「金糸」篇
王は、灯を愛する寛大な人として知られていた。春の宵、城門の前へ運ばれてくる灯籠を、王は高い露台から眺めた。薄藍の紙を張ったもの。花びらを透かしたもの。遠い土地の砂を硝子へ封じたもの。どの灯にも、作り手の指の熱と、旅のあいだに吸った風の匂いが残っていた。気に入った灯を見つけると、王はその持ち主を庭へ招いた。よい色だ。よく燃えている。夜道を遠くまで照らすだろう。そう褒め、灯籠の下へ金糸の房を結んでやることもあった。
王の指が房へ触れるたび、広間では衣擦れがさざ波のように広がった。翌朝には、その灯の名を王都じゅうが知っていた。人々は、王の庭へ灯を置くことを名誉とした。庭へ通される順番について、定められた掟はなかった。少なくとも、文字にされたものは。
けれど、王の灯を美しいと言った者。春の宴へ足を運んだ者。王の物語を、最後の言葉が夜気へ消えるまで聞いていた者。そうした者の灯は、まだ露に濡れないうちから門番に拾い上げられ、風の弱い回廊へ運ばれていった。何も差し出さなかった者の灯は、同じように明るく燃えていても、門外の石畳で朝を待つことが多かった。
けれど王は、それを取引とは呼ばなかった。
「心から私の灯を好んだ者へ、私も心を返しているだけだ」
宮廷の者たちは、静かに頷いた。
好意に好意を返すことは美しい。尽くした者へ恩を与えることは正しい。庭は王のものであり、誰の灯を招くかも王が決める。ひとつずつ取り出せば、どの言葉も澄んでいた。春の泉の水に似て、手のひらに掬えば曇りひとつない。ただ、それらが同じ庭へ注がれると、流れはいつも、王の足もとへ戻っていった。
国境を越えてきた商人たちは、城門に続く列を遠巻きに眺めた。荷車には、まだ火を入れていない灯籠が積まれていた。薄絹を張った骨組みが、風に揺れるたび、箱の中でかすかな音を立てた。あの国では、灯の明るさを見るより先に、誰が王の宴へ通ったかを尋ねるらしい。あの国では、贈り物を求める者はいないことになっているらしい。それでも、王へ何も差し出さなかった者の灯は、夜露を吸って重くなり、門外で少しずつ火を細らせていた。
商人たちは、王都の者へ何も尋ねなかった。ただ、荷台の灯籠へ布を掛け直した。まだ乾いている紙を指で確かめ、馬の首を次の国へ向けた。車輪が石畳を離れるとき、門番のひとりが顔を上げた。けれど、呼び止める声はなかった。王都では、その春も多くの灯がともった。城壁の内側から眺めれば、庭は隅々まで明るかった。明るすぎて、門外に置かれた灯の影までは見えなかった。
◇
翌朝、城門の外には幾筋もの轍が残されていた。夜のうちに発った商人たちのものだった。夜露を含んだ土へ深く沈み、王都へ向かう道とは反対に、白みはじめた東の野へ伸びている。
王は高窓から、その跡を見下ろした。朝霧が地を這い、轍の先を薄く隠していた。遠ざかる荷車の輪郭はもう見えない。ただ、馬具の鈴らしい音だけが、風の具合によって、ときおりかすかに戻ってきた。
「なぜ、何も言わずに去った」
侍従たちは、床へ目を落とした。
王は窓辺を離れ、庭に並ぶ灯を振り返った。金糸の房を結ばれた灯籠は、朝の光の中でも火を残していた。硝子の内側は白く曇り、昨夜の熱をまだ抱いている。
「余は、望む者の灯を見てやると言った。心から願う者には、いくらでも応えようと」
誰も異を唱えなかった。広間の端で、燃え尽きかけた芯が小さく爆ぜた。香油の甘い匂いに、冷えた灰の匂いがわずかに混じる。
「それなのに去ったということは、初めから灯を見てほしかったのではないのだ」
王の声は、高い天井へ昇り、ゆっくりと広間へ戻ってきた。侍従たちは、その響きを受け止めるように頭を垂れた。
「金糸の房が欲しかっただけだ。名を知られたかっただけだ。余の庭を利用しようとしただけなのだろう」
そのとき、庭師が門外からひとつの灯籠を運んできた。昨夜、拾われなかったものだった。紙は夜露を吸って垂れ、描かれていた花は輪郭を失っている。火はとうに消え、底には黒い水が少し溜まっていた。庭師は何も言わず、それをほかの消えた灯と一緒に運び去った。
王は再び高窓へ向かった。
霧の向こうに、轍はまだ残っていた。追えば届いたかもしれない。門を開き、馬を出し、名を呼べば、振り返る商人もいたかもしれない。
けれど王は、呼び止めなかった。去った者たちの不実について、長いあいだ語った。なぜ礼を告げなかったのか。なぜもう一度願わなかったのか。なぜ、王の心を疑ったのか。語るほどに、王の庭は正しくなった。語るほどに、商人たちの背は小さく、卑しいものになった。
城門の外では、荷車が朝霧を抜けていた。誰も王を罵らなかった。誰も城を振り返らなかった。箱の中には、まだ一度も火を入れられていない灯籠があった。薄い紙は乾いたまま、車輪の揺れに合わせて静かに呼吸していた。やがて風向きが変わると、遠い地平の向こうに、別の国の塔が見えた。
商人のひとりが荷台の布を少しだけめくった。朝の光が差し込み、眠っていた灯籠の骨へ、細い金色の線が触れた。




