機織りの話
ある村に、ひとりの娘が生まれた。産声を聞いた家の者は、顔を見るより先に言った。この子は機を織るために生まれた子だ、と。
娘は言われたとおりに育った。父のために織り、嫁いだ先では夫のために織り、姑の指す柄を織り、生まれた子らのために織った。糸の色を選んだことは一度もなかった。幼いころ、旅の糸売りに、あんたはどの色が好きだねと訊かれたことがある。娘は答えられなかった。好きな色を持ってよいと、考えたことがなかったからだ。
あるとき家の者に、跡継ぎの祝いの布を織れと言われた。けれど機にかけるための糸が、その年、彼女の手には届かなかった。糸が来なかっただけだった。それでも娘は、届かなかった糸の分まで頭を下げた。下げながら、誰に詫びているのかは自分でも分からなかった。
長い年月が過ぎて、織るべき注文がなくなった。子らは巣立ち、夫に先立たれ、家は静かになり、機の前に座る理由が、はじめて娘の手の中に残った。
彼女は屑籠を引き寄せた。何十年ぶんの糸の切れ端が溜まっていた。詫びた年の糸も、選べなかった色も、ほどけた祝いの残りも、みんなそこにあった。彼女はそれを繋いで、誰にも頼まれていない布を織りはじめた。
布の中に、黒い髪の少女が現れた。少女もまた、おまえは泉に捧げられるために生まれたのだと言われて育った子だった。織り手は夜ごと機に向かい、少女のために織った。温かい食事を織り、深い眠りを織り、怒ってよい相手を織り、隣を歩く剣士を織り、剣の中から呼ぶ声を織った。
村の者は戸口から覗いて言った。ずいぶん長い布だ、そんなもの、誰が最後まで見るものか。婆さんの夢草紙だ、と。織り手は手を止めなかった。止めない理由を、誰かに説明する必要はもうなかった。
布の少女には、まだ言えていない言葉がひとつある。織り手はその言葉のための糸を、屑籠のいちばん底に、ずっと前から取り分けてある。何の色と呼べばいいのか、彼女はまだ知らない。詫びた年の色と、選べなかった色が、全部混ざった糸だ。
その糸を自分の帯に使うことは、たぶんこの先もないだろう。それでも夜が来ると、指のほうが先に機へ伸びる。杼の音が、静かな家にひとつずつ落ちる。それが、彼女がはじめて自分のために欲しがったものだった。




