第63話 黒の軍勢
リーゼと共に叫び声が上がった方角へ駆けると、冒険者たちが血相を変えて逃げ惑っていた。
彼らの目は恐怖に染まり、我先にとキョウヤたちの横を駆け抜けていく。問いかける余裕などないのは明白だ。
視線を街道の先へと戻すと、左右を木々に囲まれた道の中央で魔物が蠢いている。
それは、この場に存在してはいけないもの。数え切れないほどの黒の軍勢だった。
「《ダークスケルトン》……なぜこんな所に……!」
リーゼが驚愕の声を上げる。これまで常に冷静沈着だった彼女の顔に焦燥が浮かび上がる。
場違いなアンデッドの出現――この状況には心当たりがある。《ストリム廃坑》の惨劇が甦り、背筋に冷たいものが走った。
「キョウヤ、今すぐ引き返しなさい。ここは私が引き受けます」
「馬鹿言うな。いくらなんでも、あの数を一人で相手にするのは危険だ」
リーゼが当然のように指図するが、キョウヤはそれを即座に突っぱねた。
決して彼女の実力を疑っているわけではない。光属性が弱点のアンデッドなら相性は良いだろう。
それでも、限度というものがある。単独で突っ込むなど蛮勇でしかない。
「あなたに心配される謂れはありません。さっさと行きなさい!」
「断る。やるならアインスたちを呼んでからにしろ」
仲間であるアインスやフリード、マリーさえいれば、大人しく任せていたかもしれない。
だが今は彼女一人。一撃でも攻撃を食らってしまえば、そのまま袋叩きにされる可能性が高い。
どれだけ戦い慣れていても、一瞬のミスが命取りになることをキョウヤは身をもって知っている。
「あなたは馬鹿なのですか? あの大群が四散すればどれほどの被害が出るか、想像はできるでしょう!」
「分かっている。だから、俺も時間稼ぎくらいは付き合うと言っているんだ」
ここでリーゼを見捨てるようでは、ミレイを護るなど夢のまた夢だ。
消極的な選択にはいい加減うんざりしている。もう二度と逃げたくはないし、廃坑の失態を繰り返すつもりなど毛頭ない。
「ですが――」
彼女が更に何か言いかけた瞬間、突然の爆音が言葉を掻き消した。
見れば、骸骨の群れの中に火柱が上がっていた。誰かが火魔法を放ったのだろう。
「話は終わりだな。加勢するぞ」
「言っておきますが、あなたの尻拭いをする余裕はありませんよ」
「お互い様だ。リーゼこそ油断はするなよ」
「……口だけは達者ですね」
フッと笑うリーゼを尻目にキョウヤは一気に駆け出した。まずは交戦中の人物と合流して連携するのが得策だ。
骸骨たちが向かう先に視線を向けると、木々の合間に黒いローブを着た魔法使いが一人。その者が再び炎弾を放ち、魔物の一部が消し飛ぶ。
接近するにつれて、キョウヤは異様な雰囲気を感じ取った。魔法使いは、自身を顧みないほどの圧倒的な殺意を敵に向けている。
「おい、無茶をするな!」
叫びながら、進路を変えて突撃してきた骸骨を一閃、剣で吹き飛ばした。
すると、それに気付いた魔法使いが顔だけをこちらに向ける。瞬間、心臓が跳ね上がった。
「……フィノア!」
「ああ……なんだ。キョウヤさんですか……」
フィノア――廃坑でキョウヤを庇って犠牲になった剣士ランドの妹。
以前は整えられていたセミショートの茶髪はボサボサに乱れ、象徴的な黒ローブもボロボロに擦り切れていた。
灰色の瞳は虚ろで、あどけなさの欠片も感じられない。深い闇を湛えた面持ちがキョウヤの胸を締め付けた。
「フィノア、今は協力しないか」
「……必要ありません。邪魔をしないでください……」
フィノアは興味を失ったように視線を前方に戻し、骸骨の群れに炎を乱射する。
攻撃一辺倒の無茶苦茶な戦い方。このままでは物量に押し潰されるのも時間の問題だ。
しかし、これ以上は声をかけるだけ無駄だろう。兄を死に追いやった者の言葉など、彼女の心に届くはずがない。
リーゼの方に目をやると、彼女も殺到する敵の対処に追われていた。光の矢が次々と襲いかかるが、手数が足りていない。
もう、出し惜しみしている余裕はない。キョウヤの頭に浮かんだ打開策は一つだけだった。
壊す側――ラージュの嘲笑が再び脳裏をよぎる。それでも、今はこの力に頼る他なかった。
覚悟を決めて殺意の力を己に宿し、冷たい炎を生成。迫り来る骸骨たちに向けて放出すると、たちまち周囲が漆黒に飲み込まれていく。
闇属性がアンデッドに効果が薄いことは百も承知だ。だとしても、一体ずつ剣で対抗するよりよほど効率的だった。
二度、三度――反動で己の身体が軋むが、関係ない。こんなものは、ランドが受けた苦痛やフィノアに与えた絶望と比べれば、安い代償にすぎない。
「かはっ……!」
五発目の《シャドウフレア》を放った時、キョウヤはついに地に膝をついた。吐き気が止まらず、身体は感覚が麻痺している。
焼け焦げた臭いが鼻を突く。黒の軍勢のほとんどは闇の炎に飲まれて燃え尽き、街道の周囲は焦土と化していた。
「キョウヤ! 無事ですか!」
最後の敵を屠ったリーゼが大慌てで駆けてくるのを霞んだ目が捉える。一方、フィノアは変わらず空虚な表情でこちらを眺めていた。
「う、ぁ……」
必死に口を動かしているつもりだが、まともな音にはならない。
駆けつけたリーゼが片膝をつき手をかざすと、淡い光がキョウヤの全身を包み込んだ。
身体の感覚が戻り、一瞬だけ激痛が走ったが、苦痛は徐々に治まっていく。
「あーあ、ボクの玩具が台無しじゃないか。キミは同志じゃなかったのかい?」
ようやく意識が鮮明になってきた頃、どこからか軽薄な男の声が響き渡った。
まだ終わっていない――落ち着きを取り戻しかけていたキョウヤの心が、再び冷たい闇に包まれた。




