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ティルナノーグの冒険者  作者: 有機エリー
三章 王都 リグブレス 前編

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第75話 最高の相棒

 どれだけの時間が経ったのか、胸に顔をうずめる少女がすすり泣く音は聞こえなくなった。

 身体が火照り、心臓の鼓動が忙しい。部屋の静けさが余計にそれらを引き立たせている。


「ミレイ、落ち着いたか?」

「うん……」


 堪らず口を開けば、か細い声が返ってくる。普段は芯が強い彼女も、今はガラス細工のように脆く感じられた。


「あの……そろそろ放してほしいんだけど……」


 強く抱き締めたままであることに気付いたのは、遠慮がちに告げられた瞬間だった。

 まだ少し潤んだ目で上目遣いに見つめられ、理性が崩壊しそうになる。


「――ッ! ごめんっ!」


 咄嗟に離れようと後退した途端、全身に衝撃が走る。背後に扉があることすら失念していた。

 跳ね返るようにしてミレイの元へ向かうが、ギリギリで踏みとどまる。危うく押し倒してしまうところだった。


「大丈夫……?」

「色々と、大丈夫じゃない……」

「どこか痛むなら、治療する?」


 屈んで顔を覗き込んでくる彼女の仕草に、またしても胸が高鳴る。

 どうしようもなく愛おしくて、一向に熱が下がる気配はない。

 純真な少女につけられた炎は、容易には消し去れそうになかった。


「いや……それより、不快なことをして悪かった」

「……別に、嫌ではないけど」

「そ、そうか。とりあえず、話を聞かせてくれるか?」

「分かった」


 やり取りに限界を感じたため、適当にはぐらかして部屋の奥へ移動した。

 コートを脱いで席に着こうとしたところ、再びミレイに腕を引っ張られる。

 なぜか彼女の寝台に無理やり座らされ、ケープを外した相棒が隣に腰を下ろしていた。


「……なんで隣?」

「いいじゃない。椅子より柔らかいし、疲れたら寝転がれるでしょう?」

「そういう問題じゃないんだが……」


 右手の甲の上には彼女の掌が置かれ、無言の圧力を感じる。

 また相手のペースに乗せられてしまうのを避けるため、もう深く考えるのはやめておいた。


「それで、どうやって助けてくれたんだ? リーゼやマリーは君のおかげだと言っていたけど」

「えっと、騎士団長を認めさせた……って言えばいいのかな」

「認めさせた……?」

「話し合いで解決できなかったから、わたしの光の力を見せつけたの」


 ミレイの顔を食い入るように見つめる。その表情に後悔の念は全く感じられなかった。

 自身を誇示することを嫌っていた彼女が、自ら光の力を示した。正反対で大胆な行動に言葉を失う。


「ふふっ、今のわたしは王宮にも認められた、女神の祝福を受けし者。驚いた?」

「……そりゃ驚いたよ。でも、他に方法はなかったのか?」

「どうだろうね。キョウヤを助けることしか頭になかったから」

「無茶苦茶だ。目を付けられたらどうするんだ」

「もう付けられてるよ? しばらくはあなたの監視という名目で、一緒に行動することになっているから」


 思わず腕に力が入り、ミレイの手を握り締めていた。

 本当は隠して過ごしたかったはずなのに、己の軽率な行動が台無しにしてしまったのだ。


「なんで、俺のためにそこまで……」

「相棒だからに決まっているじゃない。あなたにだけ重荷は背負わせたくない。あなたに護られるだけは納得がいかない。お互いに支え合う、それが本当の相棒だと思うから」

「もう十分助けられていたよ。これは、君の負担が大きすぎると思う」

「別に、冒険者は続けられるから大丈夫。王宮から情報も得られるから、悪いことばかりじゃないよ」


 相棒はどこか誇らしげで、光のように眩しかった。

 それでも、彼女の生き方を根本的に変えてしまった罪悪感は消えない。


「ごめん、俺のせいで――」

「キョウヤ」


 なおも謝ろうとするが、ミレイに強く遮られた。彼女の赤い瞳から強い意志が伝わってくる。


「わたしは、あなたと世界を見て回りたい。そのために自分の力と向き合うことにしたの。分かった?」

「……ありがとう、ミレイ。俺も君と、一緒がいい……」


 堂々と言い放つ彼女に返答するのは勇気が必要だった。

 どうにも気恥ずかしく、語尾は消え入りそうなほど小声になってしまう。

 いつの間にか後ろめたい気持ちはどこかへ飛んでいき、残ったのは羞恥心だけだった。


「うーん? ごめん、なんて言ったの?」

「聞こえていただろう。言わせるなよ」


 悪戯っぽく微笑むミレイに対し、顔を背けながら笑って応える。

 彼女が決めた道を憂う必要はない。これからも相棒として相応しくあるために精進するだけだ。

 静かな一室に和やかな空気が広がる。また一つ、彼女との距離が近くなった気がした。


「そうだ……!」


 キョウヤは立ち上がると、机に置いていたポーチから一つの物を取り出した。

 三日月形の金色の髪飾り。市場で購入したまでは良かったが、機会を奪われて渡しそびれていたものだ。


「それは?」

「……気に入るか分からないけど、ミレイには世話になっているから……良かったら、受け取ってほしい」


 贈り物をする時の適切な言い回しが全く分からない。これでは挙動不審にしか見えないだろう。

 案の定、ミレイはポカンと口を開けて固まってしまった。失敗だっただろうか。


「気に入らなければ何か別の物を――」

「着けてくれる?」

「は……?」

「ん、早く」


 言葉通りの意味なのか、彼女は頭を前に突き出してくる。もう逃げ道はない。

 サラリと片側に流した前髪を纏めるようにして、耳の上辺りで髪飾りを留める。

 正直なところ、これで良いのかは分からない。だが、想像していた通りよく馴染んでいる。


「どう? 似合うかな?」

「ああ、よく似合ってる」

「それだけ?」

「……その、可愛いよ」


 お世辞ではない。思っていても言えなかった一言を、ようやく伝えることができた。

 普段なら下手なことを口にすれば機嫌を損ねそうなものだが、今だけは許される気がした。


「キョウヤ、ありがとう。凄く嬉しい。大切にするね」


 やがて、ミレイはクスッと笑った後、僅かに頬を染めて口を開いた。

 花が咲いたような笑みを浮かべる彼女は、世界の何よりも美しく見えた。

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