表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/45

可哀そうな人


 私に向けられた石塚の銃は、私を捉えている。

 今もしここで下手な動きをしたり、反発するような発言をしたら撃たれてしまう。そんな恐怖で支配されて動けなくなる。


 本当は、お母さんを殺したという石塚が憎い。今すぐ殴ってやりたいほどだ。


 でも身体が動かなくて、悔しくて、憎くて、涙が溢れ出て来る。


『大丈夫。咲夜のママが死んだという確証はまだない。だから、希望は捨てないで』


 耳の中で、愛音が慰めてくれる声が聞こえた。


 ──分かってる。


 私は聞こえた言葉ににそう応えるかのように、涙を袖で拭った。そして、石塚を睨みつける。


「もう一度聞くぜ?七瀬 愛音はどこだ?警告しとくと下手な答えは、自分の身を亡ぼすぞ。まぁオレも鬼じゃねぇから、ここで一気に殺したりなんかしねぇよ。ただ、人間なりのやり方であの地下で化け物から受けたみたいな拷問を受けてもらう事になるかもしれないけどな。で、お前には化け物を引き寄せる餌になってもらうって訳だ」


 ケラケラと笑いながら、そんな事を言ってくる石塚。


 まさか警察が、本当にそんな事をして来るとは思えない。でも心のどこかで、コイツならやって来そうだと思う自分がいる。


 拷問が嘘か誠かは置いといて、愛音を引き寄せるための餌にするというのは本気だろう。


「……貴方は可哀そうな人だね」

「あ?」

「帰って来た子供を受け入れて、何も知らずに生きていたら、貴方はきっと今頃こんな事してない」

「かもな。でもオレは今幸せだぜ?化け物を殺す事に、生きがいを感じてる」

「それが可哀そうだって言ってるの」

「……うぜぇな、お前」


 石塚の目が、鋭くなった。


 その瞬間、私に向けられている銃が凄い音を放った。放たれたのは音だけではない。何かが私の足元で跳ねて、どこかへ飛んで行った。


 辺りに響いた、乾いた音。それは銃による発砲音だ。

 住宅街の中にある白昼の公園での発砲事件。普段なら大事件になるような出来事が、私の目の前でおこった。


「死にたくなかったら、七瀬 愛音の居場所を答えろ。余計な事を言うんじゃねぇ。次は身体に風穴があくぞ」

「っ……!」


 この男は、本気だ。

 今言った事も、拷問がどうのこうのっていうのも、本気だと行動で示して見せた。


「分かった」


 これ以上無駄な事を言っていたら、本当に撃たれてしまう。

 だから私はポケットに手を突っ込むと、ある物を取り出した。


 そして取り出した物を石塚の方へと投げ捨てて、地面に転がす。


「なんだ、こりゃあ。……いや、これは化け物の破片か?」


 私が取り出したのは、赤い肉の塊だ。ドクドクと鼓動していて、触ると生暖かい物体。


「そうだよ。コレは、最後に残った愛音の身体」

「最後?」

「……愛音は、私を助けた直後に溶け出して、死んじゃったの。殺虫剤のせいでね」

「効いてないように見えて、実は聞いていた……?確かに少しだけ苦しそうな仕草は見せてた。だが苦しんでいる化け物があの身体能力を発揮出来るのか?これは確かに化け物の一部だろうが……」


 ブツブツと呟いて何か言っている石塚だけど、心の中でバラさせてもらう。


 当然コレは最後に残った愛音の身体なんかではない。


 確かに化け物の身体の一部ではあるけど、愛音のですらない。コレは東堂さんの身体の一部で、愛音が肉塊となった東堂さんからもぎとった物だ。

 けっこうワイルドで容赦のない事をする愛音が若干怖かったけど、愛音も愛音なりに東堂さんに対して怒ってくれているようで、そのせいだったのだと思う。


 で、その東堂さんの一部を利用して、私達は愛音が死んだ事にして石塚をやり過ごす事にしたのだ。証拠としては、この化け物の一部で十分だろう。


「……」


 石塚が黙ると、足で肉の塊を踏みつけた。思い切り踏みつけた上で、グリグリと地面にこすりつけてぺちゃんこにしてしまう。

 塊の中から黒い液体が飛び出し、液体がついて靴が汚れるのも意に介さない。


「こんな化け物の一部を持ってきて、コレが七瀬 愛音だなんて言われて信じられるか」


 やっぱりダメかー……。

 無理があるとは思っていたので、予想通りではある。


「でも、他に証拠なんてない。今はコレが愛音だって信じてもらうしかないんだよ」

「DNA検査も出来ないから、そうなるだろうな。だからオレとしては、あくまで七瀬 愛音が生きているつもりで動く必要があるって訳だ」

「……」


 結局、こんな子供だましみたいな手はやっぱり通用しなかった。


「こっちとしては、もうこれ以上何も言う事はない。愛音の事は話したし、もうコレで帰るから」

「……良い事教えてやるよ。お前の母親を殺す時、お前の母親は最後までお前の身を案じていた。咲夜には手を出さないで。あの子は何も悪くない。あの子は何もしていない。あの子は何も知らない……そう訴えながら殺虫剤で殺して、最期は今オレの足元にあった肉塊みたいに踏みつぶして殺してやった」


 私はそれを聞いて、我慢が出来なくなった。

 銃口が向けられている事も忘れ、石塚に向かって駆けだし、拳を振りかぶる。


 自分でも、下手な行動に出たと思ったよ。銃を持って、こちらに向けている相手に真正面からとびかかるなんて、バカのやる事だ。

 先程までは銃を向けられているという恐怖で動けもしなかったというのに、殺された親の事を言われた途端に、冷静さも、恐怖すらも忘れてしまった。


 でも石塚は、私に向かって銃を撃ったりはしてこなかった。銃口を下げると、殴りかかった私の腕を片手で掴み取り、高くあげられて私は地面に足の先端しかつかなくなってしまう。

 ならばともう片方の手で石塚の顔面を殴ろうとしたけど、その手も石塚に掴まれて止められてしまった。


「どうしてお前が化け物と判別がつかないか、分かったぜ。人間を裏切り、化け物に味方する人間。それは化け物と変わらねぇ。だからオレの勘が、お前を人間と判別しきれないでいるんだ」

「くっ……!」


 両手を塞がれているので、ならばと蹴りをくりだそうとした所で、石塚は私を投げ飛ばした。

 私は地面に尻餅をついて転がる事になったけど、すぐに態勢を整えて再び石塚に殴りかかろうとする。

 お母さんをそんな目に合わせた石塚は、一発でいいから殴ってやらないと気がすまない。その想いが私を突き動かしている。


 でも、再び殴りかかろうとした私の顔面に、逆に石塚の拳が飛んできて殴られてしまった。

 殴られ、態勢を崩したものの、私はすぐに足を踏ん張ると態勢を立て直し、石塚の顔面があるであろう場所に対して拳を振り抜く。と、拳に何かが当たった。ほとんど見ずに勘で放った一撃だから、それが何かは分からない。


 殴った物がなんなのか確認出来ないまま、直後に再び顔面を殴られる事になり、私はついに地面に倒れ込んでしまう。


「つうっ……!」


 二度殴られた顔面が痛い。だけどいつの日か、愛音に殴られたあの一撃よりは軽くて、何も痛くない。いや、痛い。凄く痛いのだけど、でも大丈夫。


 私は顔を押さえつつ石塚を睨みつける。


「いってぇなぁ。お前これ、公務執行妨害だぞ。いや、暴行だ。傷害事件だ。人間なら逮捕される案件だ」


 私の拳は、石塚の顔面にヒットしていたようだ。口が切れたのか、僅かながらに血を出している。

 咥えていたはずのタバコもどこかへ飛んで行ってしまったようで、石塚は倒れた私を不機嫌そうに睨みつけて来る。


「秋月ぃ!コイツを拘束して連れてくぞ!」


 石塚が大きな声で呼びかけると、公園の茂みに隠れていた男が姿を現した。

 防弾チョッキや、ヘルメットに銃器を手にした完全武装の男。ヘルメットのシールドから覗く顔は、石塚の手下の秋月だった。

 秋月の他にも、物陰に隠れていた男達がゾロゾロと姿を現す。皆秋月と同じように完全武装していて、公園の出入り口を塞ぐような形で隠れていた彼等は、総勢で10名。愛音が言っていた通りの人数だった。


「……」


 私が近づいて来る彼等を呆然と見つめていると、私の方へとやって来た秋月が私の腕を掴み取り、無理やり立たせてきた。立たせたうえで、腕はガッチリと掴まれて逃がさないと言う意思を感じる。


「どうするんですか、この子?」

「そいつは人間だが、化け物みたいなもんだ。連れてって拷問してりゃあ化け物を釣る餌に出来る。はずだ」

「人間だけど、化け物……?よく分からないんですけど」

「いいから連れて行きゃあいいんだよ!つべこべ言ってねぇできびきび動け!」

「は、はい……」


 石塚に怒鳴られると、秋月は戸惑いながらも私を引っ張って連れて行こうとする。


 けど私は男に顔面を殴られているのだ。鼻血が出て、口の中も切れているのか痛い。足元がおぼつかず、フラフラだ。

 秋月の方は少しは良心があるのか、そんな私を心配してくれているように見える。

 拘束は、私の腕を掴む秋月の腕だけで、若干甘い。他の男達も私を囲うようについているけど、そちらも油断しているのか穴だらけだ。


「あっ……」

「おっと」


 途中で私が転んでしまうと、腕を引っ張ってダメージがないようにしてくれて、そのまま地面に座り込んでしまう。

 その際に、腕を掴みなおすために私は秋月から解放された。


「……トイレ、行きたい」


 解放されたついでに、私はそう訴えかけた。


「我慢できないのか?」

「出来ない」

「……仕方ない。それじゃあ公衆トイレに──」


 秋月の視線が、公園に設置された公衆トイレに移った。


 その瞬間、私は駆け出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ