第74話 飾らない想い
キョウヤが目を開けると、石で覆われた天井が視界に広がった。
自然光が届かない重苦しい領域。冷たく硬い床と空間を断絶する鉄格子が、ここが地下牢獄であると物語っている。
身体がとてつもなく重い。体力は回復しているはずなのに、倦怠感が抜けることはなかった。
牢に放り込まれる前、一時的に首輪のような物を装着させられ、強制的に体内のマナを奪われた。
そして、牢獄の各所の天井に吊るされた多数の光源。あの魔導具らしき物体が、空間のマナを絶え間なく食らい続けていると推測できる。
ゲームらしくいえば、ここはMPが自然回復しないエリアといったところか。
仮に鉄格子を破壊できたとしても、このような抑制された身体では、洗練された看守たちを突破することは不可能。
この世界は誰もが多かれ少なかれ魔法を使える。ここまで徹底しなければ、囚人を管理できないということだ。
「ミレイ……」
ポツリと弱々しい声が零れる。彼女は今どうしているのだろう。何も伝えられずに隔離されてしまい、申し訳なさで胸が張り裂けそうだった。
《ヴォイドガーディアン》を討伐して苦い過去に決着をつけたはずが、フィノアの暴走は止められなかった。
気を取り直して都市に戻れば、濡れ衣を着せられて捕らえられた。踏んだり蹴ったりとはこのことだ。
太陽が見えないため、どれだけの時間が経っているかは分からない。
体感では一日は経過している。看守から聞かされている通りならば、今日は尋問されることになる。
「冒険者キョウヤ」
やはり来た。檻の外には王宮の騎士と思しき軽装の男が立っていた。
弁明したところで、闇魔法を使ったという事実は塗り替えられない。罪人の証言に耳を傾けるとも思えない。
最悪、そのまま処刑される可能性もある。そうなれば、ミレイは――
「あなたを釈放いたします」
「は……?」
想定外の言葉が発せられ、自分の耳を疑った。どういう風の吹き回しだろうか。
鍵が開けられ、青い液体が入った瓶――マナポーションが手渡される。それを口にすると、いくらか身体が楽になった。
恐る恐る牢を出れば、没収されていた武器とポーチが返却された。本当に拘束を解くつもりらしい。
「どういうつもりですか」
「あなたの無実は証明されました。騎士を代表してお詫びいたします。とにかく付いてきてください」
彼は申し訳なさそうに頭を下げた後、牢獄の入口へと歩いていく。
訳が分からないが、後を追うしかなかった。ここから出られるのは確かなようだ。
騎士に続いて薄暗い階段を上っていく。重厚な鉄の扉が開け放たれ、明るい通路に出る。
やがて、囚われていた陰湿な空間とは別世界とも思える、豪華絢爛という言葉が相応しい広間に辿り着いた。グレートホールと呼ばれるものだ。
視界の先には複数の人影が立っている。その全員が縁の深い人物だった。
「ミレイ……《光の剣》に、ソフィーさんまで。皆が助けてくれたのか。ありがとう……」
「あたしたちは真実を伝えただけよ。本当に頑張ったのは、この子なんだから」
彼らに礼を言うと、マリーが支えている銀髪少女に目を向けながら返答した。
当のミレイはなぜか疲労の色が濃いようで、口を開くことはなかった。
「ミレイが……?」
「ひとまず戻りましょう。ここは息苦しいでしょうから」
リーゼが帰還を促し、他の面々が入口へと歩いていく。残ったアインスは気遣うような表情を見せていた。
「お前は自力で歩けるか? 辛いなら肩くらいは貸そう」
「いや、問題ない」
「そうか。ならいい、行くぞ」
憔悴している身を案じてくれているのか、帰り道は誰も言葉を発しなかった。
浴びせられる好奇の目を無視して貴族街を抜け、大きな橋を渡る。都市の喧騒が近付いてきて、ようやく日常に戻った気分だ。
広場付近でソフィーが先に離脱する。その場の全員が深く感謝し、冒険者ギルドに戻る彼女を見送った。
「とりあえず今日は解散ね。二人とも、ゆっくり休みなさい」
自宅の前まで送られると、マリーに寄りかかっていたミレイが姿勢を正す。
「皆さん、ありがとうございました……」
「本当に助かった、ありがとう。今度改めて礼をさせてほしい」
彼女に続いて謝意を示すと、《光の剣》の四人は困ったように微笑んだ。
「気にするな。僕たちは大したことはしていない」
「結局、ミレイさんがいなければ説得は難しかったでしょうからね」
「同感だ……」
「キョウヤ、ちゃんと彼女を労ってあげなさいよ」
ミレイが何をしたのかはまだ知らない。どうやら聞くべきことは山ほどあるようだ。
四人の姿が見えなくなると、彼女に腕を強く掴まれる。早く家に入れとでも言いたげで、怒っているようにも見えた。
慌てて扉を閉め、鍵をかける。まずは落ち着いてじっくり話す必要があるだろう。
「ひとまず椅子にでも座って――って、ミレイ……!?」
歩き出そうとした途端、ミレイがロッドを投げ捨てて胸に飛び込んでくる。その華奢な身体は今にも崩れてしまいそうだった。
「キョウヤ……ッ!」
「お、おい! 急にどうしたんだ」
「急に……? なんでっ! そんなに平然としていられるの……ッ!」
「そう言われても……」
「わたしは、本当に心配したんだよっ……! 勝手にいなくなって……二度と会えないんじゃないかと思って、不安で仕方なくて……ッ!」
密着したミレイが声を張り上げ、身を震わせる。感情の渦が余すことなく吐露される。
突然のことに頭が真っ白になってしまう。何をどう弁解すれば良いのか分からなかった。
「悪かった。いきなり捕まったから、連絡を入れる時間が――」
「そうじゃないっ! あんな目に遭ったのに、冷静でいられる理由が分からない! わたしは、ずっとあなたのことを想っていたのに……! こんなの、わたしが馬鹿みたいじゃない……ッ!」
らしくない感情的な発言。自分がいない間、想像を絶する苦しみを味わっていたに違いない。
そっと彼女の背中に手を回し、優しく抱き締める。ビクリと震えて離れようとしたところを、逃がすまいと力を込める。
「ごめん……俺もずっとミレイのことが心配で不安だった。何も告げられなくて胸が苦しかった……。だから、また会えて嬉しいよ。救い出してくれてありがとう」
「……うん」
胸の辺りに熱い感触が広がる。それはミレイが流した涙の熱であり、その想いに触れた自分の熱でもあった。
彼女はしばらくの間、等身大の少女らしく泣き続けた。その時間は、永遠のように長く感じられた。




