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最終章

まぶしい光。

消毒液の匂い。

機械の規則的な電子音。


蒼真は、ゆっくりと目を開けた。


(……ここは……?)


視界がぼやけ、

天井の白が滲む。


身体を起こそうとした瞬間、

全身に力が入らないことに気づいた。


(……動かない……?)


腕は細く、

骨ばっていた。

まるで長い間、眠っていたかのように。


そのとき、

誰かが泣きながら抱きついてきた。


「蒼真……!

 よかった……本当に……!」


母親だった。


「……母さん……?」


声がかすれていた。

自分の声とは思えないほど弱い。


母は涙を拭いながら言った。


「あなた……ずっと眠っていたのよ……

 何ヶ月も……」


(……事故……?)


蒼真の脳裏に、

最後の光景が蘇る。


夕奈を救った瞬間、

身体が光に包まれ――

そして、消えた。


(……あれは夢じゃなかったんだ)


母は続けた。


「でも……奇跡的に助かったの。

 本当に……よかった……!」


蒼真は、

母の手を弱く握り返した。


(……夕奈は……?

 夕奈は生きているのか……?)


それだけが頭の中を占めていた。


リハビリを重ね、

少しずつ歩けるようになり、

ようやく退院の日が来た。


外の空気は、

あの日と同じ夏の匂いがした。


(……夕奈に会わなきゃ)


蒼真は、

退院したその足で夕奈の家へ向かった。


7年前と変わらない道。

変わらない家。

変わらない玄関。


だが――

胸の鼓動は、

7年前とは比べものにならないほど強かった。


蒼真は震える指で、

チャイムを押した。


ピンポーン。


数秒後、

玄関の扉が開いた。


「はい……どちら様――」


蒼真は息を呑んだ。


そこに立っていたのは、

高校生の夕奈ではなかった。


大人びた顔立ち。

落ち着いた雰囲気。

けれど――

間違いなく、夕奈だった。


「……蒼真……?」


夕奈の目が大きく開かれた。


蒼真は、

その場に崩れ落ちた。


「夕奈……

 生きて……

 生きてて……よかった……!」


涙が止まらなかった。


夕奈は驚きながらも、

すぐに蒼真の肩を抱き寄せた。


「ちょ、ちょっと……!

 どうしたの……!?

 大丈夫……?」


蒼真は首を振った。


「大丈夫じゃない……

 ずっと……

 ずっと心配だった……

 お前が……生きてるかどうか……!」


夕奈は優しく微笑んだ。


「生きてるよ。

 ちゃんと……ここにいるよ」


その言葉だけで、

胸が熱くなった。


夕奈は蒼真を家の中へ招き、

温かいお茶を出してくれた。


二人きりの静かな空間。

心臓の音がやけに大きく聞こえる。


蒼真は息を呑んだ。


蒼真は、

7年前の自分を思い出した。


言えなかった言葉。

伝えられなかった想い。


(……今なら言える)


蒼真は夕奈の手を握った。


「夕奈……

 俺は……

 7年前からずっと……

 お前が好きだった」


夕奈の目が潤んだ。


「……蒼真……」


「何度も……

 何度も……

 お前を失って……

 それでも……

 絶対に救いたかった」


夕奈は涙をこぼしながら微笑んだ。


「私も……

 あなたが好きだった」


蒼真の胸が熱くなる。


夕奈は続けた。


「だから……

 これからは……

 ずっと一緒にいてくれる?」


蒼真は強く頷いた。


「もちろんだ。

 今度こそ……

 絶対に離さない」


夕奈は微笑み、

そっと蒼真の肩に頭を預けた。


こうして――

二人は7年越しに恋人になった。


運命に抗い、

未来を変え、

ようやく辿り着いた“現在”。


蒼真は夕奈の手を握りながら、

静かに思った。


(……生きてくれてありがとう。

 これからは、俺が守る)


そして二人は、

新しい未来へ歩き出した。

夕奈視点


あの日。

私は、確かに生きていた。


蒼真と別れ、

家へ向かう途中だった。


夕暮れの道。

蝉の声。

風の匂い。


全部、いつも通りだった。


――なのに。


「……あれ?」


視界が揺れた。

胸が苦しくなった。

足がもつれた。


そして――

世界が暗転した。


気がつくと、

私は真っ白な空間に立っていた。


上下も、前後も分からない。

ただ、白い。


「……ここは……?」


そのとき、

小さな足音が聞こえた。


「やっと来たね、夕奈」


振り返ると、

小さな女の子が立っていた。


白いワンピース。

無表情なのに、どこか優しい目。


ミミ。


「あなたは……誰?」


「私はミミ。

 “運命の管理者”みたいなものだよ」


運命の……管理者?


ミミは続けた。


「夕奈。

 あなたは今、生死の狭間にいるの。

 ここで選んでほしいことがある」


「選ぶ……?」


ミミは静かに言った。


「運命を変えたい?

 それとも、このままでいい?」


私は息を呑んだ。


運命を変える?

何のこと?


ミミは言った。


「あなたは、もうすぐ死ぬ。

 でも、選べば未来は変えられる。

 生きたいなら、そう言って」


私は――

怖かった。


生きることが。

未来が。

自分がどうなるのかが。


そして、

誰にも必要とされていない気がしていた。


だから私は――

言ってしまった。


「……変えなくていい。

 このままでいい」


ミミは一瞬だけ悲しそうな顔をした。


「……分かった。

 じゃあ、未来は変えないようにするね」


その言葉の意味を、

私はまだ知らなかった。


ミミは淡々と説明した。


「あなたが“変えなくていい”と言ったから、

 未来が変わらないように調整するね」


「調整……?」


「うん。

 あなたの死が“確定”するように、

 世界の流れを整えるの」


私は震えた。


「そんな……!」


「あなたが選んだんだよ、夕奈。

 私はただ、それを守るだけ」


そしてミミは、

私が死ぬように世界を調整し続けた。


車。

階段。

病気。

通り魔。

火災。


全部、

“未来を変えないための細工”。


私は何度も死んだ。

でも、意識はずっと生死の狭間にあった。


ミミは言った。


「夕奈。

 あなたが“生きたい”と言うまで、

 私は未来を変えないよ」


私は言えなかった。


怖かったから。


7回目の夏。

私はまた線路へ落ちかけていた。


電車のライトが迫る。

死が近づく。


その瞬間――

時間が止まった。


ミミが現れた。

そして、未来の私も。


未来の私は、

影のように暗く、

諦めに満ちていた。


「……もういいの。

 生きても苦しいだけ」


私は震えた。


(……これが、未来の私……?)


そのとき。


蒼真の声が響いた。


「必要だよ。

 俺が必要としてる。

 今も、未来も、ずっとだ!」


未来の私は、

その言葉に震えた。


私も震えた。


胸の奥が熱くなった。


(……生きたい)


初めて、

心の底からそう思った。


未来の私は泣きながら言った。


「……生きたい」


その瞬間、

私を縛っていた“死”が崩れ落ちた。


ミミは微笑んだ。


「やっと言えたね、夕奈。

 じゃあ……未来を変える細工をするよ」


ミミは指を鳴らした。


世界が光に包まれた。


時間が動き出し、

私は線路へ落ちる直前だった。


でも――

蒼真が飛び込んで、

私を抱きしめた。


「夕奈!!」


私は泣きながら叫んだ。


「蒼真……!

 怖かった……!」


「もう大丈夫だ。

 絶対に守る」


その言葉が、

胸に深く染み込んだ。


そして、

運命は変わった。


私は生きた。

未来へ進んだ。


蒼真は現実へ戻り、

私は7年を生きた。


そして――

ある日、

玄関のチャイムが鳴った。


扉を開けると、

そこに蒼真が立っていた。


やせ細っていたけれど、

確かに生きていた。


蒼真は泣き崩れた。


「夕奈……

 生きてて……よかった……!」


私は微笑んだ。


「生きてるよ。

 あなたが……助けてくれたから」


そして蒼真は、

7年前に言えなかった言葉を言った。


「夕奈……

 ずっと……好きだった」


私は涙をこぼしながら言った。


「私も……

 ずっと好きだった」


こうして――

私たちは7年越しに恋人になった。


運命を変えた二人として。

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