第69話 一難去って
「あーあ、なんか白けちゃったわね」
「口を慎みなさい。今はキョウヤの治療を」
呆れたように言い放つマリーをリーゼが諫める。
気持ちは分からなくもないが、その無遠慮な言葉には苦笑するしかなかった。
「分かってるわよ。まったく、なんであんな無茶をしたんだか」
「そうですね。事情は分かりませんが、感心できる行動ではありません」
相次ぐ戦闘に加え、悲憤するフィノアの攻撃を受け続けた己の身体は限界に達していた。
アインスが咄嗟に受け止めてくれなければ、そのまま倒れ込んで意識を失っていたかもしれない。
現在、地に座るミレイの膝の上に頭が置かれ、リーゼとマリーに治癒魔法を施されている。事情を知らない者が見れば、誰もが羨むような状況だった。
自身もそう思うことにしていた。そうしなければ、ますます陰鬱な気分に陥りそうだからだ。
アインスとフリードは付近の見張りに立っている。彼らも先ほどのやり取りで興が削がれたのか文句を言っていたが、なんだかんだで協力的だった。
「キョウヤ、もっと自分を大切にして」
真上からミレイの声が飛んでくる。彼女の曇った表情には、僅かに怒りが混じっているように見えた。
「ごめん。フィノアにかける言葉が思い浮かばなくて、ああするしかなかった。結局、止められなかったけどな」
「……あなたがランドのことで思い悩むのは分かるよ。わたしだって、目の前で誰がが死んだら自分を責めると思う。だからって、あんなやり方は間違ってる。もしフィノアに死ねって言われたら、あなたは死ぬつもりなの?」
「いや、そこまでは……」
さすがに死にたくはない。フィノアに殺意がないことが分かっていたから受けただけだ。
もし中級魔法でも飛んできていたら、その時は無意識に避けてしまっていただろう。
「キョウヤ、あんたがやってることはただの自己満足よ」
「マリー、やめなさい」
沈黙を破ったのはマリーだった。彼女はリーゼの制止を無視して語り続ける。
「だってそうでしょ? あんた、どれだけ周りに迷惑かけているか分かってる? ミレイを悲しませて、治療にあたしたちの手を煩わせて。何をやらかしたのかは知らないけど、償うならもっとマシな方法を考えなさいよ。あれは、思考を放棄した愚か者のすることだわ」
その言葉に反論はできなかった。裁かれることで楽になろうとしていたにすぎないと気付かされる。
ミレイとマリーが怒るのは無理もない。リーゼも口には出さないものの、おそらく同じ思いだろう。
「悪かった。思い詰めすぎていたのかもしれない」
「分かればいいのよ。色んな意味で痛々しくて見ていられなかったから」
「……マリー、いい奴だな」
「急に何? 気持ち悪……」
この口の悪さだけ直せば完璧なのに。そう思ったが、触れるのはやめておく。
フッと笑うにとどめると、この場の空気がいくらか穏やかになった気がした。
数分の後、キョウヤはゆっくりと起き上がった。
身体の痛みはすっかり引いている。心の苦しみも幾分か和らいでいた。
「そろそろ動けそうですか?」
「ああ、助かったよ。ありがとう」
「なら良かったです。もう無茶はしないように」
リーゼがアインスとフリードに合図を送ると、二人が見張りから戻ってくる。
《光の剣》の四人は何やら小声で話し込んでいたが、やがて会話を終えてこちらに向き直った。
「すみませんが、私たちはお先に王都に戻ります」
「悪いな。本当は祝勝会といきたいところだけど、僕たちはやることがあるんだ」
リーゼの発言に、アインスが申し訳なさそうに補足する。
彼の敵意は完全に消え去り、傲慢な態度は鳴りを潜めていた。
「気にしないでくれ。そうだリーゼ、何か奢る約束なんだが……」
大きな戦いに巻き込まれ、危うく忘れてしまうところだった。
元々は露店で遭遇した盗人を追いかけていて、リーゼに協力してもらったのだ。
「そうでしたね。では、今晩の食事をご一緒しましょうか。もちろん、私たち四人分をあなたの奢りで」
「おい……それは勘弁してくれ」
「冗談ですよ。日が傾く頃に冒険者ギルドでお待ちしていますね」
彼女が軽く微笑むと、他の三人も再会を約束して足早に去っていく。
一連の騒動は終息し、街道には静けさが戻りつつあった。
「疲れたね。わたしたちも帰ろう?」
「そうだな……。それにしても、よく駆けつけてきてくれたな」
王都に向かって歩きながら、一つ疑問をぶつけてみる。
ミレイには「外の空気を吸ってくる」としか伝えていなかったはずだ。
「わたしも散歩していたんだけど、偶然アインスさんに絡まれてね。丁度その時に魔物が出たって話を聞いたから、役に立ちたいと思って追ってきたの」
「アインスが苦手なのによく同行する気になったな……」
「護衛任務の時に助けてもらったから、借りは返しておきたくて」
「それもそうか。おかげで助かったよ。ところで、彼の評価は見直せそうか?」
「……まあ、ちょっとだけ」
適当に雑談しているうちに城門に辿り着く。疲弊した様子の彼女には先に家に戻ってもらい、市場へ足を運ぶ。
アクセサリーを扱う女性に盗まれた金を返すと、購入した髪飾りの代金の半額を返すという提案があった。
なかなかに魅力的な話ではあったが、丁重に断る。実際に盗人を捕まえたのはリーゼなのだから。
「あ、あの人です! 間違いありません!」
「俺も見ました! あいつが黒い炎を放っているのを!」
にわかに周囲の騒めきが大きくなったのは、自宅に向けて踵を返そうとした時だった。
群衆の喚き声とともに、複数の衛兵がこちらへ駆けてくる。その目は明らかに友好的ではない。
「お前を拘束する。大人しくしろ!」
取り囲まれたかと思えば、背後からねじ伏せられていた。
やはり、現実は上手くいかないようだ。




