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昔話


 石塚は、遠い空を見つめながら話を始める。

 私は話を聞きながらも、周囲を見渡していた。愛音曰く、この公園には10人の石塚の仲間がいる。だけど私の目には、やっぱり誰かがいるようには見えない。


「オレの女房は、オレが警察になって間もない頃に出会った、美人で気立てのいい女だった。お前みたいなちんちくりんより、よっぽどいい女だ」

「……」


 いちいち引き合いに出す必要のない事を言われ、内心腹が立つ。

 でも別に石塚にどう思われようがどうでもいいので、黙って耐えた。あっそうという感じである。


「自分で言うのもなんだが、オレはその頃、全部が順調だった。昼の勤務も、夜の勤務もくたくたになるまで働いて、家に帰れば美人の妻がいる。休日は妻と出掛け、体力がない日は妻と家でゆっくりとくつろぐ。夜は激しく愛し合い、○○〇を○○〇に○○してやがて子供が出来た」

「ぶっ。ちょ、ちょっと!そう言うの、軽々しく言わないでくださいっ」


 そりゃあ大人なんだからそういう事もするだろう。だけど何の遠慮もなく、テレビで放送出来ないような単語を使って説明する必要はどこにもない。

 しかも相手は女子高生であり、セクハラだと訴えられても文句は言えないような状況になって来た。


「最近の女子高生は進んでるって聞くが、そうでもないのか?しかしいい反応するなぁ。もっと詳しく教えてやろうか。なんなら実践も交えてやるよ」

「……」

「睨むな。冗談だ」


 明らかなセクハラ発言に、嫌悪感が溢れ出た。そのせいで本気の嫌な顔で石塚を睨みつけると、石塚は笑って流して話を続ける。


「あー、なんだっけ。あー、そうそう。セックスして子供が出来たんだよ」


 私はもう何も言わず、黙って聞く事にする。


「生まれて来たのは男の子でな。まぁこういうのもなんだが、人懐っこくて可愛い子だった。オレの人生は、妻と子供に囲まれて順調に進んでいって、仕事の方も、家族のために尚更頑張って刑事に出世したりなんかもした。あの頃は、何もかもが幸せだった。多少嫌な事があっても、家族がいてくれれば乗り越えられた。すげぇ嫌な事があっても、乗り越えられただろうな。家族さえいてくれれば、な」


 石塚のその言葉は、家族がいなくなってしまった事を暗に示している。


「子供はすくすく育ってな。あっという間に5歳になった。5歳つったら、もう立派な子供だ。興味がある事には積極的に突っ込んでいくし、大人の言う事も理解出来てんだか出来てねぇんだかよく分かんねぇけど、会話も出来る」


 空を見つめて子供の事を語る石塚の表情は、柔らかかった。

 この人は、本当に家族を愛していたのだと思う。それがどうなったのかはまだ語られてはいないけど、この先に待つのはきっと悲劇だ。


「……あの日は土砂降りの雨だった。オレはある事件の犯人の捜査をしていた。仕事が終わったのは日付が変わって、雨も上がった頃だ。さぁ帰ろうかって時に妻から連絡があって、息子が家からいなくなってしまった事を知った。慌てて帰ったけどな。オレはその時いくつも離れた町にいて、帰れたのは電話があってから2時間後だった。妻が言うには、少しうたた寝した隙に1人で家を出て行っちまったらしい。勿論すぐに警察に連絡して、オレも、妻も、同僚の警察も、一生懸命探してくれた。オレの人生で、一番長い一日だったよ。仕事の疲れも、眠気も吹き飛んで、必死に探したけど結局その日、息子は見つからなかった。けど、息子は見つかった。次の日に、ひょっこり帰って来たんだ。妻は涙して安堵し、同僚の警察もよかったなと、皆で安心して喜び合った。けどその中で、オレだけは喜ぶ事が出来なかった。帰って来たのは、間違いなく息子だ。だけど、違うんだよ。帰って来たのは、オレの息子じゃない。知らない何かが、息子のフリをしている事にオレだけが気が付いた。後から思えば、オレはその時、化け物を判別する能力を手に入れたんだ」

「息子さんが化け物に入れ替わってたって事は、本物の息子さんは……」

「ああ。殺されたんだろうな。化け物に」


 それは少し違う。化け物達は、その人が死ぬ状況にないと、人を食べたりなんかしない。だから化け物が殺したという表現には賛同出来ない。


「もしかして、化け物が人を食べる条件って知らないの……?」


 石塚は、その事を知らないんじゃないかと思った。


「奴らは生きた人間を食う。だがその人間が死の淵になければ食わない。んな事はとっくに知ってる。てか、逆にどうしてお前がそんな事を知ってんだ?」


 私は、あくまで化け物の存在を知らないスタンスでやっていた。

 でも愛音やお母さんの事でこのまま隠すのは無理がある状況にあり、だから割と踏み込んで聞いてみた。口が滑ったとかじゃなくて、もう隠す必要がないのだ。


 もう隠すつもりのない私の質問を、石塚は笑いながらどうして知っているのかと尋ねて来た。


「なら、化け物が殺したっていうのはちょっと間違ってる」


 私は石塚の質問をスルーしておく。答えるのが面倒だし、どう答えたらいいかも分からないから。

 スルーして、化け物が殺したという所にだけ噛み付いておく。


「違わねぇよ。生きた状態にある人間を食う事によって、化け物は人間に化ける事が出来る。はっ。本当にただの化け物じゃねぇか。それにな、法律じゃどんな状況にあろうと、生きた人間にトドメをさすのは罪になるんだぜ。お前のその発言は、法律を否定している」

「……」


 私は何も言えなくなってしまった。

 確かに死にかけているからといって、トドメをさしてもいい訳じゃない。法律の中では、確かにそうだ。

 だけどそれを肯定してしまったら、化け物は人間を食べる事が出来なくなってしまう。化け物達が死の淵にある人間しか食べないのは、きっと自制しているからだ。生きた人間を無理に食べて人間に化けるのではなくて、死にかけている人を食べる事によって成り代わり、社会に溶け込む。それで自制してくれるのなら、いいじゃないか。


 放っておいたらどうせ死ぬのだし、だったら化け物に食わせて人に化かせればいい。


 ……なんて言い切れる人間は、少数なのだろう。だから石塚達のような組織が生まれ、化け物を排除しようとしている。

 化け物達も一枚岩ではなくて、新種と旧種という2つの組織に分かれ、思想が違う。


 皆、割り切ればいいのに。そう出来れば、争いなんて生まれない。


「話の続きだが、オレは帰って来た息子を殺した」

「……え?」

「帰って来たのは、化け物だ。最初は自分の思い過ごしかと思ったが、数日生活してみて、接すれば接する程、アレが化け物だと言う確信を得る事が出来た。だからオレはアイツの寝こみを襲って、首をしめ、殴って、刺して、殺した。相手は子供だから、殺すのは簡単だった」


 ……ああ、そうか。


 私はお母さんが化け物だと知ったあの時、お母さんに本気の殺意を向けてしまった。でも愛音が止めてくれたおかげで冷静になれて、事情を知る事によって化け物になったお母さんを否定せずに済んだ。


 だけど石塚には止めてくれる人がいなかった。

 大切な人が化け物になってしまったという確信があり、その確信が彼を突き進めさせ、溢れる殺意をぶつけてしまった。


「物音で起きた妻が、息子を殺すオレを見てパニックになって、それからは酷い事になった。死んだ息子を妻が抱きかかえ、必死にオレから庇おうとするから妻を、オレは殴った。化け物から引き離すためだ。仕方ない。だが結局妻はオレから逃げて家を飛び出し、近所に助けを求めた結果警察がオレの家に駆け付けてオレは逮捕。牢獄にいれられちまった」

「……」

「だがな、安心しろ。結局オレは、無実になった。というより、何もかもがなかった事になったんだ。オレは息子を殺したりなんかしていない。息子はまたどっかにいっちまって、どうなったか誰も分からない。それは本当だ。オレがこの手で殺したはずの息子は、消えちまったんだよ。訳が分からないオレに、とある連中が接触して来た。人化生物対策課と名乗る連中でな。オレはそいつらから、人に化ける化け物がいるって話を聞かされた。あれこれ聞かれて、それからオレは人化生物対策課にスカウトされて入る事になった。オレの、化け物を見分ける力を買われた結果だ。それからは、楽しかったぜぇ。化け物と疑わしき人間に殺虫剤をくらわせて、殺して来た。結果、前よりも出世して課の中じゃエリートと呼ばれる存在になったんだ。すげぇだろ」

「……奥さんは、どうなったの?」

「別れたよ。アイツは、オレが息子を殺したと言って錯乱し、聞かなかった。実際オレが殺したのは化け物だし、その死体もどこかへ消えちまったから妻は頭がおかしくなったって評判になった。で、離婚してお互い好きなように暮らすようになったって訳だ」


 それは、誰も幸せにならない物語だった。

 化け物の存在が、一人の男の人生を壊してしまった。胸が苦しくなり、若干だけど石塚に同情してしまう。


「ま、こんな感じでオレは息子を殺したんだが、お前はどうだ?」

「わ、私?」

「そう。それこそ、オレがあんたに聞きたかった事だ。あんたは自分の親が化け物だと知っていた。化け物だと知った時、どう思った?自分の親に成り代わった化け物を、殺したいと思わなかったのか?」

「……思ったよ。私だって、お母さんを返して欲しいって訴えかけて、お母さんに殺意を向けた」

「だよな!やっぱそれが普通だよな!で、どうした!?殴ったのか!?刺したのか!?」


 石塚のテンションがあがって、ちょっと怖い。


「何もしてない」

「は?」

「愛音が、止めてくれた。そしてお母さんと改めて話す機会を得る事が出来て、化け物に成り代わっても、お母さんはお母さんだと思えた。だから、仲直りしてそれ以降は普通に接してる」

「なんだそりゃ……。相手は化け物なんだぜ!?それが分かった時点で、もう人類の敵だろ。お母さんは、お母さんだぁ?んな事あるかぁ!化け物は化け物だ!人様を食って化ける化け物を、何故殺さない!?」

「……例え化け物だったとしても、思い出は消えたりしない。一緒に過ごした楽しい事も、楽しくない事も、家族だった時を想えば殺したりなんか出来ないよ」

「……」


 私の想いが通じたのだろうか。石塚は黙り込んで、虚空を見つめる。

 チラチラと見て反応を伺っていたら、突然石塚が立ち上がった。そしてポケットからタバコを取り出して、火をつける。


「んなっ」


 先程吸うなと言ったのに、無視して吸い始める行為に私も我慢できなくなり、私もベンチから立ち上がる。


「あんたの言いたい事が、オレには全く理解できねぇ。化け物は、化け物だ。駆除すべき対象。それ以上でも、それ以下でもない。そもそもお前とオレとじゃ、考え方が違くて、だから全く参考にならなかったんだろうな」

「意固地になって化け物を殺そうとしか考えてない方が、よっぽど理解できないけど」

「おう、その通りよ。オレは化け物と判断した奴は、絶対殺す。ちなみにお前の母親も、もう殺しちまった。殺虫剤を吸わせて無様に溶けて死ぬまでガスをかけ続けてやった」

「お母さんを……殺したの?」

「おう。ごめんな」


 まるで悪びれていない謝罪に、私は怒りがこみ上げて拳を強く握った。


「母親の行方を教えてやったんだ。次はお前が、七瀬 愛音の居場所を教える番だ。だろう?」


 石塚が背中に手を回すと、徐に黒い塊を取り出し、その先端をこちらに向けて来る。


 黒い塊は、銃だった。


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