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ティルナノーグの冒険者  作者: 有機エリー
三章 王都 リグブレス 前編

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第63話 黒の軍勢

 リーゼと共に叫び声が上がった方角へ駆けると、冒険者たちが血相を変えて逃げ惑っていた。

 彼らの目は恐怖に染まり、我先にと横を駆け抜けていく。問いかける余裕などないのは明白。

 視線を街道の先へと戻せば、左右を木々に囲まれた道の中央で魔物が蠢いていた。

 それは、この場に存在してはいけないもの。数え切れないほどの黒の軍勢だ。


「《ダークスケルトン》……なぜこんな所に……!」


 リーゼが驚愕の声を上げた。これまで常に冷静沈着だった彼女の顔に焦燥が浮かび上がる。

 場違いなアンデッドの出現。この状況には心当たりがある。《ストリム廃坑》の惨劇がよみがえり、背筋に冷たいものが走った。


「キョウヤ、今すぐ引き返しなさい。ここはわたしが引き受けます」

「馬鹿言うな。いくらなんでも、あの数を一人で相手にするのは危険だ」


 リーゼが当然のように指図してきたが、即座に突っぱねていた。

 決して彼女の実力を疑っているわけではない。光属性が弱点のアンデッドなら相性は良いだろう。

 もっとも、限度というものはある。単独で突っ込むなど蛮勇でしかない。


「あなたに心配されるいわれはありません。さっさと行きなさい!」

「断る。やるならアインスたちを呼んでからにしろ」


 仲間であるアインスやフリード、マリーさえいれば、大人しく任せていたかもしれない。

 だが今は彼女一人。もし攻撃を食らってしまえば、そのまま袋叩きにされる可能性が高い。

 どれだけ戦い慣れていても、一瞬の不注意が命取りになる。それを身をもって知らされている。


「あなたは馬鹿なのですか? あの大群が四散すればどれほどの被害が出るか、想像はできるでしょう!」

「分かっている。だから、俺も時間稼ぎくらいは付き合うと言っているんだ。逃げた冒険者が助けを呼んでくれているはずだからな」


 ここでリーゼを見捨てるようでは、ミレイを護るなど夢のまた夢だ。

 消極的な選択にはいい加減うんざりしている。後悔したくはないし、廃坑の失態を繰り返すつもりなど毛頭ない。


「ですが――」


 彼女が更に何か言いかけたが、言葉は爆音に掻き消された。

 見れば、魔物の群れの中に火柱が上がっていた。誰かが魔法を放ったのだろう。


「話は終わりだな。加勢するぞ」

「言っておきますが、あなたの尻拭いをする余裕はありませんよ」

「お互い様だ。リーゼこそ油断はするなよ」

「……口だけは達者ですね」


 フッと笑うリーゼを尻目に一気に駆け出す。まずは交戦中の人物と合流して連携するのが得策だ。

 骸骨たちが向かう先、木々の合間に黒いローブを着た人影が一つ。魔法使いらしき人物が再び炎弾を放ち、魔物の一部が消し飛ぶ。

 接近するにつれ、異様な雰囲気を感じ取った。その者は自身を顧みない無茶苦茶な立ち回りをしている。


「おい、無茶をするな!」


 警告しながら、進路を変えて突撃してきた骸骨を一閃、剣で吹き飛ばした。

 すると、魔法使いが顔だけをこちらに向ける。瞬間、心臓が跳ね上がった。


「……フィノア!」

「ああ……なんだ。キョウヤさんですか……」


 フィノア――廃坑でこの身を庇って犠牲になった剣士ランドの妹。

 以前は整えられていたセミショートの茶髪はボサボサに乱れ、象徴的な黒ローブもボロボロに擦り切れていた。

 灰色の瞳は虚ろで、あどけなさの欠片も感じられない。深い闇をたたえた面持ちに胸を締め付けられる。


「フィノア、今は協力しないか」

「……必要ありません。邪魔をしないでください……」


 フィノアは興味を失ったように顔を背けると、骸骨の群れに魔法を乱射する。

 まるで死に場所を求めているかのようだった。このままでは物量に押し潰されるのも時間の問題だ。

 しかし、これ以上は声をかけるだけ無駄だろう。兄を死に追いやった者の言葉など、彼女の心に届くはずがない。


 リーゼの方に目をやると、彼女も殺到する敵の対処に追われていた。光の矢が次々と襲いかかるが、手数が足りていない。

 頭に浮かんだ打開策は一つだけだった。もう、出し惜しみしている余裕はない。

 壊す側――ラージュの嘲笑が再び脳裏をよぎる。それでも、今はこの力に頼る他なかった。


 覚悟を決め、殺意を込めながら冷たい炎を生成。迫り来る骸骨たちに向けて放出すれば、たちまち周囲が漆黒に飲み込まれていく。

 闇属性がアンデッドに効果が薄いことは百も承知だ。だとしても、一体ずつ剣で対抗するよりよほど効率的だった。

 二度、三度。反動で己の身体が軋むが、関係ない。こんなもの、ランドが受けた苦痛やフィノアに与えた絶望と比べれば、安い代償にすぎない。


「かはっ……!」


 五発目の《シャドウフレア》を放った時、ついに限界が訪れた。吐き気が止まらず、身体は感覚が麻痺している。

 気付けば地面に横たわっており、焦げた臭いが鼻を突く。黒の軍勢のほとんどは闇の炎に飲まれて燃え尽き、街道は焦土と化していた。


「キョウヤ! 無事ですか!」


 最後の敵を屠ったリーゼが大慌てで駆けてくるのを霞んだ目が捉える。一方、フィノアは変わらず空虚な表情でこちらを眺めていた。


「う、ぁ……」


 必死に口を動かしているつもりだが、まともな音にはならない。

 駆けつけたリーゼが片膝をつき手をかざすと、淡い光が己を包み込んだ。

 身体の感覚が戻り、激痛が走ったかと思えば、それも徐々に治まっていく。


「あーあ、ボクの玩具おもちゃが台無しじゃないか。キミは同志じゃなかったのかい?」


 ようやく意識が鮮明になってきた頃、どこからか軽薄な男の声が響き渡った。

 落ち着きを取り戻しかけていた心が急激に冷える。まだ何も解決していない。

 正体不明の悪意の気配を探るため、キョウヤは痛みに耐えながら目を見開いた。

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