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ティルナノーグの冒険者  作者: 有機エリー
三章 王都 リグブレス 前編

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第76話 結束

 ミレイとの会話はその後も途絶えることはなかった。たった一日ではあるが、その奮闘は途方もないものだった。

 見知らぬ男たちに何度も絡まれた話を聞いた時は、つい庇護欲のようなものが湧き上がってしまった。

 騎士団長ルキウスと対峙した際の詳細は圧巻だった。一歩間違えれば大怪我を負っていただろうに、並外れた覚悟で救い出してくれたのだ。


「頑張ったんだな……」

「本当に大変だったんだよ?」


 言葉とは裏腹に、ミレイは上機嫌そうに微笑んだ。その姿はさながら天使のようで、思わず手を伸ばしたくなる。

 どんな困難に直面したとしても、彼女だけは護り通す。その決意が揺らぐことは絶対にない。

 そうして感慨に耽っていると、突如ふらついて寝台に倒れ込んでしまった。牢に入れられていたせいか、思った以上に疲労が蓄積しているようだ。


「ご、ごめん」

「いいよ。このまま眠っても」

「断る。子供扱いするな」

「ふふ、冗談。私も少し眠いし、お昼まで寝ようかな」


 口に手を当てて欠伸をしたミレイは、そのままブーツを脱いで横になろうとする。まだ男が近くにいるというのに無防備極まりない。

 すぐさま立ち上がり、逃げるように自分の寝台へ向かった。もう慣れたと思っていたのに、またしても彼女に振り回されている気がする。


「おやすみ、キョウヤ」

「ああ、おやすみ」


 軽く挨拶をして目を閉じる。牢獄の硬い床と比べれば、柔らかな布の感触は極上だ。

 何よりも相棒が近くにいるという心の安寧が睡魔を呼び込み、あっという間に意識が遠のいていった。





 次に目を開けると、こちらを覗き込むミレイの顔があった。どうやら隣に椅子を持ってきて座っていたらしい。


「……何をしているんだ」

「忘れたの? 今のわたしは、あなたの監視役」

「いや、ここまでする必要はないと思うんだが……」

「だって、他にやることもないし」


 慈愛に満ち溢れた赤い瞳が、揺れ動くことなく固定されている。

 見つめられていると意識すると、急に気恥ずかしさが込み上げてきた。


「絶対に目を離さないように言われているのか?」

「名目だから強制じゃないよ」

「だったら外出していればいいだろう」

「一人にしたら、またどこかに行っちゃいそうだから」


 お茶を濁した途端、今度は儚げな表情が返ってきた。昨日あんなことがあったばかりで、不安が拭えないのだろう。


「じゃあ、一緒に出かけるか」

「うん。でも、できれば落ち着ける所がいいかな」

「分かった。心当たりはあるから行こう」


 手短に準備を済ませると、住宅街の近くの食料品店で軽食を買い、北門へと向かった。

 王都内は基本的に人が行き交っていて騒々しい。必然的に郊外に出ることになるのだが、幸い魔物と遭遇しない場所は知っている。

 城門を抜けるとすぐに街道から外れて西へ向かう。この先には王都を縦断する川があるが、付近の草原ならば羽を伸ばすのに適している。


「わぁ……! こんな穴場があったんだね」

「魔物はいないはずだけど、一応俺が警戒しておくよ」

「背中合わせで座らない? それなら見落とすことはないはずだよ」

「……君がそれでいいなら」


 思いがけない提案だったが、理には適っていると自分を納得させる。城門側を向いて座ると、ミレイは川辺側を向いて草地に草地を下ろした。

 曇っているため少し肌寒さを感じていたが、背後から相棒の温もりが伝わってくる。もしかしたら、自分の体温が上がっているだけかもしれないが。


「こうしていると、《ラスタ平原》のことを思い出すね」

「あの頃は生きるだけで精一杯だったな」

「そうだね。色んなことがあったけど、あなたのおかげでここまで来れた」

「俺も、君がいなければ生き残れなかったと思う」


 最初はただの協力関係だったのに、今は共に過ごすのが当たり前になっている。

 この世界における一番の幸運は、ミレイと出会えたことに他ならない。


「ねえキョウヤ、一つだけ我儘を聞いてくれる?」


 不意に彼女が真剣な様子で口を開き、その勢いに気圧されて小さく頷いていた。


「わたし、フィノアを助けたい。あなたと離れ離れになって、大切な人を失う辛さは理解したよ。だとしても、彼女には道を踏み外してほしくない。その先にあるのは喪失感だけだと思うから」

「……そうだな。俺が言う資格はないかもしれないけど、復讐したところで気持ちが収まるとは思えない。あの様子では彼女も無事では済まないだろうし」

「もしかしたら、シルヴァンと戦うことになるかも。それでも協力してくれる?」

「もちろん。一緒にフィノアを救い出そう」


 本音を言えば、ミレイにはあまり危険を冒してほしくはない。だが、彼女の意志を否定しようとも思えなかった。

 それにシルヴァンをこのまま放置できないのは事実。フィノアへの贖罪になるとは思っていないが、決着はつけなければならない。


「じゃあ、戻ったら早速情報を――」

「駄目。マリーさんに言われたでしょう。今日はゆっくり休もう?」

「……まあ、たまにはこういう時間も悪くないか」

「うん。また明日から頑張ろうね、相棒」

「ああ、改めてよろしく頼むよ」


 地に置いた手に、そっとミレイの掌が重ねられた。彼女と一緒なら何も怖くはない。

 のどかな草原で、静かに絆を確かめ合う。紆余曲折を経て、結束はこれまで以上に強固なものとなっていた。

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