第4章
世界が白く染まり、
音がひとつずつ消えていく。
そして――
蝉の声が戻ってきた。
夏の匂い。
眩しい日差し。
あの日と同じ景色。
「蒼真ー! 早くー!」
夕奈が手を振っている。
制服姿で、笑顔で、
まるで何も知らない少女のように。
だが蒼真は、
もう“何も知らない”わけではなかった。
(……夕奈の死の原因は、外側じゃない。
事故でも、段差でも、偶然でもない。
“身体の中”にある)
3回目の夏で、
夕奈は胸を押さえ、
息を乱し、
倒れた。
あれは――
明らかに“病気”の症状だった。
(……今度こそ、見逃さない)
蒼真は夕奈のもとへ歩き出した。
「蒼真、遅いよー!」
夕奈は笑っている。
だが蒼真は、すぐに気づいた。
(……やっぱり、息が浅い)
ほんのわずか。
普通なら気づかないほどの違和感。
だが蒼真には、
もう見逃せなかった。
「夕奈、昨日ちゃんと寝たか?」
「え? うん……まあまあ?」
曖昧な返事。
視線が一瞬だけ泳ぐ。
(……嘘だ)
夕奈は“隠している”。
自分の身体の異変を。
蒼真は胸の奥が冷たくなるのを感じた。
坂道を歩く。
前の3回と同じ道。
だが――
夕奈の歩幅が、明らかに小さい。
「夕奈、ゆっくりでいい」
「え? あ、うん……」
夕奈は笑うが、
その笑顔はどこかぎこちない。
そして――
「……っ」
夕奈が胸を押さえ、
立ち止まった。
蒼真はすぐに支える。
「夕奈!」
「だ、大丈夫……ちょっと息が……」
(……もう始まってる)
3回目より早い。
明らかに症状が進んでいる。
蒼真は夕奈の肩を支えながら言った。
「夕奈、病院行こう」
夕奈は驚いたように目を見開いた。
「え……?
なんで急に……?」
「理由は後で話す。
でも今は……行こう」
夕奈は視線をそらし、
小さく首を振った。
「……やだ」
「なんでだよ!」
「だって……
もし“悪い病気”だったら……
怖いから……」
その言葉は、
夕奈の本音だった。
蒼真は胸が締めつけられた。
(……夕奈は気づいてる。
自分の身体がおかしいことに)
だが――
認めたくないのだ。
海に着くと、
夕奈は波打ち際に立ち、
遠くを見つめた。
「ねえ蒼真……
私ね、最近……
胸が苦しくなることがあるの」
蒼真は息を呑んだ。
(……言った)
夕奈は続けた。
「でも……
お母さんにも言ってない。
病院にも行ってない」
「なんで……!」
「だって……
もし本当に“悪い病気”だったら……
私……どうしたらいいか分からないから……」
夕奈の声は震えていた。
蒼真は夕奈の手を握った。
「夕奈。
俺がいる。
どんな結果でも……
絶対に一緒に向き合う」
夕奈は驚いたように蒼真を見つめ、
そして――
涙をこぼした。
「……ありがとう」
その瞬間――
夕奈の身体がふらりと傾いた。
「夕奈!!」
蒼真は抱きとめる。
夕奈は胸を押さえ、
苦しそうに息をしている。
「……ごめん……
また……苦しくて……」
(……もう限界だ)
蒼真は夕奈を抱きかかえ、
海辺のベンチに座らせた。
「夕奈、病院行こう。
今すぐだ」
夕奈は弱々しく頷いた。
「……うん……
行く……」
その瞬間――
夕奈の身体が、
蒼真の腕の中で崩れ落ちた。
「夕奈!!」
呼吸が浅い。
意識が遠のいている。
(……ダメだ……
間に合わない……!)
蒼真は叫んだ。
「誰か!!
助けてくれ!!」
だが――
海辺には誰もいなかった。
夕奈の手が、
蒼真の手を弱く握る。
「……蒼真……
こわい……」
「大丈夫だ!
絶対に助ける!!」
「……また……海……行こうね……
約束……だよ……」
その言葉を最後に、
夕奈の手から力が抜けた。
蒼真は叫んだ。
「夕奈ぁぁぁぁぁ!!」
だが――
運命はまた、夕奈を奪った。
今度は“病気”という形で。
背後から、静かな声がした。
「蒼真。
4回目も……ダメだったね」
蒼真は涙を流しながら振り返る。
「なんでだよ……
なんで……何をしても……!」
ココは静かに言った。
「蒼真。
夕奈の病気は……
“普通の病気”じゃない」
蒼真は息を呑む。
「……どういうことだ?」
「夕奈の身体はね……
“時間”に逆らってるんだよ」
「時間……?」
「うん。
夕奈の身体は、
“本来の未来”に向かって壊れていく。
きみが過去に戻っても、
夕奈の身体だけは“未来の状態”を覚えてる」
蒼真は震えた。
(……だから症状が早くなるのか)
ココは続けた。
「だから、夕奈の身体が“未来の死”に引っ張られる」
蒼真は拳を握りしめた。
(……絶対に見つける。
夕奈を救う方法を)
ココは手を差し伸べた。
「行こう、蒼真。
5回目の夏へ」
世界が白く染まり始める。
蒼真は夕奈の手を握りしめ、
強く願った。
(今度こそ……
もっと深く原因に近づく)
夕奈を抱きしめたまま、
蒼真は何度も名前を呼んだ。
だが、返事はなかった。
世界が白く染まり、
音が消えていく。
そして――
蝉の声が戻ってきた。
5回目の夏が始まった。
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
「蒼真ー! 早くー!」
夕奈が手を振っている。
制服姿で、笑顔で、
まるで何も知らない少女のように。
だが蒼真は、
もう“何も知らない”わけではなかった。
(……夕奈の身体は、未来の死を覚えている。
時間に逆らって壊れていく身体……
それが夕奈の死の原因)
そして、
運命は形を変えて襲ってくる。
(……今度はどんな形で来る?)
蒼真は夕奈のもとへ歩き出した。
海へ向かう途中、
夕奈は何度か胸を押さえた。
だが4回目ほどではない。
症状はあるが、まだ軽い。
(……今回は少し遅い。
でも油断はできない)
海に着くと、
夕奈は波打ち際で笑った。
「蒼真、今日も海きれいだね!」
その笑顔は、
前の4回と同じはずなのに――
どこか儚く見えた。
蒼真は夕奈の横顔を見つめながら、
胸の奥で決意を固めた。
(……絶対に守る。
どんな形で来ても、絶対に)
夕暮れ。
海からの帰り道。
夕奈の家へ向かう途中、
いつもの分かれ道に差し掛かった。
「蒼真、今日はありがと。
なんか最近、体調悪いけど……
蒼真といると元気になる気がする」
「夕奈……」
「また明日ね!」
夕奈は笑って手を振り、
細い路地へと入っていった。
その路地は、
夕奈の家へ続く近道だった。
蒼真はしばらくその背中を見つめ、
ゆっくりと帰り道へ歩き出した。
(……今日は大丈夫だ。
症状は軽かった。
倒れるほどじゃない)
そう思い込もうとした。
だが――
胸の奥のざわつきは消えなかった。
(……なんだ、この不安)
蒼真は振り返った。
夕奈の姿はもう見えない。
(……大丈夫だよな?)
自分に言い聞かせるように呟き、
家へ向かった。
家に帰り、
シャワーを浴び、
夕食を食べ、
少し落ち着いた頃。
蒼真は何気なくテレビをつけた。
その瞬間――
心臓が止まった。
『速報です。
本日夕方、新高輪市内の路地で女性が倒れているのが発見されました。
警察は通り魔事件の可能性もあるとみて――』
画面には、
見覚えのある路地が映っていた。
夕奈が帰っていった、
あの細い道。
蒼真の手から、
リモコンが落ちた。
(……嘘だろ)
ニュースは続く。
『被害者の女性は高校生とみられ、
意識不明の状態で病院に搬送されましたが――』
蒼真はテレビに駆け寄った。
「やめろ……
やめてくれ……!」
『――先ほど死亡が確認されました』
世界が、
音を失った。
蒼真は膝から崩れ落ちた。
「……夕奈……?」
声が震える。
涙が溢れる。
(なんでだよ……
なんで……今度は通り魔なんだよ……!)
事故でもない。
病気でもない。
階段でもない。
“人の手”による死。
運命は、
形を変えて、
理由を変えて、
どんな手段を使ってでも夕奈を奪いに来る。
蒼真は拳を握りしめ、
叫んだ。
「ふざけるなぁぁぁぁ!!
なんでだよ!!
なんで……何をしても……!」
そのとき――
背後から声がした。
「蒼真」
ココだった。
いつものように静かに立っている。
「……5回目も、ダメだったね」
蒼真は涙を流しながら振り返った。
「なんでだよ……
なんで……今度は通り魔なんだよ……!」
ココは静かに言った。
「蒼真。
運命はね……
“結果”を変えられないと判断すると、
“原因”を変えてくるんだよ」
「原因を……変える……?」
「うん。
夕奈が死ぬ“未来”が強すぎるから、
世界が“別の死に方”を探してくる」
蒼真は震えた。
(……そんなの……
そんなの運命なんかじゃない……
ただの悪意だ……!)
ココは続けた。
「でも、蒼真。
きみは確実に“真相”に近づいてる。
夕奈の死の本当の原因は……
もうすぐ見えるよ」
蒼真は涙を拭い、
ゆっくりと立ち上がった。
「……行く。
6回目の夏へ」
ココは頷いた。
「うん。
6回目は……
“核心”に触れる夏になるよ」
世界が白く染まり始める。
蒼真は強く願った。
(今度こそ……
絶対に真相を掴む)
そして――
6回目の夏が始まる。




