第76話 結束
ミレイとの会話はその後も途絶えることはなかった。たった一日ではあるが、その奮闘は途方もないものだった。
見知らぬ男たちに何度も絡まれた話を聞いた時は、つい庇護欲のようなものが湧き上がってしまった。
騎士団長ルキウスと対峙した際の詳細は圧巻だった。一歩間違えれば大怪我を負っていただろうに、並外れた覚悟で救い出してくれたのだ。
「頑張ったんだな……」
「本当に大変だったんだよ?」
言葉とは裏腹に、ミレイは上機嫌そうに微笑んだ。その姿はさながら天使のようで、思わず手を伸ばしたくなる。
どんな困難に直面したとしても、彼女だけは護り通す。その決意が揺らぐことは絶対にない。
そうして感慨に耽っていると、突如ふらついて寝台に倒れ込んでしまった。牢に入れられていたせいか、思った以上に疲労が蓄積しているようだ。
「ご、ごめん」
「いいよ。このまま眠っても」
「断る。子供扱いするな」
「ふふ、冗談。私も少し眠いし、お昼まで寝ようかな」
口に手を当てて欠伸をしたミレイは、そのままブーツを脱いで横になろうとする。まだ男が近くにいるというのに無防備極まりない。
すぐさま立ち上がり、逃げるように自分の寝台へ向かった。もう慣れたと思っていたのに、またしても彼女に振り回されている気がする。
「おやすみ、キョウヤ」
「ああ、おやすみ」
軽く挨拶をして目を閉じる。牢獄の硬い床と比べれば、柔らかな布の感触は極上だ。
何よりも相棒が近くにいるという心の安寧が睡魔を呼び込み、あっという間に意識が遠のいていった。
次に目を開けると、こちらを覗き込むミレイの顔があった。どうやら隣に椅子を持ってきて座っていたらしい。
「……何をしているんだ」
「忘れたの? 今のわたしは、あなたの監視役」
「いや、ここまでする必要はないと思うんだが……」
「だって、他にやることもないし」
慈愛に満ち溢れた赤い瞳が、揺れ動くことなく固定されている。
見つめられていると意識すると、急に気恥ずかしさが込み上げてきた。
「絶対に目を離さないように言われているのか?」
「名目だから強制じゃないよ」
「だったら外出していればいいだろう」
「一人にしたら、またどこかに行っちゃいそうだから」
お茶を濁した途端、今度は儚げな表情が返ってきた。昨日あんなことがあったばかりで、不安が拭えないのだろう。
「じゃあ、一緒に出かけるか」
「うん。でも、できれば落ち着ける所がいいかな」
「分かった。心当たりはあるから行こう」
手短に準備を済ませると、住宅街の近くの食料品店で軽食を買い、北門へと向かった。
王都内は基本的に人が行き交っていて騒々しい。必然的に郊外に出ることになるのだが、幸い魔物と遭遇しない場所は知っている。
城門を抜けるとすぐに街道から外れて西へ向かう。この先には王都を縦断する川があるが、付近の草原ならば羽を伸ばすのに適している。
「わぁ……! こんな穴場があったんだね」
「魔物はいないはずだけど、一応俺が警戒しておくよ」
「背中合わせで座らない? それなら見落とすことはないはずだよ」
「……君がそれでいいなら」
思いがけない提案だったが、理には適っていると自分を納得させる。城門側を向いて座ると、ミレイは川辺側を向いて草地に草地を下ろした。
曇っているため少し肌寒さを感じていたが、背後から相棒の温もりが伝わってくる。もしかしたら、自分の体温が上がっているだけかもしれないが。
「こうしていると、《ラスタ平原》のことを思い出すね」
「あの頃は生きるだけで精一杯だったな」
「そうだね。色んなことがあったけど、あなたのおかげでここまで来れた」
「俺も、君がいなければ生き残れなかったと思う」
最初はただの協力関係だったのに、今は共に過ごすのが当たり前になっている。
この世界における一番の幸運は、ミレイと出会えたことに他ならない。
「ねえキョウヤ、一つだけ我儘を聞いてくれる?」
不意に彼女が真剣な様子で口を開き、その勢いに気圧されて小さく頷いていた。
「わたし、フィノアを助けたい。あなたと離れ離れになって、大切な人を失う辛さは理解したよ。だとしても、彼女には道を踏み外してほしくない。その先にあるのは喪失感だけだと思うから」
「……そうだな。俺が言う資格はないかもしれないけど、復讐したところで気持ちが収まるとは思えない。あの様子では彼女も無事では済まないだろうし」
「もしかしたら、シルヴァンと戦うことになるかも。それでも協力してくれる?」
「もちろん。一緒にフィノアを救い出そう」
本音を言えば、ミレイにはあまり危険を冒してほしくはない。だが、彼女の意志を否定しようとも思えなかった。
それにシルヴァンをこのまま放置できないのは事実。フィノアへの贖罪になるとは思っていないが、決着はつけなければならない。
「じゃあ、戻ったら早速情報を――」
「駄目。マリーさんに言われたでしょう。今日はゆっくり休もう?」
「……まあ、たまにはこういう時間も悪くないか」
「うん。また明日から頑張ろうね、相棒」
「ああ、改めてよろしく頼むよ」
地に置いた手に、そっとミレイの掌が重ねられた。彼女と一緒なら何も怖くはない。
のどかな草原で、静かに絆を確かめ合う。紆余曲折を経て、結束はこれまで以上に強固なものとなっていた。




