希望
桜 陽真璃とは、私のお母さんの名だ。
どうして石塚がお母さんの電話に出るんだ。
そんな疑問をぶちける余地もなく、石塚は話を続ける。
「なんで娘の番号が登録されてねぇんだよ……。まぁいいや。なんかお前、化け物にやられて重傷だったみたいじゃねぇか。あそこで化け物に捕まってた人間達は背中に変なもんをつけられて、どうやらそれが神経と繋がってたみたいな話を聞いたぜ?んで、自由に痛みを与える事が出来るようになって、拷問されてたとかなんとか?お前もされてたんだろ?拷問。痛かったか?ははっ」
石塚が楽しそうに、まるで友達と他愛ない話で盛り上がっているかのように話して来る。
そんな話を聞かされ、青ざめている私に気付いたのか愛音がこちらを心配そうに見て来た。そこで私は会話をスピーカーにし、愛音にも聞こえるようにする。
「あそこで捕まってた人間は、化け物どもを全員殺虫剤で殺してからお前以外全員救助したぜ。救助はしたけど、背中につけられた妙なもんを化け物から切り離したら人間の方が動かなくなっちまってな。医者によると神経が切り離されて、全身麻痺しちまったらしい。どうしたもんかって考えてたら、背中に残ってたもんが腐って来て、人間の方も腐るのが移って死んじまった。ひでぇ事しやがるな、化け物は。なぁ!?」
酷い事をすると言いながら、石塚の声は尚も明るい。楽しそうにそんな事を話す石塚が、私は信じられない。
「で、どうしてあんたは生きてんだ?他の人間は死んだってのに、どうして一人だけ生き延びて、自分の母親に電話して来てるのかって、おじさんに教えてくれるかなぁ?」
「……お母さんは、どこ」
「あ?こっち質問に答えてくれない奴に、教えてやるもんかよ。まずは軽く情報交換といこうや」
何かを吸うような音がして、大きく息を吐く音がした。
臭いは電話越しで嗅げないけど、タバコか何かを吸っている気配がする。
「咲夜は、私が治療して助けたわ。私、分かるでしょ?」
私の代わりに電話に向けて答えたのは、愛音だ。
「やっぱりそうかよ、七瀬 愛音。てめぇが化け物どものアジトから桜 咲夜を連れ出し、治療し、だから今生きているってか」
「そうよ。答えたんだから、どうして貴方が咲夜のママのスマホに出たのか、教えて」
「その前にもう一個聞いとくが、おい、桜 咲夜。お前は自分の母親の正体を知ってたのか?」
「……」
やっぱり、石塚はお母さんの正体に気付いてしまっていた。お母さんが化け物だと知った上で、お母さんのスマホを持って私からの連絡を待ち構えていたのだ。
「……この場合の沈黙は、肯定に等しい。やっぱ知ってたんだな。七瀬 愛音の正体も、自分の母親の正体も。知って、その上で仲良くしてたってか?お前どうかしてるぜ?」
「ち、ちが──」
「質問に答えさせてもらうが、単純な事だ。捜査で桜 咲夜の家に行ったら、応対した桜 咲夜の親が化け物だった。だからこっちで身柄を確保させてもらった。娘から電話がかかって来るかもしれないから、電話は没収させてもらって代わりにオレが対応してるって訳よ」
私の言葉を遮り、石塚は私達の質問に答えた。
この男は、基本人の話を聞いてくれない。淡々と自分が喋りたい事だけ喋り、質問した事以外の言葉は受け入れずに遮って来る。
会話が非常に困難なタイプだ。というかハッキリ言うと、話してるだけでむかつく。
「咲夜のママはどこにいるの?」
「いるよ。オレの近くに。会いたきゃお前ら二人でオレが指定する場所に来い。期限までに来なければ桜 陽真璃は殺す。場所はそうだなー……桜 咲夜の家の近くに、小さな公園があるだろ。そこがいい。期限は今日の夕方16時。それまでに二人で来い。以上」
「……」
そこで電話は切られた。あまりにも一方的に言い放たれ、私達は沈黙する。
お母さんが、石塚に捕まった。
そしてお母さんを取り戻すには、愛音と一緒に指定された場所に行かなければいけない。
完全に罠だ。石塚は愛音を誘い出し、殺そうとしている。お母さんも、会いたければ来いと言われただけで、返してくれるとは言っていない。
あまりにも分かりやすくて、石塚はわざと言っているとしか思えない。
「……咲夜」
「分かってる。分かってるよ……」
化け物を捕らえた石塚が、お母さんを無事でいさせるとは思えない。無事だったとしても、研究所とやらに連れていかれているはず。
繰り返すけど、コレは罠だ。愛音を殺すか、捕まえるために石塚が誘い出そうとしている。
「お母さん、殺されちゃったのかなぁ……?」
「……たぶん」
震える声で尋ねると、愛音は私を抱きしめながら、同意した。
お母さんが殺された。ショッキングな出来事に、涙が溢れ出て来る。まだ確認した訳ではないし、確定とまでは言えないけど……確信めいた物を感じる。
「でも大丈夫よ、咲夜。化け物は、殺されたとしても肉片の一個でも残っていればそこから再生する事が出来るから。それに、私達には分体もある」
「……分体って、私の耳にあるやつみたいな?」
「そう。ママから聞いたの?」
「うん……これがあれば、化け物は死なないの?」
愛音は私に対し、誤魔化すような笑顔を浮かべるだけで答えてはくれなかった。
代わりに私をぎゅっと抱きしめたまま、沈黙が続く。
「……この様子じゃ私のママも怪しいわね」
やや沈黙があった後に、私の涙が収まって来た頃、私を離しながら愛音が呟いた。
「だ、大丈夫なのかな?」
「大丈夫よ。それより咲夜のママの事だけど、咲夜はどうしたい?やっぱり、罠と分かっていても行きたい?」
「……うん」
冷静に考えれば、お母さんが殺されてしまっている以上、行く意味がない。だけどお母さんが死んでしまったという確証がないので、とりあえずは要求に従って会いに行きたいと言う気持ちもある。
そこで本当にお母さんが殺されたのがどうかを確かめておきたい。
「じゃあ、行きましょうか」
「うん。私一人で行ってくるよ」
石塚の狙いは、きっと愛音だ。愛音を連れて行ったら、次は愛音が殺されてしまうかもしれない。
「もし咲夜が一人で行ったら、どうなると思う?次は咲夜が連中に捕まって、私を誘い出す餌にされて同じ事の繰り返しよ。だったら始めから一緒に行った方がいい。大丈夫。咲夜は私が守るから」
愛音は本気だ。きっと何を言ったって付いて来る。私も、何を言われたって石塚の所に行く。だったら最初から、そのつもりで作戦をたてて行った方がいい。
「……分かった。それじゃあ、一緒に来て欲しい」
「うん」
愛音は満足そうに頷き、私の手を握って来る。私もその手を握り返す。
「ただし、勿論普通にのこのこと姿を現したりはしない」
「何かいい案があるの?」
「何もない。悔しいけど私だけじゃ何も思いつかない。だから愛音にも一緒に考えて欲しい。一応お母さんが石塚に捕まっていると仮定して、石塚を出し抜いてお母さんを救出する方法を。勿論愛音も私も無事で済むように」
「……難しそう。でも確かに普通に会いに行ったんじゃ、普通に捕まって終わりだものね。何か策を練って行くのには私も賛成。まだ時間はあるし、一緒に考えてみましょう」
難しいと言いつつ、愛音は私に協力してくれる。いつだってそうだ。彼女は私のためを想って行動してくれて、私の危機には駆け付けてくれる。
まるで私にとっての王子様のようで、私が彼女に惚れない要素はどこにもない。
「咲夜?何を笑ってるの?」
「へへ。さっきの愛音の裸を思い出して」
「……もう。真面目に考えて」
私がふざけた事を言うと、愛音は掴んだ私の手を離し、離した両手で軽く私の頬を挟み込んで来た。
相手が化け物だろうと、なんだろうと関係ない。こんな平和な時間さえ続けば、私は文句ない。
お母さんとも、この時間を共有したい。
希望は最後まで捨てずにとっておき、石塚に会いに行く。




