離宮・午後のサロン 茶を嗜む元放浪の酒飲み剣士
外は冬の日差しが傾きかけ、庭の薔薇垣に淡い橙が射し込んでいる。乾いた冷気が硝子越しに光だけを通し、室内の影を長く引き伸ばしていた。
銀盆に載せた茶器の前で、ヴォルフが無言のまま茶葉を計っている。指先の感覚だけで葉の硬さを確かめ、ふっと息を落として、また慎重に摘み直す。その真剣さに、笑いが喉の奥でこぼれそうになって、わたしは口角を押さえた。
——……酒飲み剣士だった頃からそうだったけど、元は無骨な剣士のはずなのに、所作がいちいち整っていて、妙に色っぽくて、つい目が離せなくなるのよね。特に指先とか……。
湯気が立ちのぼり、茶葉の青い匂いが、蝋と冬の埃の匂いを薄く塗り替えていく。
「それにしても、あなたがお茶にこだわるようになるなんて、信じられないわ。いったい、どういう吹き回し?」
からかう声を上げた瞬間、ヴォルフの指がわずかに止まった。次いで、淹れたばかりの紅茶の湯気越しに、ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向く。
「俺だってやりゃあできるってことだ。それに――レズンブールがどこで聞きつけたのか知らんが、こう言ってきやがった。『酒を止めたなら、茶など嗜んではいかがかな』と」
言い終えると同時に、ポットの蓋を押さえる親指の節がきゅっと白む。負けず嫌いの色が、そんなところに出る。
「それで?」
わたしが促すと、ヴォルフは湯気の向こうで肩を竦めた。
「最初は、断ったさ。だが……しつこくてな。仕方なくやってみることにした」
仕方なく、のわりに、蒸らし時間を測る目は妙に真面目だ。わたしは笑いを飲み込もうとして、逆に息が揺れた。
「へぇ、その割に、ずいぶん熱心みたいだけど?」
銀盆の縁が光を拾って、ふっと瞬く。
「奴に言われたんだ。『陛下に喜ばれますぞ』……とな」
その一言で、胸の奥がふわりと持ち上がった。熱というより、呼吸の位置が少しだけ変わる感じ。レズンブール元伯爵は、ほんとうに厄介だ――いい意味で。
「まぁ……」
わたしの声が小さくなるのを、彼は聞かなかったふりをして、注ぐ角度を微調整する。湯の糸が揺れずに落ちる。
「ポットも茶葉もあいつに押し付けられた。ご丁寧に手書きの指南書まで。それもやたら細かくて、頭が痛くなるほどのな」
言葉は文句なのに、指先はその「細かさ」を律儀に守っている。そこがもう、愛おしい。
「さすがは伯爵先生ね。じゃあ、あなたも彼の生徒になったというわけだ」
ヴォルフの眉が、露骨にひくりと動いた。
「うるさい。これは奴からの挑戦状みたいなものだ。数字では逆立ちしても勝てんから、せめてこれで唸らせてやれば、俺の勝利というわけさ」
勝利、なんて言いながら、湯気の向こうで耳が少し赤い。わたしはわざと、言葉を軽く滑らせる。
「はいはい。仲のいいことで」
カップの縁に落ちた雫を、ヴォルフが指の腹で拭う。その動きが、やけに丁寧だ。
「よくない」
むっと唇を尖らせるのに、手元だけは乱れない。公には水と油と評される二人が、こうして密かに気脈を通わせている――その事実が、この離宮の冬に、またひとつ灯を増やしていくみたいで。わたしはカップを両手で包み、熱に指を預けた。




