第七十七話 流石はお嬢様です。
「くぅん」
私の足元でワンちゃんが鳴きます。
「この子の名前はありますか?」
「付けていません。猫派ですので」
それは関係あるのでしょうか? 付いていないなら付けて良いってことですね。
茶色くて丸い……まんまる。
「【まんまる】はどうでしょうか?」
「くぅん……」
ものすごく不満そうにした力のない鳴き声です。
「そうね。貴女はネーミングセンスは駄目だったわ。確か双子も貴女が命名したわけではないでしょう」
「聞いた話では姉が名付けたようですね。姉も偶々目に入った酒とチーズから付けたのが真相ですが、当人達は名前を気に入っているので問題ないですが」
提督が補足してくれます。あの子達を出産した前後の記憶が曖昧ですが旦那様が名前を教えてくれた事はよく覚えています。
「名前なら双子かレティちゃんに付けて貰えば良いわ。私は提督と話すことがあるから貴女はその犬を連れて退出なさい。
「ワンッ!」
ワンちゃんが尻尾を振ってます。
「エルシア様、私は」
「貴女は私の護衛役でしょうが……」
メイさんが一緒に行きたそうにしてましたが、役割なので仕方ありませんね。
リードを付けた方が良いのかなと思いましたが、室内だから良いと結論づけます。そもそもリードを持っていません。
「お嬢様達は厨房だから今は良くないですね」
何処か別の場所に行こうと考えているとワンちゃんが突然走り出します。床を引っ掻くように勢いよく走ってます。突然のことに呆気に取られてしまいましたが急いで追いかけます。
「ワンッ!」
「なんかいる……」
追った先にはリッシュちゃんがいました。
「この犬はどうしたの?」
「私が面倒を見ることになったんです。でもお名前を付けてないから皆で考えようと思ったの、マージュちゃんとお嬢様はまだお米の作業中かな?」
「ううん。一通り終わったからモポ姐とマージュは部屋に戻ってる。ノルカは作業中だけど」
説明しながらもリッシュちゃんの目線はずっとワンちゃんを見ています。
「気に入った?」
「うん」
「私はお嬢様のお部屋に行くけど一緒に行く?」
「この子と一緒に行く」
ワンちゃんと同じ速度で歩いてます。ワンちゃんもリッシュちゃんを気に入ったのか尻尾をふりふりしてます。もしかしなくても私よりも懐いていませんか?
「マージュは猫が好きだけど、ぼくは犬の方が好き」
「ワンッ!」
「でも一番好きなのは兎」
「……ワンッ!!」
ワンちゃんがすごく悲しそうにしてます。
「リ、リッシュちゃん」
「……キューブ、君の名前はキューブで良い?」
「ワ、ワンッ!!」
気を逸らす言葉だと思いますが尻尾を振って目を輝かせています。気に入ったみたいです。キューブ……つまりキューちゃんですね。
「キューちゃん」
「ワンッ!」
名前を呼ぶと喜んでくれました。本当はお嬢様とマージュちゃんも交えて決めたかったですがキューちゃんが気に入ったのならそれが一番です。
「ママァァァァァァァ!!!!!」
遠くで私を呼ぶ声が聞こえます。エルシア様がいればお怒りになる行動ですね。
しかし、ノルカさんは無意識に騒ぐ事はあまり……はい、あまりないはずです。
「どうしたんですか? あまり騒ぐと怒られてしまいますよ」
「た、大変でござる。凄いお客人が来た」
慌てた形相から尋常なことではないみたいです。今日はお客様が多い日ですね。
「誰が来たのさ?」
「おう、リッシュ君もいたの。それにこの可愛らしい小汚ぇ畜生は何処の馬の骨でござる」
「ガルルゥ!!」
キューちゃんが初めて見る怒り顔でノルカさんに唸っています。あと、悪気は無いと思いますがノルカさんには後でお説教です。
「弱い犬は吠えるよく喚くと聞いたことあるでござるが、本当でござった。ん、それで来たのは兄者の母君、だからリッシュくんの祖母殿」
「ガルゥ!!」
「……夫婦でいらしたんですか」
お義母様まで来られるのは、ぜひご挨拶しなければと思いました。あと、やっぱり後でお説教ですね。
「いんや提督殿は来てないよ。それよりも! 兄者を止めないと」
「どうして旦那様をですか?」
「えーと、あの二人もの凄ぉく仲悪いのでござる。多分、殺し合いする」
穏やかな事態ではありません。
走るのはあまりよくないけど急を要するので走ります。
リッシュちゃんとキューちゃんはノルカさんが抱いていますがキューちゃんが思いきりノルカさんの頭を噛んでいます。それはお腹を壊すから今すぐにやめましょう。
「兄者ぁ、死ぬんじゃないでござるぅぅ!!」
あの、縁起でもないこと言わないでくださいね。それと頭は大丈夫ですか? 痛くないのですか?
「喧しい」
「あ、ノルカさんだ。お姉ちゃんとリッシュちゃんも」
保管庫前の長椅子に旦那様とお嬢様が座っていました。それからお嬢様の隣に座るのは……旦那様に似た若い女性です。
珍しいオレンジ色の長い髪で雰囲気が少しだけマージュちゃんにも似ていると思いました。
「あ、婆さんだ」
「……リッシュ」
リッシュちゃんが反応を示した女性、もしかしなくてもお義母様です。純血の竜と聞いてますので若い姿をしてるのは不自然ではありません。
リッシュちゃんが面識があることにに驚きましたが、少し前に旦那様がマージュちゃんも一緒に三人で里帰りした時があるのでその時に会っていたのかもしれません。
「なんで兄者と祖母殿は喧嘩してないの? 拙者は兄者が虫の息になってると思って駆けつけてきたのに」
「妄想が過ぎる。何故、私が下級竜に負ける想定になる」
「混ざりもの風情がよく吠える」
下級竜……混ざりもの……あの、親子とは思えない罵倒の言葉です。
「モポ姐がいるから喧嘩してないんだね。それで婆さんは何しに来たのさ?」
「くぅん」
「わっ、リッシュちゃん! その子は!?」
ノルカさんの頭から口を離したキューちゃんはリッシュちゃんの足元で寄り添うようにちょこんと可愛く座りました。
キューちゃんの存在に気づいたお嬢様が触りたそうにしています。
「ぼくのペットのキューブ、モポ姐触ってみる?」
「うん!」
キューちゃんに優しく触れるお嬢様、仲良くなりそうで嬉しいですね。
「あの、お義母様とお呼びしてよろしいでしょうか?」
「……の娘か」
お義母様はボソッと何か言いました。
「構わない。これと番になるとは変わり者ね」
「それでなんで来たの?」
リッシュちゃんが問いかけます。
「これを始末しにきた」
旦那様を指していました。
「えーと、旦那様は貴女の」
「だからだ」
「私を殺せるとは随分思い上がっているな」
一触即発という言葉が頭をよぎります。今にも殺し合いをしそうな……いえ、しようとしてますっ!!
「二人とも駄目だよ」
お嬢様が強くはっきりと仰いました。
すると旦那様とお義母様は動きを止めました。殺意も収まっていました。
やっぱりお嬢様は凄いです。
いつも最後まで読んでくださりありがとうございます。
次回は再来週こ水曜日の18時〜20時の更新になります。
また、不定期に過去の話の修正と加筆を行う予定です。
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