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辺境修繕結界師 ~「地味な保全部は不要です」と婚約破棄された宮廷結界師、雨漏り砦を直したら最強の防衛都市になっていました~  作者: 小竹X


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第三十九話 保全部門の独立

先送り優先の裁可札は、滴る継ぎ目へ足場を先に立てるためではなく、誰の印を乾いた机へ先に届けたかだけを整えたがる。


午後の西棟裏資材庭では、『臨時保全部受付』の板の下で紙が風に鳴っていた。


『西棟第二接合部 滴下四』

『西棟第二接合部 足場要』

『礼拝回廊北樋 詰まり再発』

『第一防壁北東面 第四縫い足し』


午前だけで、机前の列は半分まで縮んだ。場所の名で掛ければ、受ける手も持っていく手も迷わない。けれど、減りきらない紙があった。足場だ。西棟第二接合部の真下は、侍女が湯桶と乾いた布を運ぶ細い回廊になっている。滴を桶で受けるだけなら通れる。けれど梁裏へ人を上げる足場は、維持局、近衛、神殿付きの三つの印が揃わないと立たないらしい。


私はその紙を指で弾いた。羊皮紙の端がまだ濡れている。


「これ、滴より遅い」


ハンナが受付板の横で頷いた。


「午前から四枚。見出しは同じでも、通行印が違うって戻される」

「足場を立てる前に、回廊の方がまた濡れる」


西棟裏階段を上がると、まさにその回廊がひどかった。第二接合部の真下へ桶が三つ並び、侍女が裾を摘んでそのあいだを抜けていく。湯桶を抱えた少年が一度立ち止まり、滴を避けようとして肩を壁へぶつけた。壁際の布箱には、水を吸った下布が戻せないまま積まれている。


滴そのものは多くない。四つ。問題は、四つとも同じ刻みで落ちることだった。梁裏の継ぎ目へ入った水が、逃げ場を失って一か所へ寄っている。午前に受付へ掛かった『足場要』がまだ動かないせいで、下から受けることしかできていない。


アルノルトが桶の並びを見て言った。


「人は通れている」

「濡れながらね」


私は桶のひとつを半歩ずらした。滴の落ちる間へ、乾いた石の幅が指三本ぶんだけ見える。


「通れている、は直っていると違う。ここ、夜になれば布箱が全部冷えます」


そこへ、資材庭から若い書記が駆け上がってきた。


「陛下が、状況を確かめると。西棟脇の小回廊へお出ましです」


謁見の間へ呼ぶのではなく、小回廊へ来る。その時点で、王都の体面もだいぶ濡れていた。


西棟脇の小回廊は、雨を避けるために片側だけ厚布が下ろされていた。けれど床の半分はまだ冷えている。王は近衛を二人しか連れず、乾いた石の方へ立った。金糸の縁はあるが、祝祭の白よりずっと地味な外套だった。いい。濡れた床の前で光られても困る。


クラウスがすぐ綴りを並べた。原本、回付本、振替票、夜番綴り。そして今朝から受付へ掛かっている『西棟第二接合部 足場要』四枚。


「午前の実数です」


彼はもう、見出しだけで喋らなかった。


「場所名で受ける運用に変えてから、資材庭の待ちは十八から七まで減りました。ただし西棟第二接合部の足場だけは、三系統の印待ちで止まっています」


王の視線が、滴を受ける桶へ落ちる。ちょうどそのとき、侍女が濡れた裾のまま布箱を抱えて通った。箱の底から、細い水筋が床へ落ちる。


私は『足場要』の紙を一枚、王の前へ差し出した。


「この回廊は、湯と布と人が戻る線です。いまは滴を受ける桶のあいだを縫って通っています。足場が立てば、梁裏の割れ目へ下から受け木を入れて、水を横へ逃がせます。けれど印が三つ要るので、半日止まりました」


王は紙ではなく、回廊の幅を見た。


「三つ必要か」


「必要なのは責任です。印の数ではありません」


言うと、横でセラフィナが杖の石突きを寄せた。


「神殿の通行印は外せます。礼拝列はもうこの回廊を使っていません」


ユリウスも、その一拍あとで口を開いた。


「近衛もだ。警護線は外側へ回せる」


クラウスがそこで、朝書いた提言の羊皮紙を裏返した。空いた面へ新しい文を書き始める。


「では分けるべきです。維持局から保全部を切り離し、補修、排水、継ぎ目、足場、夜番綴りは同じ帳場で扱う。改題と停止は責任印ひとつで足りる形へ」


王は私を見た。


「それで足りるか」


私は首を振った。


「第七砦から人と線を持ってきています。王都だけを直しても、また見映えの名目で吸われたら同じです」

「何が要る」

「保全部の予算を祝祭と切り離すこと。もうひとつ、王都と第七砦で見習いを育てる権限です。紙の見出しを場所名で読める手を増やさないと、同じ机でまた詰まります」


ミアが、その少し後ろで細板を抱えたまま固まっていた。午前に削った細板の白い木肌が、腕の中で光っている。ハンナは濡れた綴りを抱え直し、若い技師二人はまだ受付札の横に立ったままだ。足りないのは、ずっと人だった。


王は短く息を吐いた。


「書け」


誰へ向けた言葉かは、全員に分かった。クラウスの筆がすぐ走る。維持局から保全部を分離。臨時保全部受付を王命下の仮受付とする。補修費、足場材、夜番費を祝祭費から切り離す。第七砦の収入と人員を凍結しない。王都と第七砦で保全部見習いを取り、育成札を出せるようにする。


羊皮紙が乾くまで待つ時間すら惜しかった。私はそのあいだに、回廊の滴下位置へ炭で印を打ち、足場持ちへ梁裏の幅を伝える。アルノルトはもう工具箱を開いていた。ハンナは受付へ戻って、止まっていた『足場要』四枚へ同じ印字を書き足す。裁可済。


王の印が落ちたのは、その二十息あとだった。


そこからは速かった。速すぎて、いままでどれだけ印待ちに時間を食われていたかが分かるくらいだった。


西棟第二接合部の下へ、足場が二段で立つ。近衛は列を外へ回し、神殿付きは礼拝回廊北樋の詰まり札を持って先に動く。若い技師が梁裏へ上がり、私は下から受け木の位置を指で示した。割れは浅い。水の逃げ先さえ作れば、今夜の滴は四つから一つまで減る。


「そこ、右へ半指。もう少し」


銀の筆で梁裏の痩せた継ぎ線だけを起こす。上から薄板が入り、横へ逃がした水が樋側の細溝へ落ちた。最初の滴が止まり、次の滴の間がひらく。桶ひとつぶんの仕事だ。


下で待っていた侍女が、抱えていた布箱を持ち直した。


「通っていいんですか」

「真ん中を。もう桶は二つで足ります」


彼女は一度だけ足元を見て、それから濡れていない石を選んで抜けた。裾が桶に触れない。箱の底からも水が落ちない。後ろの湯桶持ちも止まらず続く。たった半間の回廊なのに、さっきまでよりずっと長い線が戻った気がした。


資材庭へ下りると、『臨時保全部受付』の板の横に、ミアが新しい細板をもう一本掛けていた。


『見習い札』


白い木肌へ、まだ慣れない字でそう書いてある。ハンナがそれを見て、小さく笑った。


「一枚目、誰に出す?」


私は回廊から戻ってきた若い技師二人と、細板を抱えたままのミアを見た。


「順番はあと。まず今日の場所名を最後まで読める人から」


そのとき、さっきの書記がまた来た。今度は乾いた箱を抱えている。中には、王印つきの任命案が一枚入っていた。


『王城保全部筆頭技師 リネット・アルヴァ』


まだ仮の文面だ。乾いたまま、返事を待っている紙だった。


私はそれを受け取ったが、開いたままにはしなかった。西棟第二接合部の滴は一つ減っただけで、まだ夜を越えていない。


箱ごとアルノルトへ渡すと、彼は中身を読まずに自分の外套の内側へしまった。


「濡らすなよ」

「返事が決まるまで預かる」


そう言って、彼はもう一度西棟の方を見た。


受付の板の下では、次の紙が揺れている。


『西棟第二接合部 夜番要』


まだ、直し切ってはいない。

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