第78話 恐怖の霊園
街道をしばらく南下し、途中で西に逸れた先の岩場にそれは存在した。
地下へと続く石段と、その奥に青白い光を放つ門。《カーズ地下霊園》の入口だ。
ここまで足早に進んできたキョウヤとミレイは、迷宮の前で一息ついていた。
「他の冒険者には会わなかったね」
「アンデッドだらけの迷宮だから、好んで潜る奴は少ないのかもな」
一部の実体のない魔物には単純な物理攻撃が通用しない。魔法が不得手な者にとっては手に余る相手だ。単純に気味が悪くて敬遠されているというのもあるかもしれないが。
「確認なんだけど……中にいる死霊は全て魔物なんだよね?」
「……? どういう意味だ」
「だから、その……亡くなった人の霊が出てきたりしないかなって」
「ゲームでそういう演出はなかったけど、もしかして怖いのか?」
言うや否や、ミレイは顔を背けてしまった。なんとも分かりやすく、見た目通りの少女の一端を覗かせている。
「騎士団長に打ち勝ったミレイ様でも怖いものはあるんだな」
「……キョウヤの馬鹿!」
腹いせのつもりなのか、身体が何度もロッドで突かれる。その姿がまた愛らしくて、笑いを堪えられない。
「もう、真面目にやらないと怒るよ……!」
「悪かった。リラックスさせてやろうかと思って」
「むぅ……全然できてないんだけど」
二人で下らないやり取りをしていると、すぐ近くから別の人間の気配がした。石段を上ってきたところを見ると、今しがた迷宮から出てきた冒険者だろう。
「おうおう、仲睦まじいことで」
「ふふ……初々しいわね」
「ちょっと、二人ともやめなよ」
冷やかしてきたのは屈強な戦士風の男に、魔法使いらしき女性。それを諫めるもう一人の青年も杖を持っている。魔法が重要なこの迷宮ではバランスが良いパーティだといえる。
ここで他の冒険者に会えたのは好都合。早速フィノアについて尋ねると、彼らも心当たりがあるのか顔を見合わせて頷いた。
「ああ、中で見かけたぞ。まるで幽霊みたいで不気味な子だったぜ」
「危うく魔物と見間違えて攻撃するところだったのよ」
「声をかけたんですが、無視して奥に行ってしまって……」
どうやら潜っているのは間違いないようだ。先ほどまでとは打って変わって、緊張感に包まれる。
現在は不明だが、以前のフィノアはランク3だった。適正ランク以上とはいえ、ソロで行動するのは危険だ。早く探し出して説得しなければならない。
通りすがりの冒険者たちに礼を言って別れると、ミレイの方へ向き直る。彼女も気が引き締まったのか、その目は真剣だった。
「ミレイ、行くぞ」
「うん、急ごう」
二人で並んで入口に飛び込むと、別世界のようなおどろおどろしい空間が広がった。辺りは宵闇に包まれたように薄暗い。
湿った地面に石造りの劣化した壁、そして所々に墓標のような物も見えた。いかにも何かが出てきそうな雰囲気を醸し出している。
「うぅ……」
ミレイの口から消え入りそうな声が漏れた。思っていた以上にリアルで、目を背けたくなるのも理解できる。
正直、こちらとしても長居はしたくない場所だ。陰鬱な場所にいると心まで暗くなりそうだった。
本物の霊などは信じていないが、屍の類の魔物は不快な外見をしているため、あまり目に入れたくないというのもある。
「魔物自体は大したことないはずだけど、とにかく離れるなよ」
「……頼りにしてる」
「君の魔法が頼みの綱なんだが……」
魔法の適性が低い自分だけで攻略は困難。最終手段として闇魔法はあるが、基本的にはミレイの協力が不可欠だ。
いつもの彼女に戻ってもらわなければ、フィノアを連れ戻すのは難しい。ここは荒療治が必要かもしれない。
「ミレイ、先行できるか?」
「え、ええ……!?」
「俺はすぐ後ろにいる。倒せる魔物だと理解すれば、怖くはなくなるはずだ」
「……キョウヤがそう言うなら」
頷いたミレイに続いて先を急ぐが、何も起きない。どうやらこの辺りの魔物は殲滅済みらしい。
更に歩みを進めて一つの部屋に入った瞬間、奥の通路の陰から浮遊する何かが飛び出してきた。
目に入ったのは赤黒い《フレアファントム》と青白い《フローズンゴースト》。その名の通りそれぞれ火と氷の魔法を操る、人のような顔に腕が付属している半透明の霊魂だ。
相棒が短い悲鳴を上げる。動揺しているのか、ロッドを持つ手は震えていた。
「大丈夫、ただの魔物だ。いつも通りやってみてくれ」
「わ、分かった!」
それまで戸惑っていたはずなのに、ミレイの判断は早い。先制攻撃とばかりに飛んできた火球と氷塊が光の結界に弾かれる。
直後、氷の霊に《ファイアボール》が炸裂する。続けて炎の霊が《ウォーターエッジ》の餌食になった。
霊魂は物理攻撃が無効である代わりに、魔法にはめっぽう弱い。その上で彼女ほどの魔力の持つ者に弱点属性を突かれ、あっという間に昇天してしまった。
一瞬で敵の特性を理解して反撃に転じる彼女の判断力は、やはり凄まじいものだ。
「さすがだな……」
「あはは……なんか、怯えていたのが馬鹿みたい」
「もう問題なさそうか?」
「うん。キョウヤ、ありがとう」
ミレイが調子を取り戻したため、その後は定石通りキョウヤが前衛を務めた。
《スケアグール》や《スクリームゾンビ》といった実体のある敵の対処は容易。これらは見た目が気持ち悪いだけで大した能力は持っていないのだ。
物理無効の魔物は相棒がすぐに消し飛ばしてくれる。この程度は通過点にすぎない。
迷宮に入って数十分もした頃、二人は奥深くの大部屋に足を踏み入れた。
その中央付近に立っていたのは、ボロボロのローブを纏った少女。ずっと探し求めていた人物だ。
「フィノア!」
ミレイが大声で叫ぶが、彼女はピクリとも動かない。まるで人形のようだった。
そして、キョウヤの目は既に捉えていた。フィノアの奥に潜むもう一つの人影を。
「おっと、ボクの玩具に勝手に触らないでくれるかなあ」
それは、最低で最悪の形での再会。黒の少女の隣へ得意げに歩いてきたのは、彼女の仇敵であるはずのシルヴァンだった。




