⑮
膠着した時間の中で、焦りだけが募っていく。
そんなジャックの前で、ロビンは悠々と双剣を揺らしていた。
「助けに行かないの? 仲間でしょ。それとも……」
ロビンの口元が歪む。
「君はいつだって、『生きろ』の言葉で責任を放棄するのかな?」
「黙れクソが!」
ジャックはロビンに拳銃を向ける。反射的に撃った弾はだが、ファントムに弾かれて届かない。
だが、焦りはジャックだけのものではなかった。
ロビンがジャックに意識を向けているうちに、ジョーカーが動こうとした。そっと距離を置き、電波塔に向かおうとしたのだが。
ロビンの手が動く。素早い投擲で放たれた右手の剣が、ジョーカーの背後を襲う。
「避けろ!」
ジャックの叫びが届く前に、ジョーカーは身を翻した。なびいたコートを貫通し、剣は少し先のレンガに突き立つ。
「行かせないよ」
ロビンは言った。
「クッ……!」
こんな化け物をどうしろと言うのか――!
冷や汗を拭いもせずに、ジャックは銃口をロビンに向け続ける。ジリジリとした緊張が、彼の精神を削っていく。
そんな様子を楽しむように、ロビンは微笑んだ。
「僕の目的はその女の子なんだ。電波塔のスナイパー君は取引材料に過ぎない。その子を渡せば君は自由だ。ねぇ、それで楽にならないか?」
「ふざけるな」
ジャックは歯ぎしりする。
そして考えた――キングなら、この状況をどう打破するだろうか。
探偵社のはじまり――いや、帝国軍の極秘特務機関時代から、キングの冷徹な判断力を、ジャックはよく知っている。
彼は背後に横目を向けた。壊れた車に座るキングは、ごく平然としているように見えた。
……恐らくキングには、この状況を打破する手札が見えているのだろう。
それは何か? 俺が見えていないものは何なのか?
キングの言葉を思い出してみる。
決して取り乱すことがない彼に、何がそうさせているのか、聞いたことがある。
「簡単なことだよ」
と、彼は笑った。
「私より優秀な仲間がいるんだから。私は座っているだけで、全部うまくいくんだよ」
――仲間。
そうか……! とジャックは顔を上げた。
しかしそれには、相手に悟られない必要がある。ロビンの注意を引き付け、振り向かせてはならない。
そして、タイミングを間違えれば、全てが終わる。
ジャックはロビンを睨んだまま、三秒先を見据える。もう三秒先、そのもう三秒先――。
三秒、三秒、三秒、三秒……。
繰り返し見る景色は今と変わらない。それでも「それ」を見る時まで、彼は未来を繰り返す。
――そして、変化が見えた時、ジャックはジョーカーに叫んだ。
「離れろ!」
同時に地を蹴り、横っ飛びに身を踊らせる。全力で車に向かい、キングの膝で眠る少女を抱えて、反対側へ向かい車を飛び出した。
一方、ロビンは動かない。ファントムの盾を信頼している彼は、頭上からの攻撃の可能性を見失っていたようだ。
――次の瞬間。
鼓膜を破らんばかりの爆音が響いた。地面が揺れ、レンガの破片がジャックの背中に降り注ぐ。少女を抱えて地に伏せて、瓦礫から彼女をかばう。
……数秒後。
嘘のように静まり返った公園を、ジャックは振り返った。
ロビンのいた辺りに、大きな穴が穿たれている。
そして、電波塔の上から誰かが叫んだ。
「うちの大事な相棒に何してくれてんだよ、このオタンチン!」
――クイーンだ。
彼女は電波塔の上で、ロケットランチャーを担いで仁王立ちしていた。
「無線をずっと聞いてたから、エースに何かあったことくらい、すぐに分かったわよ。とっくの昔にマスターに頼んで、ブラウン先生のとこに運んでもらったわ。後でよくお礼言っといてよ、キング!」
車から身を乗り出し、キングが苦笑した。
「分かったよ。この一件が片付いたら、ハドソンでパーティーをしよう」
「了解、約束よ、キング! じゃ、後はよろしく」
クイーンはそう言って、颯爽と去っていった。
「…………」
ジャックは唖然とそれを見送ってから、腕の中で身動ぎした少女を見下ろした。
「……どうしたの」
キングに守られてすっかり安心したのか、彼女は眠そうな目で瞬きしている。
「何でもない。大丈夫だ」
そこにキングがやって来た。少し埃を被っているものの、彼は余裕たっぷりの笑顔を見せる。
「さすが最高級車だね。頑丈にできてる」
「あぁ、確かにな……」
キングは少女を受け取り、背中をトントンと叩く。彼女はすぐさま瞼を閉じて、スヤスヤと眠りに落ちた。夜を徹して彷徨った上に、恐ろしい目に遭ったのだ。無理もない。
しかし、子守りをする手つきがあまりにも慣れている。ジャックはキングに横目を向けた。
「隠し子でもいるのか?」
「まさか。私は将来、修道院に入って悠々自適の老後を過ごしたいんだ。子供どころか、妻もいないよ」
「ふうん……」
「強いて言えば……ファイブの面倒で慣れたのかな。彼、甘えん坊だから」
生活力が壊滅的なファイブの面倒をキングが見ているのを、ジャックは知っている。その様子を想像して、ジャックは目を細めた。
そこに声を掛ける者がいた。
「キング。奴は生きている」
ジョーカーだ。彼もまた埃にまみれてはいるが、すり傷程度で無事なようだ。
顔半分を覆う前髪の下で、灰色の左目が背後を示す。
「今は気絶しているが、油断できない。どうする?」
「もうすぐフルハタ警部が着く頃だ。彼に身柄を預けよう」
さすがキング、抜かりはない。
キングと少女を車に残し、ジャックはジョーカーと共に、ロビンの元に向かった。
ひび割れたレンガの上で、彼は目を閉じている。直撃は免れたようだが、痛々しく血の滲んだ肌は無惨だ。
それでも警戒はできないと、ジャックは彼に銃口を向ける。
この三年――いや、どんな人生を送れば、ここまで逆恨みができるのかと、ジャックはその姿を哀れに思った。
「キングから話は聞いた」
彼の横でジョーカーがボソリと言った。彼もまた、灰色の目を哀れな青年に落としている。
「俺はこの男とおまえの関係を知らない。聞くつもりもない。研究所の資料も、全て抹消済みだ。しかし、関わった以上は聞いておきたい。こいつは何者なんだ?」
ジャックは眉を寄せた。
「ファイブが研究所の唯一の成功例なら、こいつは、成功を見ずに暴走した『化け物』だ――」




