第64話 善意と悪意
「いやあ、お見事。たった三人にやられるとは思わなかったよ」
芝居がかった台詞とともに、木陰から灰色のローブを纏った男が現れる。
彼は大げさに拍手をしながら歩いてくると、焼けた地面の上で足を止めた。
「まさか、魔神の信徒……!」
治癒魔法を施しながら、リーゼは男を睨みつける。
口振りからして《ダークスケルトン》を使役していたのは彼で間違いない。
軍勢を全て倒されてしまったというのに、そんなことはまるで気にしていない様子だ。
「……そのダサい呼び方はやめてくれないかなあ。ボクは別に魔神の信仰なんかしていないんだから」
男はわざとらしく深いため息を吐いた。人を苛つかせるような振る舞いが目に余る。
フィノアはこの状況でも虚無の瞳を維持していたが、リーゼの声は怒りに震えていた。
「答えなさい! お前は何者で、何が目的なのですか!」
「まあ、別に隠す意味もないか。シルヴァン……そう呼んでくれればいいよ。目的なんて、冒険者狩りに決まっているじゃないか」
シルヴァンと名乗った男は、非情な一言を平然と言ってのける。
冒険者狩り。要するに人殺しを目的としている、無慈悲で冷酷な殺戮者。
「なぜそんなことを!」
「キミたちが魔物を狩るのと同じだよ。ゴミを処分するのは当たり前だろう?」
「……ッ!」
彼は当然のように言い捨てた。人の命をゴミと同列に扱う物言いだ。
度し難い悪党を前にして、リーゼは声を詰まらせている。
キョウヤは身体の苦痛を振り払い、ゆっくりと立ち上がった。
いつまでも無防備でいるわけにはいかない。それに、聞いておきたいこともある。
「《ヴォイドガーディアン》と《ヘイズルーラー》もお前の仕業か」
「半分は正解。残念だけど、ヘイズはボクじゃないよ。獣に興味はないからねえ」
「……そうか」
ミレイを襲った人狼は別の人物の所業らしいが、これで明確になった。この男が仲間――ランドを殺めた元凶。
「もしかして、キミもあの廃坑にいたのかい? ハハッ、あれは傑作だったよねえ。無様に死んでいくゴミどもの姿には笑いが止まらなか――」
刹那、フィノアが動いた。杖を構え、シルヴァンに向けて《フレイムバレット》を放つ。
炎弾が一直線に飛んでいくが、相手の反応も早かった。彼が右手をかざすと、前方に水の槍が顕現する。
水属性中級魔法《アクアランス》が炎を飲み込み、その勢いのままフィノアの脚を掠った。
「ううっ……!」
「フィノア!」
彼女が小さな悲鳴を上げ、杖を取り落として膝をつく。冷たく虚ろだった瞳は、燃えるような憎悪の色へと変化していた。
杖の類も使っていないのに、シルヴァンの魔法は凄まじい威力だった。これでは迂闊に攻め込むことはできない。
「血の気が多い女だなあ。そういうのも嫌いじゃないけど」
彼が被っていたフードを脱ぐと、輝く金髪と整った顔が露わになる。だが、嗜虐的な笑みが全てを台無しにしていた。
「キミは後で美味しくいただくとして……今はそっちの裏切り者に用があるんだよねえ」
ニヤニヤした嫌な視線がこちらに向けられ、一気に不快感が満ちていく。
シルヴァンの発言の真意は想像がつくが、あえて白を切ることにした。
「裏切り者だと……?」
「あれ? おかしいなあ。こっち側の人間だと思ったんだけど」
――また、それか。
裏は取れた。彼とラージュが同一の勢力に属しているのは決定的。
この世界における闇の力は、彼らにとって重要な意味があるのだ。
「悪いが、お前の仲間になった覚えはないし、そこまで頭がいかれているつもりもない」
「……プッ、アハハハハッ! ボクからすればキミの方が狂人だと思うけどねえ。他人のために身を捧げるとか、頭がおかしい奴がすることだと思うよ?」
「黙れ」
確かに世の中は綺麗事だけでは通用しない。欲深い者、悪知恵の働く者――心が汚れた人間など腐るほどいる。
しかし、それ以上に多くの善意があることも知っている。これまで生き残れたのは、人と支え合って歩んできた結果だ。
始まりの日、己は誰にも頼らず生きると決めた。あの無謀な覚悟は、今でも自戒として強く記憶に残っている。
もし一人で突き進んでいたら、あっという間にゲームオーバーだったに違いない。
「誰だって自分が可愛いのは当たり前だ。それでも、人は助け合って生きている」
「馬鹿だねえ。そんなものは上辺だけで、見返りを求めているのが分からないのかい? 必要がなくなれば切って捨てるのが真っ当なんだよ」
「お前が今までそうやって生きてきたのは分かった。損得勘定でしか考えられない奴が、人の善意を貶すな」
理解が得られるとは思っていない。彼はもう後戻りできない境地に至ってしまっている。
視界の左端ではリーゼが密かに弓を構えていた。矢は番えていないが、その必要はない。
話に夢中になるあまり、シルヴァンは彼女の存在を忘れている。もう、十分だ。
「シルヴァン……仲間ってなんだと思う?」
「はあ? そんなもの、利用するための道具に決まって――ぐあっ!?」
問いかけた直後、計ったようにリーゼが《マジックアロー》を放った。
彼女の迅速な一撃が、想定通りの返答をした相手の胸に突き刺さる。
「キョウヤ、向かって右です!」
リーゼの声に応えると、暗黒の矢――《ダークボルト》がシルヴァンの左腕を捉えた。
そして、彼女の魔法の矢が反対側を射貫く。両腕を封じてしまえば容易に魔法は扱えない。
闇魔法の反動で腕が疼いたが、構わず最後の台詞を口にした。
「仲間は、共に困難を乗り越えるための尊い絆だ。お前には一生分からないだろうな」
「くっ、がはっ……! ば、馬鹿に、しやがって……ッ!」
強者の余裕が消失したのか、シルヴァンの言葉遣いが荒くなる。
致命傷にはならなかったが、あの状態で戦うのは困難を極めるだろう。
「諦めて投降しなさい。お前には聞かなければならないことがあります」
「クソが! いちいち煩いんだよおおおぉ! せっかくボクが、情けをかけてやったのに……ッ! もういい! 死ねよゴミ、ウジ虫が!」
罵詈雑言を撒き散らすシルヴァンは、苦悶の表情を浮かべながらも、懐から取り出した物体を地面に投げ捨てた。
魔物の核。骸骨の軍勢の跡地に散乱している物よりも一回り以上大きい。その上、それだけが禍々しいオーラを纏っていた。
ゾクリと悪寒を感じた瞬間、浮遊した核を中心として巨大な何かが形成されていく。
シルエットは人型、全身を覆うのは白銀の鎧。右手にメイス、左手には大盾。最後、頭部に蒼白の炎が灯った。
それは、守護者の名を持つ悪夢の象徴――《ヴォイドガーディアン》だった。




