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辺境修繕結界師 ~「地味な保全部は不要です」と婚約破棄された宮廷結界師、雨漏り砦を直したら最強の防衛都市になっていました~  作者: 小竹X


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第二十七話 王都から来た監査官

見栄優先の帳面棚は、紙を乾かすためではなく、角印を高く見せるために口だけ細く作られていた。


王都の通告から七日目の朝、私は北門の控え小屋でその棚の上段を外していた。高いところへ原本をしまう形では、出し入れのたびに袖が擦れ、濡れた紙の端が折れる。代わりに、幅の広い乾かし板を二段打ち、下へ浅い受けを付ける。これなら門前で写した控えを立てて乾かせるし、誰がどの札を書いたかも一目で拾える。


ミアが細板を三枚並べた。


「門銭、昼継ぎ、預かり」


その横でネラが同じ刻みを小さな札へ入れる。板札に一本、控え札に一本。右肩が一つ欠けていれば門銭、下端が二つなら昼継ぎ。字が濡れても、板の欠けで合わせられるようにした。


「これなら、旧記録室の札と控え小屋の札、すぐ同じって分かる」


ネラが細縄へ札を通しながら言う。


「走って聞きに行かなくて済むわ」


昨日までは、北門で板を動かすたびに、旧記録室の控えと食い違っていないか誰かが見に走っていた。今朝からは違う。門前の札と乾かし板の札が同じ欠けを持つ。どちらかを掛け替えたら、もう片方も同じ手で動かすしかない。


アルノルトが戸口へ体を半分だけ入れた。


「鐘が二つだ。来る」


見張り塔の返りは乾いていた。遅れのない二打のあと、門前の馬が一斉に鼻を上げる。坂の下から上がってきたのは荷車ではなく、黒塗りの箱車だった。泥をはねない幅の狭い車輪に、会計棚の赤い印。門前へ着く前から、ここを通り抜けるためではなく止めるために来た車だと分かった。


先頭の男は、北風の中でも外套の裾を汚していなかった。灰色の手袋を外し、革表紙の命令書を開く。


「王都会計棚所属、監査官クラウス・ヴェルナー。臨時監査通告に基づき、第七砦の収受、預かり、改修費流用の有無を確認する」


声は高くないのに、門前の縄の内側へまっすぐ入ってきた。視線が最初に止まったのは人ではなく板だ。


「継ぎ場、とは何だ」


北門の古看板から削り出した板が、朝の薄い日を受けている。その下でベルンが馬の頭を返し、門銭の板台にはもう銅貨が二枚置かれていた。


「昼継ぎと預かりの流れを分ける案内です」


私が答えると、クラウスは眉ひとつ動かさず板札を見上げた。


「徴収票の名称にない。関所は一列、収受は一窓が原則だ」

「一列だと、坂に荷が残ります」


アルノルトが言う。


「残るなら門前の兵を増やせばいい」

「八台来た朝に、それをやって詰まった」


クラウスはそこで初めてアルノルトを見たが、頷きはしなかった。


「詰まるかどうかは司令の裁量だ。私が見るのは、王都へ上がる数が同じ名で読めるかどうかだ」


彼はそのまま控え小屋へ入り、乾かし板へ立てた札を見た。門銭、昼継ぎ、預かり。欠けを合わせた小札が、同じ順でぶら下がっている。


「子どもの手だな」


ミアとネラの肩が少し固くなる。


「今朝、数を見た手です」

「正式な書記ではない」

「だから欠けを合わせています。字が擦れても、門の板と控えの札がずれません」


私は乾かし板から昼継ぎの控えを抜き、旧記録室から持ってきた綴りと並べた。どちらも下端に二つ欠けがある。クラウスは紙より先にその欠けを見た。


「工夫は分かる。だが、認可されていない照合方法だ」


そこで終わる言い方だった。使えるかどうかではなく、王都式かどうかで線を引いている。


彼は命令書を閉じずに門前を歩いた。継ぎ場の縄、鍛冶預かりの戸板、食堂前広場の仮台、西洗い場の湯番札。直してきたもののほとんどが、今は板と当番で動いている。クラウスは一つずつ立ち止まり、後ろの書記へ短く言った。


「非正規札」

「臨時徴収」

「用途外預かり」

「独自優先」


湯番札の前で、洗い場の老婆が薬草籠を抱えたまま固まった。鍛冶預かりの戸板の前では、刃欠け鎌を持ってきた村の男が手を引っ込める。ベルンは縄を握ったまま、次にどの札を外されるかだけを見ていた。


私は旧記録室へ彼を案内した。通告の夜から、控えは二通に増やしてある。原本は奥の乾いた棚、門前で使う綴りは手前。継ぎ場の板、湯番札、鍛冶預かり、門銭控え、命令書、点検簿を朝ごとに並べ替え、同じ日のものが同じ段へ入るようにした。


「ここが原本棚です。手前は当日分。奥は前日まで。命令書は左、控えは右、点検簿は中央」


クラウスは棚の並びを見て、ようやく一度だけ足を止めた。旧記録室の高窓から入る風が、乾いた紙の端だけを揺らしている。


「前回の通告時よりはましだな」

「前回はありません」

「王都式の棚割りに近い、という意味だ」


少しだけ、胸の奥に硬いものが当たった。近いなら読めるはずなのに、彼の指はまだ綴りの背しか撫でない。


私は点検簿を開いた。北門見張り塔の鐘遅れが止まった日、八台商隊が来た朝、継ぎ場の板を掛けた翌日の通過台数。門前で止まった足と、板を立てたあとの抜け数を並べてある。


「この板を外すと、門前で問いが戻ります。昼継ぎと預かりを一窓へ戻すと、銅貨と荷札と修理預かりが重なります」

「現場覚え書きだな」

「通過台数です」

「王都式の集計欄に清書されていない」


彼は頁の上端だけをめくり、印と日付を確認して閉じた。読まれたのは字ではなく形式だった。


アルノルトが私の横へ立った。


「切るなら書面で切れ」


クラウスはため息もつかず、命令書の次頁を開いた。


「本日付で仮処分を出す。収受名目は『北門臨時収受』へ統一。『継ぎ場』の案内板、『鍛冶預かり』の戸板、『湯番』の優先札は、監査終了まで補助札扱いとし、原本とは別に提出。新たな板札の追加は禁止」


「門前はどう流します」


私が聞くと、クラウスは筆を止めずに答えた。


「それはあなた方が考えればいい。王都へ上がる名目だけは揃える」


書き上がった紙は厚く、角印の赤だけがやけに鮮やかだった。門を止めないために立てた板が、今度はそのまま提出物になっていく。


北門へ戻ると、ちょうど北回りの荷馬が三頭、坂を下りてきたところだった。ベルンが綱を引き、ネラが預かりの札へ視線をやる。ミアは私の顔とクラウスの紙を見比べ、それから乾かし板の下の小札へ指を置いた。


「りねっと。これ、外しても、欠けは残る」


門銭の札の右肩が一つ欠け、昼継ぎの札の下端が二つ欠け、預かりの札の左端が浅く削れている。紙の名目が一つになっても、現場で動く流れは一つではない。


「残しなさい」


私は答えた。


「今日は板を消さない。紙の方へ、同じ日の流れを全部書いて返す」


アルノルトが命令書を一度だけ読み、私へ渡した。


「明日も読む気がないなら、読ませる形へ直せ」


その言い方で十分だった。私は控え小屋の乾かし板から、今朝の札を三枚とも外した。外しても、小札の欠けは同じまま残る。旧記録室へ戻れば、同じ欠けの綴りが待っている。


北門の鐘が鳴る。継ぎ場の縄の内側で、荷馬の鼻息が白くほどけた。私は命令書を左の段へ、今朝の控えを右の段へ、点検簿を中央へ置き、空いた板へ新しい見出しを書きつけた。


北門臨時収受。

内訳、門銭、昼継ぎ、預かり、湯番影響、待ち時間。


同じ名でまとめろと言うなら、その中身ごと押し返すしかない。筆先を紙へ置くと、門前で止まりかけた足音が、乾いた板の向こうでまた流れ始めた。

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