表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
はずれスキルの探偵社  作者: 山岸マロニィ
Ⅲ. 最後の晩餐はかく語りき
19/30

 ジャックが探偵事務所に戻るのと、エースが飛び出していくのは入れ違いだった。

 狙撃銃と無線機を抱え、頭のゴーグルに手を当てる。

「高いところからこの目で探す。見つけ次第、無線でクイーンに連絡する。もし追手が見えたら、狙撃して蹴散らす」


 エースのスキルは、異常なまでの視力。

 障害物がなく天気の良い場所ならば、二マイル先の喫茶店の看板のオススメメニューの値段が見える。

 街なかで生活する分には全く意味がないが、狙撃手としては非常に有用なスキルだ。


 だからジャックは、「女の子だけには当てるなよ」という当たり前の忠告をしなかった。

 エースがその程度の腕ではないことを、彼はよく知っていたからだ。


 エースのいなくなった探偵事務所は慌ただしかった。

 相棒のエースがいないため、クイーンがファイブを助手にして、無線機をいじっている。

「こっちがスコットランド・ヤードの警察無線。こっちはロンドン市警察のもの。無理矢理繋いだけど、ちゃんと聞こえてる?」

「うん、聞こえるよ。さっきから繰り返し、女の子の特徴を説明してる。見つけ次第確保って言ってるよ」

 ファイブがヘッドホンを耳に当て、ダイヤルを切り替えていく。


「見つかった様子は?」

 ジャックが訊ねると、モールス信号の電鍵をカタカタと叩きながら、クイーンは首を横に振った。

「まだのようね。ここを目的地にしているとすると、ソーホーから大人が歩いて三十分ってところだけれど、道に詳しくない子供が迷子になってるのなら、探すのは難しいわね」


 クイーンの武器は、工学。

 学者、そして技術者として、様々な機械に精通している。重力や電気、電波など、力の流れがベクトルとして目に見えるスキルが、メカニックな作業を圧倒的に優位にするのだ。自作もすれば改造もお手のもの。

 先程、エースが抱えて出て行った狙撃銃も、彼女による魔改造が施されている。


「今はエースからの連絡待ち。居場所が分かったらすぐに呼ぶわ」

 クイーンはそう言って、モールス信号のやりとりに集中しだした。


「警察の人海戦術と、エースの視力に期待するしかない、か……」

 手持ち無沙汰なジャックは、トランプ台で向き合う、キングとネロに足を向けた。

 警察の車で一緒に戻り、顔色の良くないネロを事務所で休ませていたのだ。


 ネロはトランプ台に突っ伏している。先程の必死な様子を見れば、消耗したのも無理はない。


 ジャックは気づいていた――スキル以上に、ネロの持つ繊細な感覚が、死者の声を形にしていると。

 その最も端的な場面が、ジェフリー・ブラックマンが最後の晩餐を行った動機を見抜いた時。


 ジャックは家族というものを知らない。生まれた場所も、両親の顔も、彼のルーツとなるものの記憶が一切ない。

 ――物心ついた時には、とある研究施設にいた。


 そんな風だから、ジェフリー・ブラックマンが家族に対して持ったであろう感情の機微を、彼は理解できていなかった。一家の団欒というものがどのようなもので、何を目的とするものか、考えたこともなかった。


 不幸な身の上ではあるのだが、温かい家庭――家族というものを知っているネロは、ジャックに欠けたものを持っている。

 ジャックがどれだけ欲しても、決して手に入れることのできない、探偵として最も大切な素質を。


 トランプ台近くの椅子に座る。ポケットからタバコを取り出し、だがジャックはすぐさまポケットに戻した。ネロの休息の邪魔をしたくない。


 ぼんやりと天井を眺めていると、キングがジャックに顔を向けた。

「少し奇妙に思っていることがあるんだ」

 彼は糸のように目を細めたまま、あごに手を当てる。

「――なぜ、ジゼル・ガルシアは、ロビン・クロウと名乗る者からの電話一本で、ホテルを出たんだろう……しかも、非常階段という、人目につかない経路を選んで」

「ロビン・クロウの正体を知らなかったんだろ」

「それなら尚更、幼い子を持つ女性が、知らない者の指示に従うとは思えないんだ」


 ジャックは椅子から身を起こす。

 そして無言で、見開いた目をキングに向けた。


 ――やはり俺には、人の心が欠けているようだ。


 キングは続ける。

「警戒心の強い女性に、不自然に思わせることなく言うことを聞かせる方法には、何がある?」

 

 ジャックはすぐさま答えた。

「――警察官だと騙る」

「そうだね。『ご主人がブラック・スワンの幹部であり、組織に命を狙われている。君たちの身の安全確保のために、警察で身柄を保護する』なんて言われたら、従いたくもなるだろう。彼女に警察官だと信じ込ませれば――あるいは、すでに警察内部に潜入させている手下を使えば、娘を逃がす時に『ポリスボックスに行け』と伝えなかった理由も分かる」


 ジャックは眉間に皺を寄せた。

「相手はこちらが考えているより、用意周到だった訳か」

「ロビン・クロウ――それがもし『彼』なら、そのくらいのことはやりそうだね」


 ジャックの脳天を電撃が貫く。

 サウス・ケンジントンに現れたファントム――あれが気まぐれでなく、ブラック・スワンの幹部としての制裁だとしたら……。


 この先、奴は必ず、この探偵社を敵として、戦争を仕掛けてくるだろう。


 血の気の失せたジャックに、キングは気遣う顔をした。

「私は直接、『彼』を知らない。君の話や、資料で想像しているだけさ。けれども、どんな理由であれ――」


 キングはポケットからトランプのカードを一枚取り出した。指先で示したそれは、スペードのキング。

 指先を軽く動かし裏面を向ける。本来、全てのカードに共通の模様が印刷されている場所に、ユニオンジャックが描かれていた。


 キングはそれを目の前に掲げ、敬礼する素振りを見せる。

 彼の目が開く――アクアマリンのような淡い輝きが、彼の崇拝するものを見つめる。


「この旗を血で汚すことは、この目に光があるうちは、絶対に認めないよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ