第19話
「今日は物忌ではないが、この部屋から出ないようにしてくれ」
物忌とは陰陽道において凶事を避けるために外部の人に会わないようにすることだ
中納言は娘と智彼、そして女性の従者を寝室に詰め込む
「行きますか?」
「あぁ」
和樹は外で、しかも危険な場所に行くのに足が弱いため、中納言に頼んで杖を持たせてもらった
足が弱い状態では馬にも一人で乗れないため、馬のたぐりが上手い従者の一人の後ろに乗せてもらった
しばらく都の方に行くと何か騒ぎ声が聞こえた
「まだ家の方が近いぞ!まさかとは思うが…」
草原の向こうから黒い影がやってくる
あっという間にその黒い液体と固体の中間にいるような生物が馬に触れる
そして雪崩のように馬が動かされる
幸い高さは低いようで、馬の上にいる自分たちには攻撃が届かないようだ
「これが都で言われていた異形か!そなたは何か知っているか?」
「全く知らない!こんな物は僕らの時代にもなかった!でも早く戻らないと…」
異形は増殖を繰り返して都を中心に全体へ拡散しているようだ
このままではすぐに屋敷が襲われてしまう
「こいつらには流れのようなものがあります、その流れに沿って行けばより早く向こうには着けるはずです!」
「心得た」
全体にすぐさま引き返すように和樹が伝えると、中納言の指示の前に馬を手繰っていた従者が和樹の発言に従う
「頼んだぞ!」
中納言は従者に向かって言ったようだ
「気をつけてください、馬から落ちれば一巻の終わりです」
「私を誰だと思っている!」
男も馬も興奮状態のようでどんどん運転が荒々しくなる
しかし、異形の内一匹がその従者の足を掴んだようで、すこしスピードが落ちる
「なんだこれ!外れない!」
足を振り回してもしっかりとしがみつき、つながっていって鎖になる
「足を動かさないでください!」
和樹は持っていた刀でその異形を叩く
どうやら中に神経のようなものがあり、それでこの黒い液状の物を動かしているようだ
「助かった!」
「付いてきたやつは私が落とします!できるだけスピードを落とさないでください!」
「了解!行くぞ相棒!」
落ちたスピードを馬は取り戻していく
部屋に居ると、突然部屋に物をぶつけるような音が鳴り出す
あらゆる壁からその衝撃の音が聞こえ、部屋の中は騒然とする
智彼と娘は従者たちの中心におり、傷つけないとばかりにひしめき合っている
「ひっ!」
一人の従者が叫ぶと皆がその方向を見る
すると、上の格子の隙間から黒い何かが姿を見せる
従者が物を投げるが、まるで効いておらず、元の形に修復される
慌てて布団を格子に押し込んで隙間をなくす
それでも壁に与えられる衝撃と、先ほど見た姿から中にいる者は全員恐怖に支配される
和樹は扉をこじ開ける
中には震えた表情で見ている女性たちがいる
「間に合ったか…」
近くに居る先ほどまで音を鳴らしていた黒い異形は地面に溶けていた
まだ恐怖の抜けていない智彼に手を伸ばす
「もう大丈夫だ、僕が帰ってきた…さぁ逃げるよ」
智彼はゆっくりとゆっくりと手を取る
しばらくすれば智彼の呼吸は落ち着く
今は屋敷の入り口を閉じているため時間がある
だが、この状況下では元の時代に戻った方が安全だ
「これ、あげるね」
智彼は眼鏡を外す
そしてそれを娘に渡す
「きっと物合わせにいい物になるからさ…思い出にとっておいてね…」
二人は抱き合って別れを告げる
智彼の眼鏡は度が低いため、外したとしてもこの時代から逃げる上ではたいした問題にならないだろう
むしろつけていた方が割れて危険だ
「中納言さんにお世話になりましたと伝えておいてください」
和樹はそう言って智彼を部屋から連れ出す
「済んだのか?」
先ほど自分を送ってくれた従者が聞く
「大丈夫です」
智彼は娘にもらった箱を握りしめ、和樹と馬に乗る
「三人乗りはさすがに重いけどなんとかはなるな…」
出発の準備をする
ちょうど比較的早い馬使いが帰ってくる頃だ、もう防衛としても十分という判断がされる
馬に乗せてもらったが、外の異形はまだ消えていない
とにかく自分たちが来た道を戻る
そして森を見つけてその中までは入ってもらう
どうやら人気のない森の中までは異形もいないようで、少し開けた場所に下ろしてもらう
「ありがとうございました」
「…いや、私も助けられたよ」
そう言って従者は屋敷に戻っていく
片手には杖を持っており、なんとか弱い体を支えている
ようやく自分たちが来た石谷を見つける
しかし、目の前に異形が現れる
どうやら道に近い方の入り口から流入してきたようだ
「い…いや…」
智彼は先ほどの襲撃を思い出し、腰を抜かしてしまう
そして、異形たちは自分たちに取り憑き殺そうと襲いかかってくる




