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第2章

世界が白く染まり始めた。

視界の端から、音がひとつずつ消えていく。


救急車のサイレンも、

運転手の叫び声も、

風の音さえも――

すべてが遠ざかっていく。


蒼真は、ただ立ち尽くしていた。


(……俺は、また失ったのか)


胸の奥が焼けるように痛い。

喉が締めつけられ、息がうまくできない。


「夕奈……」


名前を呼んだ瞬間、

世界がゆっくりとひび割れた。


ピシ……ピシ……


まるでガラスが砕けるように、

現実が静かに崩れていく。


ココが蒼真の前に立ち、

金色の瞳でまっすぐ見つめた。


「蒼真。

 きみは“選んだ”んだよ。

 何度でもやり直すって」


蒼真は拳を握りしめ、震える声で答えた。


「……助ける。

 絶対に……夕奈を助ける」


ココは小さく頷く。


「じゃあ、行こう。

 2回目の夏へ」


その言葉と同時に――

世界が完全に砕け散った。


白い光が一気に広がり、

蒼真の身体がふわりと浮き上がる。


重力が消え、

時間の流れが逆転していく。


夕奈の笑顔。

海の匂い。

公園のブランコ。

手をつないだ温度。


すべてが光の粒となって、

蒼真の周囲を回り始めた。


(……もう二度と、失わない)


強い意志が胸に宿る。


光が収束し、

世界が再び形を取り始める。


蝉の声。

夏の匂い。

眩しい日差し。


そして――


「蒼真ー! 早くー!」


聞き慣れた声が、

まるで初めて聞くように鮮やかに響いた。


蒼真はゆっくりと目を開ける。


そこには――

制服姿の夕奈が、

あの日と同じ笑顔で立っていた。


「遅いよ、蒼真。

 ほら、行こ?」


蒼真の胸が熱くなる。


(……戻ってきた。

 2回目の夏に)


夕奈は何も知らない顔で笑っている。


蒼真は深く息を吸い、

その笑顔に向かって歩き出した。


「……ああ。行こう、夕奈」


今度こそ――

必ず守る。


そう強く心に誓いながら。

--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

「蒼真ー! 早くー!」


2回目の夏。

夕奈は、前回と同じ制服姿で、同じ場所で、同じ笑顔で手を振っていた。


だが――

蒼真の胸には、前回とは違う緊張が走っていた。


(……絶対に守る。

 今度こそ)


夕奈のもとへ駆け寄ると、彼女は嬉しそうに笑った。


「今日はどこ行く? 海? 公園?」


「どこでもいいよ。

 夕奈が行きたいところに」


「えっ、珍しいね。

 蒼真っていつも“どっちでもいい”って言うのに」


「……そうか?」


「そうだよ。

 でも、なんか今日の蒼真、いい感じ」


夕奈はくすっと笑った。

その笑顔は、前回と同じはずなのに――

蒼真には、どこか違って見えた。


(……俺が変わっただけか)


そう思いながらも、胸の奥に小さな違和感が残る。


海へ向かう道。

前回と同じ道を歩いているはずなのに、

蒼真はふと足を止めた。


(……あれ?)


前回、夕奈がつまずいた段差が――

ない。


舗装されて、きれいになっている。


「どうしたの?」


夕奈が振り返る。


「いや……ここ、前は段差があった気がして」


「段差? そんなのあったっけ?」


夕奈は首をかしげる。


(……おかしい。

 前回はここで夕奈が足を痛めてたはずだ)


だが、今の夕奈は元気そのものだ。


蒼真は胸の奥にざわつきを覚えた。


海辺に着くと、前回と同じように夕奈は裸足になって波へ駆け出した。


「冷たーい! 蒼真もおいでよ!」


その姿は前回と同じ。

だが――


(……胸を押さえてない)


前回、夕奈はここで突然苦しそうに胸を押さえた。

だが今回は、まったくそんな素振りがない。


むしろ、前回よりも元気に見える。


「蒼真、どうしたの? ぼーっとして」


「いや……なんでもない」


(……何が違う?

 何が変わった?)


蒼真は夕奈を見つめながら、

前回との“ズレ”を必死に探す。


だが、夕奈はただ笑っているだけだった。


夕方になり、帰り道。

蒼真は夕奈の手をしっかり握った。


(絶対に離さない)


夕奈は笑いながら言う。


「蒼真、なんか今日すごく優しいね」


「……そうか?」


「うん。

 でも、なんか安心する」


夕奈の家が近づく。

前回、事故が起きた横断歩道が見えてきた。


蒼真は息を呑む。


(……来る。

 あの車が来るはずだ)


夕奈は信号の前で立ち止まり、ボタンを押す。


カチッ。


前回と同じ音。

同じ動作。


蒼真は道路の奥を凝視する。


(来い……来るなら来い……!

 今度こそ止めてやる……!)


だが――


来ない。


車の音がしない。

ヘッドライトも見えない。

道路は静まり返っている。


「蒼真? どうしたの?」


夕奈が不思議そうに見つめる。


「いや……」


(おかしい。

 前回はこのタイミングで車が……)


信号が青に変わる。


ピッ。


夕奈は歩き出す。


蒼真は周囲を見渡し、

道路の奥を何度も確認する。


だが――

車は来ない。


夕奈は無事に横断歩道を渡りきった。


「ほら、蒼真も早くー!」


蒼真は動けなかった。


(……事故の原因が……消えてる?)


胸の奥に、冷たいものが広がる。


(じゃあ……

 前回の事故は……何だったんだ?)


夕奈は家の前で手を振る。


「また明日ね、蒼真!」


蒼真は返事ができなかった。


ただ――

分からない。


事故の原因が、

完全に消えている。


(……どういうことだ?

 何が変わった?

 何が……ズレた?)


2回目の夏は、

前回とは違う“何か”が確実に動いていた。

-------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

夕奈は階段の途中で立ち止まり、

振り返って微笑んだ。


「また明日ね」


その笑顔は、

さっきまで海で笑っていたときと同じ、

いつもの夕奈の笑顔だった。


蒼真は、胸の奥に残る不安を押し殺しながら、

小さく手を振り返した。


「……ああ。また明日」


夕奈は階段を上がり、

二階の廊下へと消えていく。


蒼真は玄関の外に出て、

夜風を吸い込んだ。


(……今日は大丈夫だった。

 事故は起きなかった。

 未来は変わったんだ)


そう思い込もうとした。


だが――

胸の奥のざわつきは、消えていなかった。


「……なんでだろうな」


自分でも理由が分からない。

ただ、何かがまだ終わっていない気がした。


そのときだった。


――ドサッ。


家の中から、重いものが落ちる音がした。


蒼真の心臓が跳ねる。


(……まただ)


反射的に振り返る。


「夕奈!?」


返事はない。


嫌な予感が、

前回よりもずっと強く、鋭く胸を刺した。


蒼真は玄関へ駆け戻り、

開け放たれた扉から中へ飛び込んだ。


「夕奈! どこだ!」


家の中は静まり返っている。

だが――

階段の方から、微かな呼吸音が聞こえた。


「……っ……」


蒼真は息を呑み、

階段へ駆け寄った。


そして――


「夕奈!!」


階段の踊り場に、

夕奈が倒れていた。


手すりに片手を伸ばしたまま、

もう片方の手は胸元を押さえ、

苦しそうに息をしている。


「夕奈! しっかりしろ!」


蒼真は夕奈の身体を抱き起こした。


夕奈の顔は青ざめ、

呼吸は浅く、震えていた。


「ごめん……蒼真……

 ちょっと……足が……」


その声は、

さっきまでの元気な声とは別人のように弱々しかった。


蒼真は夕奈の足元を見た。


右足のくるぶしに――

前回と同じ場所に、同じ形の傷。


(……なんでだよ……

 なんでまた同じ傷なんだよ……!)


夕奈は苦しそうに息を吸い、

蒼真の腕にしがみついた。


「ごめん……ちょっと……目が回って……

 気づいたら……落ちてて……」


「しゃべるな!

 今、救急車呼ぶから!」


蒼真はポケットからスマホを取り出そうとした。


だが――

夕奈の手が、弱々しく蒼真の手を掴んだ。


「……やだ……行かないで……」


その声は震えていた。

恐怖と痛みが混ざった、必死の声だった。


蒼真はスマホを握りしめたまま、

夕奈の手を強く握り返した。


「行かない。

 絶対に離れない。

 だから……だから頑張れ!」


夕奈はかすかに笑った。


「……蒼真……

 今日……楽しかったね……」


「そんな話はいい!

 今は喋るな!」


「……ううん……

 言いたいの……

 ちゃんと……言っておきたいの……」


夕奈の呼吸が、さらに浅くなる。


蒼真の胸が締めつけられる。


「夕奈……!」


夕奈は蒼真の胸に顔を寄せ、

かすかに囁いた。


「……また……海……行こうね……

 約束……だよ……」


その声は、

夏の夜に溶けるように小さかった。


蒼真は必死に夕奈の名前を呼び続けた。


「夕奈!

 夕奈、返事しろ!

 頼むから……!」


だが――

夕奈の手から力が抜けていく。


その瞬間、

蒼真の世界が音を失った。


(……嘘だろ……

 なんで……

 なんでまた……)


夕奈の身体は温かい。

まだ生きているように感じる。

だが――

その温もりは、

ゆっくりと、確実に薄れていった。


蒼真は夕奈を抱きしめ、

声にならない叫びをあげた。


(……守れなかった。

 また……守れなかった……)


涙が止まらない。

喉が焼けるように痛い。


そのとき――

背後から、小さな声が聞こえた。


「……蒼真」


振り返ると、

ココが静かに立っていた。


その瞳は、

深い悲しみを湛えていた。


「……また、失敗しちゃったね」


蒼真は歯を食いしばり、

涙で濡れた顔を上げた。


「なんでだよ……

 なんで……車じゃなかったんだ……

 段差もなかった……

 なのに……なんで……!」


ココは静かに言った。


「蒼真。

 “運命”はね、形を変えるんだよ。

 ひとつの道を塞がれたら、

 別の道を探してくる」


蒼真は拳を握りしめた。


「ふざけるな……!

 そんなの……そんなの許せるかよ……!」


ココは小さく首を振る。


「でも、まだ終わりじゃない。

 きみには……あと5回のチャンスがある」


蒼真は夕奈の手を握りしめ、

震える声で呟いた。


「……何度でもやる。

 何度でも……夕奈を救うまで……!」


ココは静かに頷いた。


「じゃあ、行こう。

 3回目の夏へ」


世界がゆっくりと白く染まり始める。


蒼真は夕奈の手を離さないまま、

強く、強く願った。


(今度こそ……

 絶対に……救う)


そして――

世界は再び、光に包まれた。

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