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はずれスキルの探偵社  作者: 山岸マロニィ
Ⅲ. 最後の晩餐はかく語りき
24/30

 ――彼はここを、「ケージ」だと思っている。

 実験用の動物が閉じ込められる檻。

 その中で動物たちは、ぐるぐると尻尾を噛んで自傷する。


 それだけが、彼らの現実から目を背ける手段だから。



 ――――――――



 物心ついた時から、彼はここにいた。

 毎日同じものを食べ、同じ訓練をして、同じベッドで眠る。

 それ以外に何もないのが、当たり前だと思っていた。


 彼は一人ではなかった。

 同じようなケージの中に、同じ服を着た子供たちがたくさんいた。

 彼らもまた、彼と同じように、同じものを食べ、同じ訓練をして、同じベッドで眠るのだろう。


 だから、

「被検体No.11、出なさい」

 と、ケージから出された時は、また訓練なのだろうと思った。


 連れて行かれた場所が手術室であると知ったのは、ベッドに縛りつけられてからだった。


 ――目が覚めたのは、いつものベッドだった。

 酷い頭痛に呻いていると、監督官がやって来た。

「来なさい」


 連れて行かれたのは、訓練室でも手術室でもなかった。

 大きな機械の中央にある椅子に手足を固定されると、機械が頭の周りをぐるぐると回った。


 脳の写真を撮る機械のようだった。


 写真を見ながら、白衣を着た人が言った。

「失敗とは言えないが、成功とも言えないな」


 その頃から、彼は不思議に思った。

 ――ケージの子供が、随分と減っている。


 なぜなのかと考えることすら億劫で、彼は鉄の扉を眺めて、食事が差し入れられる小窓を眺めた。

 ……あれ? 小窓から食事が出て来るの、前は一秒前にしか分からなかったけど、今は三秒前に分かる。



 ――――――――



 そんなある日。

 

 会議室のような場所に、子供たちが集められた。

「スキルのテストをし、組み分けを行う」

 監督官がそう言った。


 彼の横には、金髪の少年が座っていた。

 やたら馴れ馴れしい少年で、

「ねぇ、君の名前はなんていうの?」

 と聞いてきた。

「名前……?」

 そんなものはない。

 すると少年は、シャツに書かれた番号に顔を寄せた。

「11番か……じゃあ、君はジャックだ」


 トランプを使った訓練をよく受けていたから、11番がなぜジャックなのか、彼は理解できた。


 それから彼は、自分の名を「ジャック」と認識した。


 その少年は「No.13」。12番はいない。

 彼はなぜか、監督官から「ファントム」と呼ばれていた。


 当たり障りなくジャックの試験が終わり、ファントムの番。

 彼は「はーい、お願いしまーす」と明るく言って、前に出た――途端、意識を失った。

 倒れた彼に、「大丈夫か」と一人の監督官が駆け寄る。


 その三秒後に起こる事態を見て、ジャックは叫んだ。

「危ない――!!」


 三秒後。ファントムの周りに黒い影が現れ、手の部分から生えた刃で、監督官の首を斬り落とした。


 パニックが起きる。

 子供たちは慌てふためき、部屋から飛び出していく。

 監督官たちは拳銃を構えて彼を取り囲む。

「やめろ! 伏せて頭の後ろに手を回せ!」


 けれど彼は、ぼんやりと横たわったままブツブツと呟いている。

 その間にも、黒い影は監督官に襲いかかる。

 二人、三人、四人……。

 次々と倒れていく彼らを、ジャックは身動きすら取れずに眺めていた。


 そして、ファントムが呟いている言葉を聞いた。


「消えろ……消えろ……消えろ……消えろ……」



 ――――――――



 そこまで話し、ジャックはジョーカーに目を向ける。

「俺が直接、こいつのスキルについて知っているのはそこまでだ。俺はそれから間もなく、不良品として『イクリプス』へ送られたからな」


 ジョーカーは灰色の左目をロビンに落としたままだ。

「多重人格を持った子供は珍しく、格好の研究材料だった。手術もそれなりに成功し、分裂した人格を具現化させるスキルを発現したと、唯一残された報告書にはあった」

「しかし、それをコントロールできなかった。だから、俺らがファイブを助けに行くまで、研究所で囚われていたんだ」


 ジョーカーの無感情な目がわずかに動いた。

「あの時の俺たちの任務は、ファイブの奪還。この男の救出は内容に含まれていなかった。そもそも、あの時に知らされた研究所の情報に、この男の存在はなかった」

「消されていたんだろう。存在してはならない者として――」



 ――――――――



 ――三年前のクーデター。

 アイルランドの独立を訴える武装組織――現在のアイルランド独立義勇軍の前身に当たる――が、ロンドンと同時に攻撃をしかけた場所が、『ノリッジ能力開発研究所』だった。


 ジャックはそこに、極秘特務機関『イクリプス』の戦闘員として向かった。


 なぜジャックが選ばれたのか。

 彼は疑問に思わなかった。

 イクリプスと同様、ノリッジの研究所の存在もまた、国家機密とされていたから。


 ――神は人の弱さを哀れ給い、神の力をひとつずつ分け与えられた――


 神の領域である「スキル」を、人間が手を加えることで強化、変質させる。

 そんな非人道的な研究を国家が行っているとしたら、倫理上の大問題になる。


 そのため、秘密を知る者を極限まで少数に抑える必要があったのだ。


 イクリプスの精鋭十人ほどが任務に就く。

 行動は二人一組。その時の相棒が、同じくイクリプスの戦闘員のジョーカーだった。

 それまで何度も戦場で行動を共にしてきた上、イクリプスの指揮官であるキングが、最も信頼を置く部下だったからだ。


 任務は、研究所の奪還。そして、破壊。

 研究資料の抹消と、長年の研究で唯一、能力開発を成功したとされる少年の救出。


 ジャックとジョーカーは、「被験体No.115」と呼ばれる少年の救出を任じられた。


 一度、敵の手に渡った研究所の奪還。

 激しい戦闘の最中を、ジャックとジョーカーは進んだ。


 該当の少年は、敵の武器庫に匿われていた。

 狭い室内にジャックが潜入し、ジョーカーが見張りに立つ。

 眠る少年を抱えて、彼が武器庫を出た直後――。


 流れた砲弾が武器庫を直撃。

 爆発炎上した。

 

 再び戦場。

 友軍による研究所の破壊がすでに始まっており、一刻の猶予もなかった。

 瓦礫の隙間を縫うように駈けるジャックの後ろで、ジョーカーが追っ手を殲滅していく。


 ――そんな時だった。

 声が聞こえたのは。


 声のした方を見れば、地上の建物が崩壊し、地下の独房が現れた場所があった。

 その中から、見覚えのある顔をした青年が、ジャックに手を伸ばしていた。


「助けて、お願いだ。死にたくない――!」


 しかし、ジャックは手にファイブを抱えており、彼に差し伸べる手を持っていなかった。


 ――いや。

 かつての光景が脳裏をよぎったのを否定できない。

 変に情を掛けて、自分が殺されたらたまらない。


 それに、ジャックはこの研究所での出来事を全て忘れたかった。

 自分が何をされたのか、外に出てからようやく理解したから。


 けれども、救いの手を無視するだけの冷酷さが、彼には足りなかった。

 彼は青年に背を向け、こう告げた。


「――生きろ」



 ――――――――

 


 責任放棄――ロビンの言った言葉が、ジャックの心に楔を打ったのは確かだ。

 「生きろ」と言いながら、「死んでほしい」と願って見捨てた。それは自分の保身のために他ならない。


 ジャックは、無垢なまでに美しい彼の横顔を見下ろした。そこに向けた拳銃の、撃鉄がカチリと鳴る。

「あの時の精算を、ここでしても構わないか?」


 だがジョーカーは、

「よせ」

 と小さく顔を動かした。

「フルハタ警部のお出ましだ」

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