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はずれスキルの探偵社  作者: 山岸マロニィ
Ⅲ. 最後の晩餐はかく語りき
17/30

 事情聴取を終え、ベイカー通りに戻る。

 探偵社の扉を開くと、正面に座る人物がジャックに声を掛けた。

「ご苦労だったね。事情は聞いたよ」

 キングはその目を、ソファーに座るネロに向けた。

「ブラウン先生に診てもらったけど、一時的なパニック症状のようだ。今は落ち着いてるし、問題ないだろう」


 ネロの隣に、クイーンが付き添っている。

「あんな光景を見れば、誰だってパニックになるわよ」

 と、彼女はネロの肩に手を置いた。

「すいません……」

 小さく頭を下げるネロに、

「おまえが謝ることじゃない」

 と言って、ジャックはいつもの椅子に腰を下ろした。


「事情聴取はどうだったの?」

 重い空気を払うように、キングがジャックに細い目を向ける。

「ジゼル・ガルシアの身元の確認はできた。フランス系二世で、近くのマーケットで働いている。娘のエレーヌは四歳。父親は不明」

「…………」

「殺されたならず者から、彼女らの失踪に、ブラック・スワンの関与は確定的となった。警察は総力を上げて、ジゼル・ガルシア母娘(おやこ)の行方を追う方針だ。勝負がどうのこうのと、あのクソッタレ警部補は喚いていたが、拳で黙らされてたよ……フルハタ警部に」


 ジャックはタバコに火をつける。

 そこに声を掛けたのは、トランプ台に足を置くエースだ。

「俺たちにできることは?」

「可能ならば、リッチモンド・リバーサイド・ホテルからの足取りを探りたいところだが、警察犬もお手上げのようだ」

「すぐ横が川だからね。水路を使われたらどうしようもない」

 キングが小さく首を振った。


 ジャックは大きく煙を吐く。それから身を起こし、

「ひとつ、みんなに忠告しておきたい」

 と一同を見渡した。


「――俺が最も恐れる男が、この件に関わっている」


 沈黙が下りる。

 クイーンの探るような視線を横顔に感じるが、キングとファイブは意味を理解したようだ。

 

「ジャックにも怖いものなんかあるんだな」

 エースがボソリと言った。

「生きてりゃ色々あるモンだ」

 そう誤魔化しつつ、ジャックは再び椅子に背を預ける。

「今は祈るしかない、か……」


 哀れな母娘が無事であるように。

 あの男の関与が気まぐれであるように。


 ――ところが間もなく、恐れていた事態を告げるベルが鳴った。


 キングが受けた電話の先で、フルハタ警部がこう告げたのだ。

「――ジゼル・ガルシアと思われる遺体が見つかりました」



 ――――――――



 ソーホーの中心部。真昼の歓楽街は、精細を失って物悲しい。


 そんな路地裏の物陰で、ジゼル・ガルシアは死んでいた。


「死亡推定時刻は今朝未明。死因は斬傷による失血死。鋭い刃物による傷が全身に数十ヶ所。まるで切り裂きジャックだな」

 淡々と告げるブラウン先生の横で、ジャックは眉を寄せた――「鋭い刃物」で、どうしてもファントムが連想される。


「殺害現場はここなのか?」

 ジャックが聞くと、ブラウン先生は十字を切って立ち上がった。

「流血の量からして間違いない」


「彼女は本当にジゼル・ガルシアなのか?」

 その質問に答えたのはフルハタ警部だ。

「移民局に照会をしました。身体的特徴から、百パーセントとは言い切れませんが、その可能性が極めて高いと思われます」

 彼は神経質な眉間にシワを寄せた。

「彼女は裸足でした。それに、この辺りには風俗店が多い。女性を隠すにはもってこいの場所です。彼女が捕らわれていたのはこの近辺に違いないと、既に捜査員を向かわせています。恐らく、監視の目が薄い隙に逃げ出したのでしょう……そして、自らの身を犠牲に、娘を逃した」

「ということは……」

 ジャックの表情が険しくなる。フルハタ警部はうなずいた。

「彼女の娘――エレーヌ・ガルシアは、未だ見つかっていません」


 ジャックは唇を噛む。

 もっと先の未来まで見通せるスキルがあればと、自らを呪わざるを得ない。


 間もなく、捜査員の一人がやって来てフルハタに告げた。

「被害者が監禁されていたと思わしき場所を発見しました」


 そこは、風俗店の二階だった。

「近くの住人の話だと、しばらく前に店を閉めてから、誰も住んでいなかったようです。我々が踏み込んだ時、中はもぬけの殻でした」

 捜査員が報告する。


 狭い部屋に、ベッドがひとつ。

 小さな窓があるが、手の届く距離に隣の建物の壁があり、日が当たらない。

 出入口は手前の扉のみ。そこを監視すれば、捕らわれの母娘は逃げられなかっただろう。


 ――母娘が一緒に逃げようとするならば。


 ジャックは窓を開いた。建物の隙間のわずかな隙間を見下ろし、彼はフルハタ警部を振り返る。

「子供なら下りられそうだ」


 フルハタ警部は、閉じた扇子で床を指した。

「ここにわずかに血痕があります。そして、血の付いた灰皿も」

 扇子の先が壁際に移る。陶器製の大きな灰皿が真っ二つに割れて、そこに転がっていた。

「監視が居眠りした隙に、灰皿で殴って昏倒させ、娘を窓から逃がし、自分は正面から部屋から抜け出したと考えられますね」


 しかし、監視の目はひとつではなかった。

 その目を自分に引き付けて、娘の無事を願い、母は裸足で歓楽街を走った。そして……。


 無惨な亡骸を思い出し、ジャックは奥歯を噛み締める。


 すると、階下から声が掛かった。

「フルハタ警部。探偵社の社長が呼んでますが、どうしますか?」


 ジャックは目を細めた。キングが現場に来ることはほとんどない。事務所で探偵たちに指示を出すのが彼の役割だからだ。

 その彼がわざわざ来た目的は……?


 ジャックは階段を駆け下りた。そこにはキングの長身と――ネロの姿があった。

 先程のことがある。体調を考慮して、事務所で休ませていたのだが……。

「どうしても、彼が来たいと言うからね。私が連れて来たよ」

 キングは手をネロの肩に置いた。


「おまえ、大丈夫か?」

 ジャックが聞くと、ネロは顔を上げた。彼の目に迷いはなかった。

「もしかしたら、ジゼルさんの伝えたかったことが見えるかもしれません。僕に、見せてください……お願いします」

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