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はずれスキルの探偵社  作者: 山岸マロニィ
Ⅲ. 最後の晩餐はかく語りき
22/30

 黒のマントに包まれた痩身は、あの頃と変わらない。

 儚げな白い肌に浮かぶ中性的な顔立ちは、貴公子然として高貴さすらある。


 ――しかし、その仮面の裏側にあるのは、壊れた自我。

 いくつもの人格を内包し、彼自身、本来の自分が分からないのではないか。

 知性、破壊衝動、愛玩的な微笑――様々な仮面を切り替え、彼は「自分」を保っている。


 なぜ、彼がそんな特異な性質を得たのか、ジャックは知らない。

 ただひとつ、ジャックは知っていた――彼は、その人格に接した者を狂わせる。

 その美貌と妖しい魅力に囚われれば、地獄に引きずり落とされるまで、彼の虜となる。


 ……だから、彼に救いの手を求められた時、ジャックはその場から逃げたのだ。


 全身で警戒する彼に、ファントムは微笑んだ。

「懐かしい名だな。でも、その名は捨てた。ロビン・クロウと呼んでくれないか」


 ロビン・クロウはジャックに向き直る。

「久しぶりの再会じゃないか。そんなにつれなくすることはないだろ。君のことは、ずっと見ていたよ。元気そうで何よりだ」

「俺は驚いだぜ……まさか、生きていたとはな」


 ロビンは目を細める。

「だって、君が言ったじゃないか――『生きろ』と」


 頭がズキズキ痛むのは、傷のせいばかりだろうか。

 ジャックはあの時の情景を思い出し、額を押さえて顔をしかめる。


 そんなジャックに、彼は言った。

「僕はずっと、君のことを考えていたんだよ。『生きる』という呪いを僕にかけておきながら、僕を見捨てた君に、どんな苦しみを与えるのが相応しいか、とね」


 サファイア色の瞳が光る。

「これから、君の全てを奪うことにする。地位も、名誉も、仲間も、ささやかな安らぎも……ひとつひとつ、皮膚を剥ぎ取るようにね。全ての苦しみを一身に受けて、絶望のうちに君は死ぬんだ――その事始めに、その女の子を、僕に渡してもらおうか」


 言葉がジャックを支配する。

 微動だにできない彼の視線の先で、黒い影が動いた――ジョーカーだ。

 逆手に握ったダガーの迷いのない一閃が奔る。ところがロビンに届く目前で、ダガーは目に見えない壁に当たったかのように向きを変えた。


「…………?」


 一瞬戸惑ったジョーカーに、痛烈な蹴りが入る。くるりとマントを翻したロビンは、受け身から立て直そうとするジョーカーを見下ろした。


「邪魔しないでくれる? 今は君の出番じゃない」


「どういうことだ……?」

 困惑したのは、ジャックも同じだ。

 ジョーカーのスキルは、彼の視野にあるスキルを封殺するもの。ファントムが干渉することは不可能だったはずだ。


 それに答えたのはロビンだった。

「君の僕への理解がその程度だったとはね、残念だ――ファントムは、僕の別人格。スキル封じのスキルでは、僕の人格は抑えられない」


 瞬時にジャックは理解した。

 ジョーカーのスキルも無駄ではないのだ。ファントムの存在は制限できなくとも、ファントムの持つスキルは発動できない。

 だからロビンは、ジョーカーの目の届かない場所から運転手を襲っておきながら、ジョーカーの目のある今は、切断スキルを使えずにいる。ファントムを盾にして身を守るのが関の山だ。


 とは言え、ファントムを自在に操られては、こちらからの攻撃が当たらない。

 ジャックは奥歯を噛み締める――どうすればいい?


 そんなジャックを見て、ロビンは愉快そうに笑った。

「もうひとつ、君に伝えておくべきことがあったよ……さっき言ったろ? 君の全てを、ひとつひとつ剥ぎ取っていくと。実はすでに、その計画は実行に移されている――この電波塔の上でね」


 全身の血が凍り付く。

 ロビンが飛び下りたこの電波塔にはエースがいたはず。もし彼が逃げ出せず、まだその場にいたとしたら……。


 ロビンの手が動く。マントの下から取り出したのは、血の付いた双剣だ。

 生々しい血が滴るそれを軽く回し、彼は言った。


「トドメは刺さずにおいた。早く助けなきゃ、死んじゃうよ」



 ――――――――

 


 ワットソンは、扉の影に身を隠して震えていた。

 外で何をしているか見えないが、ヤバそうなのがいるのは分かった。


 一方、キングは怯える女の子を膝に乗せ、背中をさすりながら外を見ている。まるで馬車でオペラハウスにでも向かうような、堂々とした姿勢で。


 そして不意に、ワットソンの方に顔を向けたから、彼は「ヒッ」と声を上げた。

「ななななんですか急に!?」

 だが、キングの声は穏やかだ。

「ひとつ、頼まれごとを聞いてくれないかな?」

「ど、どんなことです?」

 ワットソンの声が裏返る。


 キングはニコリと言った。

「フルハタ警部のところに、お使いに行ってほしいんだ。電話はダメだよ、うまく取り次げないといけないから。君が直接会って、こう伝えてほしい――フルハタ警部が信用できる捜査官だけを何人か、こちらに回してくれないか、とね。できれば、ちょっと急ぎで」

 ワットソンはゴクンと唾をのむ。キングの目が薄く開いた。

「やれるかな?」

 

 アクアマリンのような瞳が、ワットソンを射竦める。

 穏やかな表情とは裏腹に、その目は有無を言わさぬ圧を持っていた。


 ワットソンは首振り人形のようにうなずいた。

「行きます! すぐ行きます!」

「頼んだよ……プリンセスが眠そうだから、静かにね」


 ワットソンはそっと、ジャックたちの反対側から車を降りた。身を屈めてしばらく進み、そこから一目散に駆け出した。

 無我夢中で公園を出て大通りを走る。


 通常なら、駅かバス停に向かうべきところだが、ワットソンはそうしなかった。

 いつも自家用車で移動をしていて、地下鉄にもバスにも乗ったことがなく、乗り方を知らないから。


 ワットソンはひた走る。前髪が後ろに流れ、ネクタイがよじれ、ジャケットが吹き飛びそうになっても構わずに。


「うりゃああああ!!」


 一陣の風となった彼を振り返る者はなかった……常人の目では、残像すら残さない彼を認識することができない。


 だがしかし、ワットソンは気づいていなかった。

 足の速さ――これが彼の持つ本当のスキルであると。


 馬車を追い越し、バスをぶっちぎる。

 彼は瞬く間に、グレート・スコットランド通りへと駆け込んだ。

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