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ティルナノーグの冒険者  作者: 有機エリー
三章 王都 リグブレス 前編

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第64話 善意と悪意

「いやあ、お見事。たった三人にやられるとは思わなかったよ」


 芝居がかった台詞とともに、木陰から灰色のローブを纏った男が現れる。

 彼は大げさに拍手をしながら歩いてくると、焼け焦げた地面の上で足を止めた。


「まさか、魔神の信徒……!」


 キョウヤに対し治癒魔法を施しつつ、リーゼは男を睨みつける。

 口振りからして、《ダークスケルトン》を使役していたのは彼に違いない。

 軍勢を全て倒されてしまったというのに、そんなことはまるで気にしていない様子だ。


「……そのダサい呼び方はやめてくれないかなあ。ボクは別に魔神の信仰なんかしていないんだから」


 男はわざとらしく深いため息を吐いた。人を苛つかせるような振る舞いが目に余る。

 フィノアはこの状況でも虚無の瞳を維持していたが、リーゼの声は怒りに震えていた。


「答えなさい! お前は何者で、何が目的なのですか!」

「まあ、別に隠す意味もないか。シルヴァン……そう呼んでくれればいいよ。目的なんて、冒険者狩りに決まっているじゃないか」


 シルヴァンと名乗った男は、非情な一言を平然と言ってのける。

 冒険者狩り。要するに人殺しを目的としている、無慈悲で冷酷な殺戮者。


「なぜそんなことを!」

「キミたちが魔物を狩るのと同じだよ。ゴミを処分するのは当たり前だろう?」

「……ッ!」


 シルヴァンは当然のように言い捨てた。人の命をゴミと同列に扱う物言いに、さしものリーゼも言葉を詰まらせる。

 キョウヤはゆっくりと立ち上がった。まだ痛みは引いていないが、いつまでも無防備でいるわけにはいかない。それに、聞いておきたいこともある。


「《ヴォイドガーディアン》と《ヘイズルーラー》もお前の仕業か」

「半分は正解。残念だけど、ヘイズの方はボクじゃないよ」

「……そうか」

「もしかして、キミもあの廃坑にいたのかい? ハハッ、あれは傑作だったよねえ。まさかゴミを四人もまとめてれるとは――」


 刹那、フィノアが動いた。杖を構えると、シルヴァンに向けて《フレイムバレット》を放つ。

 炎弾が一直線に彼の元へ飛んでいくが、相手の反応も早かった。彼が右手をかざすと、その前方に水の槍が顕現する。

 水属性中級魔法《アクアランス》が炎を飲み込み、その勢いのままフィノアの右脚を掠った。


「ううっ……!」


 彼女の顔が苦痛に歪み、杖を取り落として膝をついた。冷たく虚ろだった瞳は、燃えるような憎悪の色へと変化している。

 杖の類も使っていないのに、シルヴァンの魔法は凄まじい威力だった。これでは迂闊に動くこともできない。


「血の気が多い女だなあ。そういうのも嫌いじゃないけど」


 彼が被っていたフードを脱ぐと、輝く金髪と整った顔が露わになった。だが、嗜虐的な笑みがその全てを台無しにしている。


「キミは後で美味しくいただくとして……今はそっちの裏切り者に用があるんだよねえ」


 視線はフィノアからキョウヤの元へ。再びニヤニヤとした目を向けられ、嫌悪感が増していく。

 シルヴァンの発言の真意は想像がつくが、キョウヤはあえて白を切った。


「裏切り者だと……?」

「あれ? おかしいなあ。こっち側の人間だと思ったんだけど」


 ――また、それか。

 彼が漏らした言葉のおかげで、ラージュとシルヴァンが同一の勢力に属しているのは決定的となった。

 この世界における闇の力は、彼らにとって重要な意味があるのだろう。


「悪いが、お前の仲間になった覚えはないし、そこまで頭がいかれているつもりもない」

「……プッ、アハハハハッ! ボクからすればキミの方が狂人だと思うけどねえ。他人のために身を捧げるなんて、頭のおかしい奴がすることだと思うよ?」

「黙れ」


 確かに世の中は綺麗事だけでは通用しない。欲深い者、悪知恵の働く者――心が汚れた人間など腐るほどいる。

 しかし、それ以上に多くの善意があることも知っている。これまで生き残れたのは、人と支え合って歩んできた結果だ。

 始まりの日、誰にも頼らず生きると決意したあの瞬間は、今でも自戒として強く記憶に残っている。

 もしあのまま突き進んでいたら、あっという間にゲームオーバーだっただろう。


「誰だって自分が可愛いのは当たり前だ。それでも、人は助け合って生きている」

「馬鹿だねえ。そんなものは上辺だけで、見返りを求めているのが分からないのかい? 必要がなくなれば切って捨てるのが真っ当なんだよ」

「お前が今までそうやって生きてきたのは分かった。損得勘定でしか考えられない奴が、人の善意を貶すな」


 理解してもらうつもりなどない。彼はもう、後戻りできないところに至ってしまっている。

 キョウヤの視界の左端ではリーゼが密かに弓を構えていた。話に夢中になるあまり、シルヴァンは彼女の存在を忘れている。もう、十分だ。


「なあ、シルヴァン……仲間ってなんだと思う?」

「はぁ? そんなもの、利用するための道具に決まって――ぐあっ!?」


 問いかけた直後、計ったようにリーゼが《マジックアロー》を放った。魔法の矢が、想定通りの返答をした相手の胸に突き刺さる。


「キョウヤ、向かって右です!」


 間を置かずキョウヤの暗黒の矢――《ダークボルト》が左腕を、リーゼの二発目の矢が右腕を捉える。両腕を封じてしまえば、容易に魔法は扱えない。

 闇魔法の反動で腕が疼いたが、キョウヤはそれには構わず最後の台詞を口にした。


「仲間は、共に困難を乗り越えるための尊い絆だ。お前には一生分からないだろうな」

「くっ、がはっ……! ば、馬鹿に、しやがって……ッ!」


 強者の余裕が消失したのか、シルヴァンの言葉遣いが荒くなる。

 致命傷にはならなかったようだが、戦闘を続行するほどの力が残っていないのは見て取れる。


「諦めて投降しなさい。お前には聞かなければならないことがあります」

「クソがッ! いちいち煩いんだよおおおぉ! せっかくボクが、情けをかけてやったのに……ッ! もういい! 死ねよゴミ、ウジ虫が!」


 罵詈雑言を撒き散らすシルヴァンは、苦悶の表情を浮かべながらも、懐から取り出した物体を地面に投げ捨てた。

 魔物のコア。だが、骸骨の軍勢の跡地に散乱している物よりも一回り以上大きい。その上、それだけが禍々しいオーラを纏っていた。


 ゾクリと悪寒が走る。次の瞬間、浮遊した核を中心として巨大な何かが形成されていく。

 全体のシルエットは人型、それを覆うのは白銀の鎧。右手にメイス、左手には大盾。そして最後、頭部に蒼白の炎が灯った。 

 それは、守護者の名を持つ悪夢の象徴――《ヴォイドガーディアン》だった。

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