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はずれスキルの探偵社  作者: 山岸マロニィ
Ⅲ. 最後の晩餐はかく語りき
21/30

 その少女は、ハイドパークの噴水に現れた。

 質素なワンピース姿の彼女は、当たりをキョロキョロと見回しながら、所在なさげに立っている。


「クイーン、ターゲットが現れた」

「了解。すぐさまキングとジャックがそちらに向かう――ジョーカーの方が先に着くかもしれないわね」

 それを聞き、エースはヒュウと口笛を吹く。

「『隻眼の死神』のお出ましとはな」

「それまで、彼女に誰も近づけないで――敵は、警察官を装っている……いや、警察内部に潜入している可能性もあるの」


 無線の向こうでファイブの声がする。

「警察も気づいたようだよ。警察無線で、全警官にハイドパークに向かうよう指示が出てる」

「だそうよ。エース、気を抜かないでね」


 エースは目を細め、狙撃銃を構える。

「了解」


 公園には、のんびりと午後の散歩を楽しむ市民の姿がポツリポツリとあった。

 そんな無辜(むこ)な市民が、迷子の少女に声を掛ける可能性もある。しかし、それが敵である可能性を考えて、威嚇射撃を行わなければならない。

 その状況が起こらないのを祈りつつ、エースは微動だにせず意識を集中させる。


 ここから少女までの距離は、およそ2500フィート。クイーンの魔改造が施されたこの銃と、エースの目があれば、問題はないはずだ……そう願いたい。

 とはいえ、並の者なら、的に当てるのすら困難だろう。クイーンの施した精密な補正機能を以てしても、風などの環境による影響で、弾の軌道がズレることは大いにあり得る。

 浅く呼吸を繰り返し、銃口の位置を安定させる。風向きと強さを肌で感じ、微調整をする。

 それでも、何かアクシデントがあれば、エースは手も足も出せずに、悲劇を見守るしかない。


 ――スナイパーとは、そういう宿命なのだ。


 アクシデントが起こる前に、仲間の誰かが到着してくれ……と、心の底からエースは祈る。

 ……しかし、祈りは届かなかった。

 犬の散歩中の老婦人が、彼女に近づこうとしたのだ。


「悪いな、レディ」

 エースはそう呟いて引き金を引いた。

 弾はエースの読み通りの軌道を描き、少女と老婦人の中間のレンガを穿つ。

 犬の吠える声と甲高い悲鳴、そしてか弱い泣き声が、エースにも届いた。


 彼は唇を噛む――二人のレディに怖い思いをさせたのに、心を痛めただけではない。

 この一発が、敵に彼の存在と位置を知らせている。

 もし、この近辺にブラック・スワンの手の者がいれば、真っ先に狙うべきは、エースなのだ。


 しかし、彼は動かない。

 そんな危険は覚悟の上で、ここに来た。

 味方の援護までの時間稼ぎという役割を、命がけで全うするだけのことだ。


 悲鳴が悲鳴を呼び、騒ぎが起こる。

 ハイドパーク周辺に警察車両が集まり、警察たちがワラワラと駆け寄ってきた。彼らを足止めするため、エースは再び引き金を引く。

 一発、二発、三発――。

 警察たちは、少女に一定の距離を置いたところで取り囲み、そこから動けなくなった。


 エースは舌打ちした。

「早く来てくれよ、ジャック――」


 ……遥か先の光景に意識を集中させていた彼は、音もなく背後に近づく影の存在に気づかなかった。

 彼がハッと顔を上げた時には、彼の体は力を失っていた。


 鋭い刃が、背中から胸を貫いたから。


「…………」

 声も出せない彼に、背後の影は言った。

「邪魔をするな、裏切り者」



 ――――――――


 爆走するロールスロイスの窓から身を乗り出し、ジャックは空へ空砲を放つ。

「死にたくなきゃ道を開けろ!」


 ……その後ろで、キングは首を竦めた。

「もう少し、紳士らしくできないかな」


 ともあれ、最高級車の圧倒的な存在感で周囲を蹴散らしているのに変わりはない。

「ヘヘッ、こいつの本性を見せたのは、グラスゴーのレース以来だぜ」

 運転手もノリノリだ。


 タイヤを軋らせカーブを滑る。あちこちで上がる悲鳴をかき消すように、エンジンが唸りを上げる。


 その車の持ち主は、座席にしがみついて青い顔をしていた。

「あぁ……フルハタ警部に……怒られる……」

「大丈夫だよ。彼には後で、私から謝っておくから」

 キングは苦笑した。


 シャーロック・キング――探偵社のボスたる彼もまた、帝国軍時代からフルハタ警部をよく知っている。

 何なら、彼の方が官位が上だったから、フルハタ警部は彼に逆らえない。


 癖のない金髪を揺らし、細い目で風を受けながら、キングは思いをハイドパークに向ける。


 ……何とか持ちこたえてくれ、エース――そして、ジョーカー。



 ――――――――



 狙撃が止んだ噴水広場で、身を伏せていた警官たちが顔を上げる。

 しばらくそのまま様子を伺っていたが、次の射撃がないと察して、幾人かが身を起こす。

 そして、泣きじゃくる少女に近づいた。


「エレーヌ・ガルシアだね。一緒に来てもらおうか」

「怖がることはないんだよ。我々は警察だ。一緒に行こう」


 二人の警官が手を伸ばす――その時、上着の袖から黒鳥のタトゥーが覗いたのに気づいた者はいなかった――一人を除いて。


 彼は、噴水の上に置かれた、アルテミスの銅像の裏から躍り出た。漆黒のコートが舞うのと同時に、二人の警官は血を噴いて倒れる。


「動くな――!」

 警官たちが一斉に拳銃を彼に向ける。顔を覆い隠す長い前髪の隙間から、光のない左目が覗く。

 その目を見た途端、警官たちは固まった。


 ――スキルに頼って生きている者は、行動全てをスキルに影響される。スキルと全く関係のない行動ですら、スキルという主軸に従ってバランスを取る。


 そのスキルを一瞬たりとも奪われると、バランスを崩し行動不能になる。


 彼のスキルはそういうものだ。


 ジョーカー――そう呼ばれる男は、行動不能になった警官たちに背を向け、少女を抱えて駆け出した。



 ――――――――



 『白銀の亡霊』は、車止めをなぎ倒してハイドパークに突っ込んだ。

 そのまま遊歩道を疾走し、噴水広場に迫る。


 そして、少女を抱えて駆ける人影の前に横付けし、彼を車内に引き込むと、再びエンジンが唸りを上げた。


 六気筒のパワーがたちまち警官たちを振り切る。レンガ敷きの階段を飛び越え、電波塔の脇を通り過ぎようとした。


 ――その時。

 車体が突然、クラッシュし横転する。その勢いのまま一転し、元に戻るも、ロールスロイスは再び走り出そうとはしなかった。


 助手席のジャックは、何が起きたのか理解できなかった。運転手の腕は一流で、障害物のないこんな場所でハンドルを取られるとは思えない。

「おい――」

 と、運転席に目を向け、彼はようやく、事態を理解した。


 運転手の首が、そこになかったからだ。


 走る車の車内の人物の首を切断する――そんな芸当ができるのは、あいつしかいない。


「伏せろ!」

 ジャックが叫ぶ。

 それと同時に、車からジョーカーが飛び出した。車の脇に立ち、辺りを見渡す。


 彼がいる限り、ファントムは彼らに攻撃できない。


 身を伏せ辺りを伺う。そうしていると、ジャックの脳裏に映像が見えた。


 ――三秒後、電波塔から黒い影が飛来し、ジョーカーの頭上に襲いかかる。


「ジョーカー! 上だ!」


 その瞬間、彼は動いた。サッと身を避け一撃をかわすと、腰のホルスターからダガーを抜いた。


 襲撃者を挟む形で、ジャックも車を降りる。額から出血しているが、手足が動けば問題ない。


 ピタリとレンガ敷きの遊歩道に降り立った襲撃者は、上質なシルクのような髪を揺らしてジャックを振り返った。


「三年ぶりだね、ジャック」


 ジャックは答える。

「あぁ。また会えて嬉しいぜ――ファントム」

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