部は恐縮しきりの様子だ。
「これから大変なことになりそうです……ブラウン先生に頼んで、胃薬を増やしてもらわなければ」
「でもその前に、彼を逮捕しないとね」
キングに促され、フルハタ警部は指示を出す。
まず、少女の身柄の保護。彼女はキングの腕に抱かれたまま警察車両に移り、ハイドパークを出ていった。
それから、軽機関銃を装備した軍警がロビンを取り囲む。手錠ごときで彼を捕縛できるはずもなく、武力で言うことを聞かせるしかない。それでも彼がその気になれば、事足りるのかは未知数だ。
その危険な役割は、ジャックが引き受けることにした。
ジョーカーを伴ってロビンに近づく。未だ眠る彼の手をそっと取り、細い手首に手錠を回す。
――すると、ロビンの瞼が動いた。
細く開いた目から覗くサファイア色の瞳が、ジャックを真っ直ぐに見上げる。
「…………おはよう、ジャック」
ジャックの心臓が凍り付く。
先程と人格が入れ替わっている。
――これは、大アルカナで例えれば『恋愛』。
最も忌むべき人格だ。
子猫のようにやわらかな動きで、ロビンは起き上がる。
そして、ジャックに腕を伸ばそうとして、手首を拘束する手錠に気づいた。
「何、これ?」
「今から警察に行く」
「ケイサツ? どこなの、そこ。面白いところ?」
ジャックは低く答える。
「おまえの罪を償うところだ」
子猫そのもののような純真な目がジャックを見ている。
「罪? 僕が何をしたっていうの?」
「おまえは覚えていないかもしれないが、おまえは人を殺したんだ」
「人を、殺した……?」
ロビンは小首を傾げた。
「それって、気持ちいいの?」
……これ以上の会話は危険だ。
ジャックは軍警に声を掛けた。
「強制的に拘束して運ぶ。拘束着を……」
「怖い……ジャック、怖いよ」
振り返れば、ロビンは目に涙を溜めている。
「僕を痛くしないで……僕は、ジャックと一緒じゃなきゃイヤだ」
ロビンはそう言って、ジャックの腕の中に身を投げた。
「僕は、ずっと、ジャックと一緒がいい――もう二度と、見捨てないで」
反射的に、ジャックはロビンの体を振り払った。支えをなくした無力な体は、レンガの上に頭から落ちる。
そして再び、彼は意識を失った。
「…………」
不快感と嫌悪感で、ジャックの全身に鳥肌が立っている。
どんな経験が、ロビンにこのような人格を形成させたのかを考えると吐き気がした。
何度か呼吸をして、ジャックは言った。
「今のうちに拘束して、運び出そう」
――その途端、彼の脳裏に三秒後の未来が見えた。
……ここにいる全員が、血を噴いて死んでいる。
その中で、一人、ロビンだけが立っていた。
ジャックは叫んだ。
「こいつから離れろー!」
その瞬間。
ロビンの身が跳ね上がった。
両手を手錠に拘束されたまま、立ち上がるなり地面を蹴る。
目指すは、レンガに突き立ったままの彼の双剣。
軽機関銃が一斉に火を噴く。
だがロビンは、軍警の一人の背後に回り、彼を盾にして回避した。
この行動で、軽機関銃での攻撃が無効となったと、ジャックは認識する。
ジョーカーが跳ぶ。彼のダガーがロビンを狙うが、手錠の鎖がその一撃を絡め取る。その勢いで鎖が千切れ、自由になったロビンの手は、双剣の片方を手にした。
振り向きざまの一閃を、ジョーカーのダガーが受け止める。
その接触面を支えとするように、ロビンの体が回転する。
滑るような動きで、ロビンは走った。
軍警が銃を向けるより早く、一人一人の急所を確実に刺していく。
その動きの先には、放置されていたもうひとつの双剣があった。
両手に剣を構えた彼は、残りの軍警の中へ飛び込んだ。
舞う血飛沫。重装が仇となり、彼の化け物じみた素早さについていけない。
瞬く間に死体の山を築き上げたロビンは、愕然と立ち尽くすジャックの前にやって来た。
血に濡れた切先がジャックの首に当たる。
しかしそれは、そこでピタリと止まった。
ロビンの顔は、仮面のように無表情だった。
だが、顔に手を当て、仮面を外す仕草を見せた途端、ロビンの目に光が戻る――人格が入れ替わったと、ジャックには分かった。
ロビンは微笑んだ。
「君を殺すのは最後だ。たっぷりと絶望を味わってからだよ。これはウェルカムドリンク。豪華なメインディッシュを期待していてね」
――その背後に迫る黒い影。
ジャックは、ジョーカーの左目が感情を帯びたのを初めて見た。
灰色の左目に宿る怒り。
ファントムごと割り砕かんとする気迫をダガーに込めて、ジョーカーは跳んだ。
刃が振り下ろされる瞬間、ジャックは三秒後の未来を見た。
――刃を突き立てる対象が既に存在せず、虚しく宙を斬ったダガーが、ジャックの心臓を貫いていた。
「――――ッ!」
咄嗟に身をかわす。渾身の一撃は、辛うじてジャックの首スレスレを通過した。彼はジョーカーの体を受け止め、共に地面に転がる。
そうして見上げるジャックの目の先に、宙に浮くロビンの姿があった。
黒いの翼の双子の天使が、ロビンの体に腕を回し、彼を吊り上げている。
まるで四枚の翼を持った堕天使のようだ。
「あれも、ファントム、なのか……」
しわがれた声がジャックの喉から漏れる。
それに答えるように、ロビンは無表情に言った。
「僕は、あの頃の僕じゃない。それだけは覚えておいてほしいな――君との再会を、楽しみにしているよ」
四枚の翼が羽ばたく。
電波塔に沿うように飛んだ後、彼の影は傾きかけた夕日の中に消えた。




