第七十三話 甘味を用意しましょう
踊りの練習を終えると時間がまだあったのでドレスから侍女服に着替えます。着替えたのはお嬢様達の様子を見にいくためです。
調理場に近づいていくと空気が変わる感覚がありました。
怒号に絶叫が聞こえてきて例えるなら戦場のようでした。
軍属の方達の声ですが現場は大丈夫なのでしょうか?
中に入ると皆さんが洗練された動きで働いています。
現場で指揮を取っていた背の高い男性が私に気づいて近づいてきます。
「あら、侍女長さん」
「ベルウッド少将、お疲れ様です」
ベルウッド少将は高位の軍人なだけでなく女性よりも女性らしく品のある男性です。だから少しだけ圧倒されてしまいます。
「ノルカちゃん達ならあっちよ……ほら、そこの貴方達は手を抜かないの、抱くわよ」
「ひっ!!」
私はベルウッド少将に感謝して邪魔にならないように移動します。また、指摘を受けた手を止めていた部下の人達が悲鳴を上げています。旦那様曰く飴と鞭の使い方がとても上手なのがベルウッド少将なのです。
「あ、ママぁーー!!」
ノルカさんが元気に手を振っています。でもお米を洗ってる最中だと手に付いた水と米粒が飛ぶので駄目ですよ。
「…………」
マージュちゃんは真剣でした。だから無言でお米に向き合っています。得意属性が水属性だから水を使う事に拘りがあるのかもしれません。邪魔をしてはいけないと思い今は声をかけない事にしました。
「お疲れ様です。リッシュちゃんとお嬢様はどちらに?」
「ちょっと前まで拙者達と一緒にお米を研いだり炊いたりしてたんだけど、菓子類の人手が足らんとメノア殿が騒いで二人はそっちの手伝いに行ったでござる。お米の方は無駄に人手が増えたから」
菓子作りの人材が少ないのはフリングル公爵領の問題の一つであります。これは公爵閣下が貴族よりも軍人としての面が強い為、食事や酒類、煙草のような嗜好品には拘りますが甘い菓子類に拘りを持たなかった……つまり、他の公爵領に比べて菓子類が弱いのです。
この事を公爵閣下に提言した事もありますが、その時の公爵閣下は少し引いていたような……
エルシア様とお嬢様は理解がありましたので改善していく流れになってきましたが未だに途上に過ぎません。
「でしたら私も手伝った方が良いですね」
「あ、甘味については妥協しないママが燃えてる」
甘味類は別の調理場で作っているので私は早足でその場を去りました。
「おい、甘味姫が来たぞー」
「マジか、まだ早過ぎる」
「おい、供物の蜂蜜は用意したか」
「やべーぞ、作業がまだ終わってねえ」
私が近づいていくと調理場から聞こえてきました。『甘味姫』は私の渾名のようです。その呼び名はなんとなく嫌です。
「ヤバいのは貴方達の態度でしょうが!」
「げっ、エルシア様!!」
別の声が響きます。呼ばれた名前の通りエルシア様です。
「……見ての通り大変よ。悪いけど貴女も手伝って貰える?」
「はい、お任せ下さい」
元々そのつもりでこちらに参りました。私を見る料理人の方々は異様に怯えていた気がしますが、気のせいということにいます。
厨房に入ると奥の方でお嬢様が作業していました。
「……お姉ちゃん」
エプロンを付けたお嬢様はとても可愛いらしいです。失礼かもしれませんが公爵令嬢ではなく普通の家庭の品の良い女の子みたいな素朴さがあります。
でも表情は困っているようでした。少し焦げたクッキーを乗せたプレートを持っていた事から原因はすぐに分かりました。
「失敗しちゃった……駄目だね」
「いいえ、失敗ではありませんよ」
私はプレートからクッキーを一枚手に取って口に入れます。ほんの少しの苦味がありますが決して失敗ではありません。
「美味しいですよ。私もクッキーを焼こうと思いますので今度は一緒に作りましょう」
「う、うん! 一緒に作る」
定番のクッキーですが人気も高いので量を多く用意するつもりです。
「レティちゃん、これは貰って良いかしら?」
お嬢様が焼いたクッキーを刺してエルシア様が言います。……私も欲しいのですが
「良いけど、良いの?」
「良いのよ。メイ、包んでおいて」
サキさんの隣に立つ侍女さんに声をかけます。メイさんはサキさんに次ぐ古株でエルシア様の忠実な配下の方ですが、一つ欠点があります。
私は念の為にと思いお嬢様の耳を優しく防ぎます。
「エルシア様、これ焦げて失敗してるんじゃ」
「……すわよ」
「失敬っ!!」
思った事をそのまま口に出す事です。旦那様曰く、ノルカさんと同じ枠組みとの事です。
「ん、お姉ちゃんどうしたの?」
「なんでもありませんよ」
メイさんの暴言がお嬢様の耳に入ってない事に胸を撫で下ろしました。
「今のはエルシア様にも問題があります」
「ええ、その通りね」
メイさんの性格と行動を把握しているのであれば、落ち度があるのは主であるエルシア様になります。
「私も手伝うわ」
「え?」
「ちょ、なんで驚くの!? そしてなんで困ってるのよ!?」
エルシア様は素敵な女性です。勉学や武芸に秀でて気品もある完璧と言っても過言ではない方です。
ですが……
「エルシア様は菓子作りの才能がありませんから、別の意味では才能はありますね」
「……すぞ」
「ひぃ!! ってサキさんも殺意を向けないで」
メイさんに追従するつもりはありませんが、エルシア様のお菓子は独創的と言いますか……毒草的なものが出来上がるのです。
『これただの毒物……ううん、すごく不味い毒物だよ』とノルカさんが真顔で言っていた程です。
だから落ち着きを取り戻したエルシア様には調理場の指揮と味見をお願いする事にしました。
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