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意地悪


 約束の時間が近づき、私は石塚に指定された公園近くまでやって来た。

 4日間眠りっぱなしなだけあって、体力はだいぶ落ちている。ここまで歩いて来るだけでだいぶ疲れて、塀に手をつきながら歩く姿が情けなく思う。


 でも、気合で歩いて来た。


 ここまで歩いて来て目で見た町は、寂れていた。いつもの活気がどこへ行ったのか、静まり返っている。それでも仕事に就いている人は休めないのか、まばらだけど人の姿はある。恐れ知らずの子供……と言っても、私と同年代くらいの子の姿もあった。生きるためには食料も必要なので、買い出しにも出なくてはいけないだろう。

 いつどこから化け物に襲われるかも分からない状況でも、人はいつまでも家の中に引きこもっていられない。


 私はそんな寂れた町の中を、更に歩いて行く。

 隣には誰もいない。私と愛音は色々と作戦を練り、とりあえずは私が一人で石塚に会いに行く事にしたのだ。


『大丈夫、咲夜?結構辛そうだけど……』


 でも、愛音はどこかで私を見ている。


 そして私の耳の中にいる愛音の分体とやらが、私を心配して声を掛けて来てくれた。

 私達の強みは、コレだ。分体によって私に話しかけて来る人間の声はもれなく愛音に届くし、愛音の声も誰にもバレる事無く聴く事が出来る。


「大丈夫。……今更だけど、こんな事に付き合わせてごめんね」


 私達は、安全な場所にいた。なのに安地を飛び出し、危険な事に首を突っ込んでいる。私はともかくとして、愛音は命までもが危うい。それなのに文句を何も言わずに付いて来てくれる愛音が、優しすぎて辛い。


『こんな事じゃない。咲夜がどうしてもしたいなら、私もしたい事になる。それに、そもそも咲夜を巻き込んでるのは私達化け物よ。この間も私のせいで静流に酷い目に合わされて、本当に申し訳なく思ってる』

「その話はもういいよ。ていうか愛音のせいじゃないし」

『じゃあ咲夜も謝ったりしないで。私に、堂々と付いて来てってお願いして。それでおあいこって事にしましょう』

「……うん」


 本当に、愛音は優しい。こんな優しい言葉をかけてくれる友達が、過去にいただろうか。思い返してもどこにもいない。


「……でも愛音は、どうしてこんなに私に優しくしてくれるの?」


 今思えば、出会った時から愛音はずっと優しかった。

 本来愛音は七瀬さんの意志を継ぎ、私を虐める役割があったはず。でもそれを放置して、私と仲良くなりたいと言った。仲良くなるためのキッカケはちょっと痛かったけど、おかげで全てが私にとっていい方向に動き出し、学園生活が楽しくなり始めた。

 お母さんの正体を知った私が暴走しそうになった時も、止めてくれた。そして私に考える時間を与えてくれて、お母さんと仲直りする事が出来た。


 愛音のせいでそうなった部分もあるにはあるけど、全部愛音のおかげだ。愛音のおかげで、愛音と出会う前よりも心が充実している。


『私は優しくなんかない。でもそう感じるのだとしたら……たぶんそれは、優しさと言うより恩を感じてるから、だと思う』

「恩……?」


 私は愛音に、何かしてあげただろうか。

 特に思い当たる節がなく、首を傾げる。


『……実はね。私と咲夜って、昔に一度だけ会った事があるのよ』

「え?」

『でも勿論その時の私は今の──七瀬 愛音の姿じゃなかったから、咲夜が忘れてるって訳じゃない。でも私の事をハッキリと覚えてくれている事は、最近分かった』

「ちょ、ちょっと待って。一体いつ、どこで、誰が愛音だったの?」

『ふふ。知りたい?』

「知りたい」

『今はダメ。今度ゆっくりと、時間がある時にちゃんと向かい合ってお話しましょう。今は咲夜のママの救出が優先。でしょ?』

「えー……」


 愛音は時々意地悪になる。こんな時にこんな気になる話を持ち出さなくてもいいじゃない。持ち出した上でお預けとか、もどかしい。


 しかし記憶の中のどこを探っても、愛音っぽい人と会った事なんかない。勿論化け物と出会った事もないので、思い当たる節がどこにもない。


『集中して、咲夜。正面から来る人間、咲夜を気にして見てる。もしかしたら石塚の手下かも』


 そう言われて正面を向くと、男の人がこちらに向かって歩いて来ていた。どこにでもいそうな、普通の中年の男の人。手には買い物袋が下げられていて、近くのスーパーに買い出しにいっていたと予想できる。だけど愛音の言う通り、私の方をチラチラと見てどこか警戒されているような気がする。

 本来なら逆であるべき状況が、今の町の状況がそうはさせない。

 私は彼が化け物ではないと分かっているけど、向こうは私が化け物ではないという確証がないのだ。襲われないか、不安にかられての行動だろう。

 あるいは愛音の言う通り、石塚の手下かだけど……通り過ぎて行ったので、それは違そうだ。


「違ったね」

『でも公園はもうすぐそこよ』

「うん」


 改めて、私は気合を入れて公園へと向かって歩き出した。


 そしてようやく公園につくと、そこには誰もいなかった。いつもは小さな子供が数人くらいは遊んでいるか、近所のおばさんが話し込んでいるかで人の姿がある時間帯なんだけど、誰もいない。正確に言えば、1人だけいる。


 公園のベンチに腰掛け、火のついたタバコを口に咥えて煙を吐く白髪交じりの男。だらしなく深めにベンチに腰掛け、虚空を見つめるその姿は、リストラされてやる事がなくなってしまった会社員のようだ。


『……なんか、あの姿哀愁があるわね』


 どこで見ているか分からないけど、愛音も同じ事を思ったのか耳の中でそう感想を述べた。


『石塚の他にも、周囲に十人隠れてる。咲夜のママの気配はないわ。ここにはいないか、どこかに隠されているか……』


 こんな狭い場所に10人も隠れていたら普通は何人かは見えそうだけど、とりあえずはどこかに人がいるようには見えない。そして無理に探そうとはしない。

 石塚の目的は、愛音を殺す事だ。だから1人で来るとは思っていなかったので、そこは予想通りである。お母さんに関しても、素直に連れて来ると思ってなかったので、こちらも予想通り。

 だけど、会って生死を確認出来たら良かったのにと、残念な気持ちもある。


 私は公園の中に足を進めると、虚空を見つめていた石塚がこちらを見据えた。


「よう、桜 咲夜!やっぱまだ町の中に隠れてやがったか」

「……」


 私の姿を見て、石塚が友達に挨拶でもするかのように、手をあげて明るく話しかけて来る。

 それに対して私は黙って歩き、石塚からある程度の距離を取った場所で止まった。


「……七瀬 愛音はどこだ?」

「その前に、私のお母さんがどこにいるか聞かせて」

「化け物の事がそんなに気になるか?知りたきゃ情報交換と行こうぜ。そっちは七瀬 愛音の場所を。こっちは桜 陽真璃の場所を教える。簡単な事だ。そうだろう?」

「それじゃあそっちから教えて」

「いいや、お前からだ」

「ダメ。信用出来ない」

「こっちは正義の味方の警察様だぜ?約束はちゃんと守るっての」

「無理」


 相手が本当に警察なら信じてしまうかもしれないけど、相手は石塚だ。私の中では警察と石塚は別物であり、信じるに値しない。


「ははっ。嫌われたもんだ!」


 何が面白いのか、石塚は笑いながら煙草を携帯灰皿の中に落として、しまった。


「じゃあとりあえず、オレの昔話をしよう。しがない刑事の、昔の話だ。隣座れよ」

「昔話?私は早くお母さんの居場所を聞きたいんですけど」

「それを話す前に、お前には聞いておいて欲しい話だ」

「……」


 そう促されるも、私は彼を信用していないので立ち尽くして睨みつけたままになる。


『いいじゃない。どんな話か気になるし、とりあえず聞いてみましょう』


 愛音はそう言うけど、私は気にならないんだけどなぁ。むしろそんな事のために、石塚に近づくと言うリスクを冒す必要性を感じない。


「聞いてくれないとおじさん拗ねるぞ?てか、お前の大切なお母さんの居場所が一生分からなくなっちまうぞー?」

「っ……!」


 そう言われると、私は動かざるを得なかった。

 仕方がないので、指示された通りベンチに腰掛ける。

 でも座ったのは石塚の隣ではなくて、石塚が座ってるベンチの横に設置されたもう一つのベンチの端っこで、出来るだけ離れた場所になる。


「……ま、いいだろう」


 石塚は苦笑いしつつも、これで満足して語り出そうとする。

 しかしポケットの中からタバコが取り出されるのを見て、私は抗議の声をあげずにはいられなくなる。


「タバコはやめてください」

「なんだよ、臭いが苦手だってか?」

「好きでも嫌いでもありません。でもここは公園で、タバコを吸うにはふさわしくない場所だと思います。正義の味方の警察のおじさんもそう思いませんか?」

「ちっ。分かったようるせぇな……」


 石塚は悪態をつきながらも、タバコを吸うのを断念した。


「あー……あれは十年くらい前の話だ。こんなオレにも、妻と子供がいたんだよ」


 こんな、という部分に激しく同意してしまう。

 でも余計な事は言わず、お母さんの居場所を話す前に聞いて欲しいと言う話に、私は耳を傾けるのであった。


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