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第八十六話 唯一の存在

 目的は済ませたので大教授とフロマージュはエネアを連れて帰るだけであったが、トーナルが提案をする。

厳密には来る事を予見していた時から準備していたので帰られては困るのだ。


「食事もしていきな」


 有無を言わせる気がないことを察して大教授とフロマージュは従うことにした。意外にも家事が得意であり趣味なトーナルは手際良く料理を作る。

メニューはオムライス、刺身盛り、豚の角煮、ツナサラダ、オニオングラタンスープとフロマージュが好物だった。


「フロマージュ、どう?」


 妙に自信のある言い方だった。幼いながら下の肥えているフロマージュも頷く程の絶品である。しかし……


「美味しいわ。母さんの料理の方が美味しいけど」

「あ?」


 露骨に不機嫌になる。


「そんなに母さんに負けるのが嫌なの?」

「ミィ(嫌に決まってるよな)」

「喧しい……それよりアンタも食べろ」


 料理に手をつけていない大教授に対して言う。


「食事はリロードの役目って感じで任せてたけど、別に食べられないわけではないんでしょ」

「反対に言えば口にする必要もない」

「そこは食べろ」


 師匠の言葉に渋々従う。五感の中で味覚だけ鈍い大教授であるが美味かどうかは判断可能である。昔食べた事があるから懐かしさを覚える味を覚えた。


「久しぶりの食事になるの?」

「少し前……向こうの世界でスエレと何度か摂った」

「ちっ!」


 忌々しく舌打ちする。大教授は食事による栄養補給をしなくても生存に問題ない。故に必要の無い食事をしたということはスエレへの愛情であると察したのだ。


「リロードと違って私は食事の良し悪しには疎い」

「あれも食べられればなんでもいいんじゃ……」


 フロマージュが口を挟む。実際にリロードは相当な悪食である。端的に口に入ればなんでも良いのだ。


「懐かしい。そして、よく作られていると思う」

「褒められてはいるんだろうけど、微妙な評価だ」



 食事を終えたフロマージュは部屋の飾りに目を配らせていた。前に来た時から大きな変更として棚の上に犬や猫、兎の姿があった。


「人形……というかぬいぐるみ? 師匠の趣味だっけ?」

「なんとなく集めてみただけ、欲しいならあげるけど」

「くれるなら……この子、キューブに似てるのね」


 茶色の犬のぬいぐるみはペットのキューブに似ていたのだ。目が合うとぬいぐるみが僅かに動く。


「ワンっ!」

「吠えたっ!? ってこの子、本物のキューブね」

「この為に人形を用意したのか」

「まあね」


 特に理由の無い悪戯のようなものだった。また、キューブも嫌なわけでなくぬいぐるみの真似をするのに乗り気だった。


「呆れたわ。貴方もなにをしてるのよ」


 キューブを抱き寄せゆっくりと床に置く。トーナルの元に預けていた事を今の今まで忘れていた事は言わないことにした。


「ワンっ」

「暇だったってこと?」

「マージュ、犬の言葉分かるの?」

「ううん。言葉は分からないけどなんとなく」


 少しだけトーナルは嬉しそうにする。魔術の才能とは別の部分で優れた能力を持っている事が誇らしいのだ。


「連れて帰る?」

「クゥン……」

「ううん。この子はまだ此処にいたいみたい。やる事があるって……まだ帰らないから少し遊びましょう」

「ワン!」


 尻尾を大きく振る。フロマージュと遊べて嬉しいようだ。


「引き続き預かるのは別に良いよ。エネアも居なくなるわけだしね」


 小動物が嫌いではないから面倒を見るのは構わなかった。



 フロマージュが庭でキューブと遊んでいる。猫派であるが犬とも楽しく遊ぶ魔女である。


「子どもらしいね」


 普段は大人びてるというよりも背伸びしがちだがキューブと遊ぶ姿は年相応だった。


「アンタがマージュと同じ年の時は……」


 懐かしみ愉しむようにトーナルは紡いでいく。永い時を生きる魔女であるが幸福な時間は僅かであった。その僅かな時間が弟子の成長を見守る時だったのだ。


「アンタは」

「その為に生きている」

「そう……」


 最後まで言う前に即答される。


「アタシはアレ(スエレ)が嫌いである以上に恐れている」


 恐れと無縁な存在であるトーナルが口にする意味、大教授も理解はしていた。

言葉にしなくても通じ合えるがトーナルは敢えて口にする。


「アンタがディエレーズや魔人達に殺されるとは思っていない。だけどアレだけはアンタを唯一殺せる存在なんだ。だからアタシは恐れている。それはきっとディエレーズも一緒なはず」

「トーナはスエレが私を裏切ると思っているのか?」

「そうじゃない……訳でもない。仮にアンタとマージュ、リッシュの命を秤にかけたら」


 その場合は子ども達を選ぶと大教授は思う。


「その場合は良い。トーナ、私はスエレが私を裏切らないと思っていない。裏切られても良いと思っている」

「…………、」


 大教授の本当の名前を口にする。名前を知る数少ない一人がトーナルである。


「如何なる理由があろうとアタシは赦さない」

「その為にも死なないな」

「当たり前、約束した通りアタシより先に死なないこと」


 最初にトーナルと交わした約束を果たすことを再び誓ったのだった。


いつも最後まで読んでくださりありがとうございます。

次回は再来週の水曜日の18時〜20時の更新になります。

また、不定期に過去の話の修正と加筆を行う予定です。


誤字脱字報告や感想、評価などいただければ今後の励みになりますのでどうかよろしくお願いいたします。

また、ここが分からないやここがおかしいなどの疑問もあれば気軽に質問ください。

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