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ティルナノーグの冒険者  作者: 有機エリー
三章 王都 リグブレス 前編

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第68話 憎悪の矛先

 断ち切られた白銀の鎧が硬直し、やがて粒子となって消えていく。

 残っていた黒の鎧兵士たちも、役目を終えたように溶けていく。

 ――勝った。

 凄まじい強敵だったが、仲間たちと共に勝利を掴み取ったのだ。


 己の呼吸音だけが静寂に添えられる中、突として周囲から歓声が上がった。

 足止めされていた通行人、都市から駆けつけてきた野次馬、防衛線を敷いていた衛兵。多くの人々が声を上げながら集まってくる。


「さすが《光のつるぎ》だ!」

「一緒に戦った剣士、誰だよ!? 度胸あるなぁ!」

「本当に助かったよ! 倒してくれてありがとう!」


 周囲に目を向ける余裕がなかったが、彼らは固唾を呑んで戦闘を見守っていたのだろう。

 街道の真ん中で派手に交戦していたのだから、こうなるのも仕方ないことだ。


「やれやれ……僕たちの苦労も知らないで、騒々しい奴らだ」


 アインスが呟きながら苦笑いし、次いで彼の右手が目の前に差し出される。

 地に腰を下ろして息を整えていたキョウヤは、その手を借りて立ち上がった。 


「キョウヤ、疑って悪かったな。お前の覚悟は本物だった」

「アインスが背中を押してくれたおかげだ。最後、助かったよ」

「フッ、それはそうだ。もっと称えてくれてもいいぞ。ついでにミレイさんとの仲を取り持ってくれ」

「……そういうのは自分で努力しろ」


 二人が軽い笑みを浮かべていると、ミレイやリーゼたちが駆けてくる。

 皆で称え合い、労い合う。周囲で大歓声が沸き起こる。お祭り騒ぎのような時間はしばらく収拾がつかなかった。





 やがて、浮かれていた人々はほとぼりが冷めたのか、徐々にその場から散っていく。

 残ったのはキョウヤとミレイ、《光の剣》の四人。そして、離れた位置から静かにこちらを眺めるボロボロの黒ローブの少女。

 シルヴァンが逃げ去り、《ヴォイドガーディアン》が消滅した今、フィノアの灰色の瞳は再び虚無と化していた。


「フィノア」

「……助けてくれて、ありがとうございました……」


 キョウヤがゆっくりと歩み寄ると、彼女は無表情で淡々と言葉を紡ぐ。

 その身に宿す絶望が取り除かれた様子はなく、心ここにあらずな状態だ。


「無事で良かった」

「……そうですね。あの男を殺すまでは死ねませんから……」


 分かり切っていたことではあるが、フィノアの憎悪の矛先はシルヴァンに向いていた。

 今の彼女であれば、たとえ刺し違えてでも成し遂げようとするだろう。その痛々しい姿に、キョウヤは口を開かずにはいられなかった。


「奴は危険だ。命を粗末にするな」

「……放っておいてください。あいつだけは、絶対に殺さないと……」

「頼むから復讐なんてやめてくれ。ランドだって、君が手を汚すことは望んでいないはずだ」


 一瞬の後、彼女の目の色が変わった。明確な怒りの感情が浮かび上がる。


「……あなたが、兄さんを語るなっ……!」


 フィノアの怒気を含んだ声とともに、氷の塊――《アイスミサイル》がこちらに飛んでくる。


「くっ……!」


 石をぶつけられたような痛み、次いで冷えた感触が腹部を襲った。軌道は見えていたのに回避できなかった。


「煩いんですよっ……! あなたがしっかりしていれば、兄さんは死ななかったかもしれないのにっ……!」

「……ッ!」

 

 何も言えない。ランドを殺めた魔物を倒したところで、その事実が変わることはないのだ。 


「いいですよね……! あなたは沢山の仲間に恵まれて……大切に想ってくれる人もいる……! でも、わたしにはもう何もない……。何をしても、兄さんはもう戻ってこないっ……! 兄さんの存在が、私の全てだったのにっ!」


 フィノアが怨嗟を口にしながら、何度も何度も氷塊を放つ。

 肩、腕、脚――そこかしこに冷たい衝撃が走った。避けられないのではなく、己の心身が避けることを拒んでいる。


「キョウヤ! もうやめてっ!」

「おい、君! それくらいにしておけ!」

「……来るな! 俺は大丈夫だ」 


 ミレイとアインスが割り込もうとするが、手を突き出して制止した。

 わざわざ威力のない下級魔法を選んでいるのは、まだ彼女に良心が残っているからだろう。

 全部、受け止めなければならない。彼女の激情を軽減できるのなら、この程度は安いものだ。


「私はもう止まらない……止められない! 邪魔な魔物を殺して、殺して、殺して、殺してっ……! 兄さんを手にかけたあの男を痛めつけて、苦しませて、息の根を止めるっ……! ああ……そうだ。兄さんが冒険者になる原因を作った父……あの腐った領主とその周りの人間も、全部始末しないとっ……!」


 だが、フィノアの憎悪が尽きることはない。それどころか膨れ上がる一方だった。

 一度たかが外れてしまえば、彼女は躊躇なく人の命を奪うようになってしまうだろう。

 そんな結末は絶対にあってはならない。それなのに、これ以上かけるべき言葉は思い浮かばなかった。


「……ああ、安心してください。あなたまで殺す気はありませんから……」


 フィノアは最後にそう告げると、都市に向けてフラフラと歩き始める。

 その背から漂う絶望は、あらゆるものを拒絶する深い闇のようだった。


「フィノア、待って!」

「……ミレイ、邪魔しないで」


 ミレイが駆け寄って引き留めようとするが、フィノアはその手を振り解いて去っていく。

 彼女はもう止まらない。結局、命は救えても心を救うことはできなかった。

 強大な魔物を撃破した喜びは、瞬く間に失意に変わってしまう。

 現実は、そんなに甘くはない。キョウヤはそれを改めて思い知らされることになった。

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