黒猫とラブラドール ――観察者のわたしの日記より
早朝 薄朱の庭
黒猫のミツルは、まだ露の残る芝をすべるように歩き、離れのテラスで背を反らせた。土の匂いに、ほの甘い葡萄の香がひと筋だけ混ざる。昨夜、ラブラドールのヴィルが転がして遊んだ実が、草むらに取り残されているのだ。
ミツルはその実を爪先でそっと転がす。
「……あなた、また散らかして」
そう言い置くみたいに、尻尾の先だけを小さく揺らした。
そこへ大きな足音が寄ってくる。ヴィルが駆け寄り、鼻先で実をくわえ、申し訳なさそうに尻尾を振る。黒猫は、赦しの合図みたいに尾を一度だけ揺らすだけ。二匹は鼻先を触れ合わせ、朝の確認儀式を終える。
◇◇◇
午前 書斎の陽だまり
わたしが机に向かう傍ら、ミツルは窓辺のクッションで丸くなり、ヴィルは部屋の入り口に伏せている。ページを捲るたび、紙が擦れる乾いた音に、黒い三角の耳がわずかに動く。
ヴィルは時折、低く喉を鳴らしながら――まるで「ちゃんと見守ってる」と呟くかのように――視線だけでミツルを包む。猫は気にも留めないふうで、けれど彼が目を逸らすと、細い尻尾で書斎の空気をなぞり、そこにいることを示す。触れず、離れず。それでも、温い気配が細い糸のように部屋を満たしていく。
◇◇◇
夕暮れ 回廊のすれ違い
西日が石畳を黄金色に染める頃、二匹は別々の方向から廊下を歩いてきた。ミツルは足取り軽く、影を長く伸ばしながら。ヴィルは巡回を終えて戻る逞しい歩幅で、床に残る昼の熱を踏みしめている。
すれ違う瞬間、猫は一瞬だけ踵を返し、犬の前脚に柔らかく頬を擦りつけた。ヴィルは驚いたように瞬きを二度。それでも何も言わず、ただ尻尾を一振りして、そのまま通り過ぎる。廊下には淡い薫風。藁の匂いに、石の温度が静かに混ざり合う。
◇◇◇
夜半 寝室の静けさ
火を落とすと、館は遠い潮騒のような沈黙に包まれた。ミツルは窓辺で月を見上げ、小さく鳴く。満ちているはずの夜ほど、息の置き場がずれる。
そこへヴィルがそっと近づき、言葉の代わりに大きな体を弓なりにして円座を作る。黒猫はためらいもなくその内側へ滑り込み、柔らかな胸に顔を埋めた。犬は深い溜息とともに前足を軽く回し、猫の細い身体を抱き留める。鼓動と鼓動が重なり、外の風音が遠のく。
わたしは戸口で灯を掲げ、その光景を一瞬だけ胸に焼きつけ――そっと扉を閉じる。
今宵もまた、猫は犬の胸で眠り、犬は猫を包み込む。朝になれば、ふたりはたぶん離れて目覚めるだろう。それでも節目ごとに交わされる小さな儀式の温もりは、陽射しや雨音より確かに、あの二匹をつなぎ止めている。




