第18話
焚き物合わせ、庚申待、ひな遊び、都で何かが起こる
今日は庚申の日
夜に三尸の虫が現れて神にその人の罪を告げ口されるという迷信があり、その虫を逃がさないために一晩起きて過ごすという日
そんな日の朝でも智彼と娘は人形遊びをしている
「今日は薫物合わせをしましょう」
別荘にいた従者は、火取の上に炭を乗せて持ってくる
「どの時代でもそうですが、人はどんなに理性的であるように振る舞っていても本能に従ってしか行動できない生き物です」
いきなり古文らしくない話をされる
「歌というのは動物の鳴き声、舞というのも鳥がよく行う求愛行動、そして匂いというのも生物の求愛行動の一つとなっています…ゆえに、特徴的で心地よい香りを身にまとわせた方が人間であっても寵愛を受けるのに有利なのです」
今度は香りの調合に使われる物が出される
「今日は自分の香りを作ってみましょう」
娘はまだ成人もしておらず、どの香りがいいかなどはわからない
「ん~とね、私たちの時代によくあったのはこれかな」
そう言って智彼は白檀の香料が入った入れ物を寄せる
「よく知ってるね」
「香水のことも家庭科で教えてもらったので…拙いものですが少しの知識なら持っていますよ」
やはり智彼は趣味が広い
その後も智彼の知っている植物で組み合わせていく
「私これも使いたいの!」
それは和樹も智彼も知らない植物
「この香りがいいってお母様が言っててよく嗅がせてくれたんだ!」
どうやら娘の思い出の香りらしい
「じゃあそれも入れましょうか」
ちょうど良いほどの組み合わせの数になる
「では…」
蜂蜜などを使って練り合わせると、火の上に置いて伏籠という籠を乗せる
「後は衣だけど…とりあえずは貰ってきたこれにしよう」
中納言から渡された単を乗せる
「これで香りをつけるんだ」
香りがしっかり付くまでしばらく待つ
「あの…これも掛けていいですか?」
智彼が従者に聞く
見せてきたのはハンカチのような物、おそらくはじめに泊めてもらった民家で縫ったものだろう
「これ…助けてもらった人にもらった大切な物なんです…」
「いいよ!同じ香りにしようよ!」
従者の返答を待たずに娘は布を掛けるように言う
従者もそれを認めたようで何も言わない
日が暮れるときに香りがしっかりと染みついた
「そちらの布はこの小箱に入れた方が良いかと」
女房が手のひらサイズの箱を智彼に渡す
香りの材料となった植物の一部が中に入っており、匂いが抜けにくいようにされ、上から懐紙と呼ばれる本来は携帯用の和紙が乗せられている
「ありがとうございます、ちょうどこのハンカチも入りましたね」
智彼は大切そうにその箱を持つ
薫物ができるまでそれぞれで寝ていたため、夜は皆起来たままで居られている
このような庚申待ちでは雑談をして情報交換をしながら夜を明かすものだが、その中で一つ気になることを聞いた
「申し訳ないが明日はそなたと一緒に屋敷の周辺の様子を見に行きたい」
「何かあったんですか?」
「今日急いで来た使いから聞いたのだが、中宮の出産が失敗したようだ」
先日話していた話の続報が来たらしい
「中宮も子も亡くなっただけでなく周囲から黒い異形が出てきて憑坐も効かなかったそうで都は混乱しているらしい」
憑坐とはいわば悪霊の身代わりになる人や人形だが、それらも効かないとなるのは都ではかなり重い事態だ
「験者もその異形に皆殺されたようで都から出てきて外に広がっているらしいんだ、ここの周辺の様子を見るために付いてきてほしい」
「承知いたしました」
和樹からすれば非現実の極みだがどうにも差し迫っているようなのでついて行くことにする




