第四章 追放
王立魔導院での新しい生活は、雪巴の凍てついた心に、陽だまりのような温かさをもたらしてくれた。
その幸福の中心には、第二王子アレンがいた。古代魔術語の解読という共通の才能をきっかけに、二人は「王家の学者団」の一員として、禁書庫で多くの時間を共にするようになっていた。
王宮の「収穫祭」の準備が、二人の距離をさらに縮めた。
夜遅くまで、二人で祭壇に飾るための魔法の氷像を彫ったり、古文書を調べて儀式の準備をしたり。その中で雪巴は、彼が「完璧な王子」ではないことを知る。時折見せる、年相応の少年らしい笑顔や、王族としての重圧に苦悩する横顔。
ある夜、疲れている彼のために、雪巴は故郷の北の地方に伝わる、心を鎮める霊薬を煎じて差し出した。
「ありがとう。……温かいな」
そう言って笑った彼の優しい笑顔を見た時、雪巴の心にあった最後の氷の壁が、音を立てて溶けていくのを感じた。
けれど、屋敷の重い扉をくぐれば、そこには全く別の現実が待っていた。
母がいなくなってから、父は一人の女性を頻繁に屋敷に招き入れるようになっていた。裕福な商家の未亡人だというその女性は、きらびやかな絹のドレスを着こなし、抜け目のない商人の目で屋敷の調度品を品定めしていた。父が彼女に夢中で、やがてこの家の新しい女主人になるのだと、誰もが噂していた。
そして、父の新しい恋人の存在は、父の雪巴に対する態度を、より冷酷なものへと変えていった。父の振る舞いには、精神的な圧迫だけではなく、決して踏み込まれてはならない領域への影が混じり始めていた。
心身が限界に達した雪巴は、神殿区の「魂の癒し手」の元を訪ね、自らの心を「防波堤」で守る術を学ぶ。しかし、そのか細い防波堤は、収穫祭の夜、もろくも崩れ去ることになる。
祝宴の最中、雪巴は見てしまったのだ。
アレン王子が、隣国の美しい王女と親しげに語らい、彼女の手に優しく口づけをするのを。
それは、王族としての公務の一環だったのかもしれない。けれど、雪巴の心には、冷たい悲しみと、嫉妬の炎が同時に燃え上がった。
「私だけでは、ないの……?」
その感情の昂りに、「混沌の魂」が、待ってましたとばかりに牙を剥いた。
ピシッ、と空気が割れるような音がした。
雪巴の足元から、青白い霜の結晶が、恐ろしい速さで広がり始める。祝宴のために飾られた美しい氷の白鳥は、鋭い牙を持つ怪物へと姿を変え、会場の噴水は一瞬にして巨大な氷の牢獄と化した。招待客たちは悲鳴を上げ、逃げ惑う。
その混沌の中心で、アレン王子は、信じられないものを見るような目で雪巴を見ていた。
彼が向けたのは、守るための腕ではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
「北の呪い子というのは、お前のことだったのか……!私を、騙していたのだな!」
その言葉は、どんな氷の刃よりも鋭く、雪巴の心を貫いた。
彼女の意識は、そこで途絶えた。
雪巴が目を覚ましたのは、屋敷の自室のベッドの上だった。
収穫祭での惨事は「公爵家の令嬢が、禁断の魔術で騒ぎを起こした」という形で処理され、王家への賠償として、氷雪公爵家は莫大な資産を失うことになった。
父の書斎に呼び出された雪巴を待っていたのは、燃える暖炉の前に立つ、父と、父の恋人である商家の未亡人だった。
父は、一度も雪巴の顔を見ることなく、冷たく言い放った。
「我が家の恥め。お前のような出来損ないを、これ以上屋敷に置いておくわけにはいかぬ」
その隣で、未亡人は扇子で口元を隠し、楽しそうに言った。
「公爵様のおっしゃる通りですわ。役に立たぬばかりか、多大な損害をもたらすとは。もはや『無用な置物』ですらありませんわね」
その言葉は、父にとって決定的な引き金となった。
「出て行け。今すぐだ。お前はもはや、氷雪公爵家の者ではない」
追い出されるように屋敷の門を閉ざされた時、雪巴が持っていたのは、着の身着のままのドレスと、老執事がこっそり握らせてくれた、数枚の銀貨だけだった。
王子に拒絶され、家からも追放された。行くあてなど、どこにもない。
雪巴は、王都の雑踏の中で、




