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辺境修繕結界師 ~「地味な保全部は不要です」と婚約破棄された宮廷結界師、雨漏り砦を直したら最強の防衛都市になっていました~  作者: 小竹X


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第二十四話 冬支度は配管から

先送りされた西洗い場の西壁は、朝いちばんの白い息をそのまま石の割れ目へ吸いこんでいた。


北門の鐘が戻ってから、門前の人は増えた。増えたぶんだけ、夕方に泥と汗を落とす手も増える。けれど西洗い場へ戻した細流は、汲み運びよりましというだけで、冷えた指には優しくない。桶の縁へ触れた兵が肩をすくめ、ベルンは馬の口を見たあとも手を息で温めていた。ネラは戸口の板で乾かしていた靴を履き直すたび、右足だけ少し遅れる。


昨夜、西の物置へ椀を運んだときも、ネラは足裏を板へまっすぐ置けず、ベルンは濡れた手綱を結び直すのに二度も指を噛ませていた。壁は返せても、冷えたままの手足では朝の仕事が続かない。


ミアが洗い場の壁を指した。


「りねっと、ここだけ朝でもあったかい」


壁際の石を触ると、井戸水ほど冷たくない。西洗い場の裏、腰の高さに細い土管の口が埋まっていた。灰と石鹸滓で塞がれているが、口のまわりには薄い銀線の跡がある。継ぎ縫いで使う保ちの線に似ていた。


旧記録室で読んだ一行を思い出す。


冬支度は配管から。

西洗い場 夕刻一刻、湯返し開。壁管二、洗い槽一。


「アルノルト」


呼ぶと、北門から戻ってきた司令がそのまま壁へ手を当てた。


「冷えてないな」

「地下を通った水のぬるみを、この壁で捨てていました。前はここに湯返しがあったはずです」

「風呂か」

「立派なものではありません。洗い槽一つと、壁沿いの暖気です。けれど夜番と門前と子どもの足は守れます」


アルノルトはすぐに否とは言わなかった。洗い場、北門、西の物置の順に目を動かす。どこで人が冷えているか、もう同じ順で見ている。


「要るものは」

「埋まった土管を掘る人手三。鍛冶場の留め金を四つ。灰と石灰。割れていない浅い石槽。あと、鍛冶場から夕刻だけ湯釜を借りたい」

「鍛冶番には俺が言う。水は」

「西洗い場の流れを二刻ぶんだけ回します。冬囲い床は夕までに閉めれば足ります」


ミアとネラを連れて壁沿いを掘ると、土の下から古い土管が二本出た。一本は洗い槽へ、もう一本は壁の中へ消えている。ネラが指先で壁の石目をなぞる。


「このへん、靴を置いたら乾く」


見れば、壁の下半分だけ煤が薄く残っていた。昔ここへ足を向けて座っていたのだろう。


「いい目ね」


そう言うと、ネラは俯いたまま少しだけ口元を動かした。


鍛冶場では、冷し槽の細流が戻ってから湯釜を常に火へかけられるようになっていた。前は井戸水を運ぶ手が足りず、鉄も湯も途中で待たされた。今日は違う。鍛冶番が大鍋の蓋を上げると、白い湯気が梁へぶつかった。


「夕刻一刻だけなら回せる」

「鍛冶の手は止めません」

「止めるなら釘は渡さん」


私は頷いて、掘り出した土管の継ぎ目を見た。ところどころ痩せ、銀線の跡が切れている。ここで熱が逃げていたのだ。石灰と灰を練って目地へ詰め、上から継ぎ縫いで薄い保ちの線をつなぐ。新しい結界ではない。昔この砦にあった細い工夫を、切れたところだけ縫い戻す。


アルノルトが石槽を抱えてきた。西洗い場の隅に倒れていた、浅いが幅のある槽だ。ベルンが下へ板を噛ませ、ミアが留め金を並べ、ネラが縄で仮支えを取る。三人とも、もう何をどこへ渡せば手が止まらないかを知り始めていた。


夕刻、湯返しを開けた。


西洗い場の流れを細く絞り、鍛冶場の湯釜から落とした湯を土管へ入れる。最初は喉を鳴らすような音がして、次に壁の中で低く水が走った。切れていた保ちの線が淡く光り、壁の石色がゆっくり変わる。しばらくして、洗い槽へ白い湯気の立つ水が落ちた。


熱すぎない。けれど、朝の水のように骨へ刺さらない。


ミアが思わず手を入れ、すぐ引っ込めない。


「ぬるい」

「それでいいの。熱すぎると、すぐ終わる」


壁際へ回ると、埋まっていたもう一本の管にも湯が通い、腰の高さの石壁がほのかに温まっていた。板を二枚渡して簡単な腰掛けを作る。靴と手袋をその下へ並べると、濡れた革から細い湯気が上がった。


最初に入れたのは夜番の兵二人とベルン、そしてネラだった。アルノルトが順をその場で切ったからだ。


「門を見た手から先だ。子どもはそのあと」


ネラは槽の縁へ足を入れた瞬間、息を止めた。擦れて赤くなっていた右足が、湯の中でやっと全部ほどける。壁際の板には、ミアが炭で短く書いていた。


湯番

先 夜番 二

次 門前

次 仮宿


字の横へ、ネラが桶と綱の印ではなく、小さな湯気の線を一本足した。


ベルンは壁にもたれて、乾き始めた手綱革を見ていた。


「朝、指が曲がるな」

「曲がらない手は、結びもほどけないでしょう」

「そうだな」


西の物置からも人が来た。洗い場の老婆は薬草の刻み籠を抱えたまま壁へ手を当て、鍋番は椀洗いの桶を置いてから靴を壁下へ寄せた。湯は一度に多くは取れない。けれど洗い槽一つ、壁管二本で、冷えたまま寝床へ戻る人が目に見えて減る。


アルノルトが当番板へ新しい札を留める。


西洗い場

夕刻一刻 湯返し開

湯番 夜番・門前・仮宿 優先


当番板へ札が留まる音を聞くと、王都で祝祭前に張られた見栄えだけの幕紐を思い出した。あれは風で鳴るだけだったが、こっちの札は夜番の順を動かす。


洗い場の壁から立つ湯気は低い。西の物置へ戻るネラの靴底は、もう石へ張りつかない。その後ろでベルンの手が、朝より早く縄を返した。北門へ向かう夜番の兵は、手を息で温めずに槍を持っている。


私は点検簿を開いた。


西洗い場。

旧湯返し土管、壁管二、洗い槽一を掘り起こし。

鍛冶場湯釜と導水路のぬるみを夕刻一刻だけ接続。

保ちの銀線を継ぎ、石灰灰目地で熱逃げ止め。

夜番、門前、仮宿へ湯番を設定。靴乾き、手綱返り、足擦れ改善。


書き終えるころ、壁際へ並んだ靴の先から、まだ細い湯気が上がっていた。北門の鐘が、間を置かずに二つ返る。門前ではベルンが「水桶をもう一つだ、六頭くる」と声を張っていた。

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