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では、一番条件の悪い方を婿にします ~侯爵令嬢が選んだのは、伯爵家の眼鏡三男でした~  作者: さんけい


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第二十一話 家族が増えました

 リーベン家の家族は、その後も増えた。

 最初に生まれたのは女の子だった。

 ウィルは出産前から医師へ質問を重ね、注意書きを十二枚に増やした。陣痛が始まると屋敷中を歩き回り、医師から三度、廊下へ座るように言われた。

 無事に産声が聞こえた時には、誰より先に泣いた。

 二年後には男の子が生まれた。


「今度は一度経験しているから大丈夫です」


 そう言っていたウィルは、予定日が近づくと、最初の時に作った注意書きをすべて読み直した。

 三人目は女の子だった。

 四人目は男の子だった。

 四人目の時には、さすがに落ち着いているつもりだったらしい。だが出産が始まると、廊下の同じ場所を行き来し、長女から、


「お父様、そこばかり歩くと床が減るわ」


 と注意された。

 床は減らなかった。

 ウィルの落ち着きは、早々になくなった。

 アストリッドが失った家族は、父と母の二人だった。

 それから夫が一人、子供が四人増えた。直接数えるだけでも、減った人数の倍を超えている。

 そこへ、孫に会いたいオイゴット夫妻が頻繁に訪れ、ウィルの兄二人と姉までやってくる。兄たちも結婚し、妻や子供を連れてくるようになった。

 家族を人数だけで比べるものではない。

 けれど、かつて静かすぎた屋敷へ椅子が足りなくなるほど人が集まるのは、悪いことではなかった。


*


 結婚から九年が過ぎた朝。

 リーベン家の食堂は、朝食の途中から騒がしかった。


「それは私のパンよ」

「同じパンでしょう」

「林檎が多い方を取った!」

「自分で選んだんだよ」


 七歳の長女と五歳の長男が、焼いたパンに載せた煮林檎の量を比べている。

 三歳の次女は、匙を使わずに林檎を指ですくい、隣に立つサリーから布巾を渡された。


「お手々を拭いてください」

「あとで」

「今です」


 この家では、三歳児にも食卓の規則がある。

 いちばん下の男の子は、乳母の膝で柔らかく煮た麦を食べていた。一匙食べるごとに手を叩くので、食事はなかなか進まない。


「お父様。山羊のマーサは、まだ元気?」


 長女がウィルへ尋ねた。


「元気だよ。先週の手紙には、去年生まれた子供と一緒に、また垣根を越えたと書いてあった」

「子供の名前は?」

「リリー」

「女の子?」

「雄だそうだ」

「どうしてリリーなの?」

「白くて、百合の花に似ていたからだって」

「男の子なのに?」

「山羊は気にしていないと思うよ」


 ウィルは領内から届く手紙を、今でも楽しみにしている。

 収穫や道路の話だけでなく、誰の家に子供が生まれ、誰が足を痛め、どの家の屋根を直したかまで読む。村の山羊や犬の名前も、かなり増えた。

 子供たちは、父親が手紙を開くと集まってくる。

 長女は人の話を聞きたがり、長男は一緒に送られてきた地図を見る。次女は封蝋を集め、末の子は紙を口へ入れようとする。

 同じ家で育っても、見るものはそれぞれ違った。


「食事中に、領地のお手紙を開いたの?」


 アストリッドが尋ねた。


「今日は開いていないよ。昨日読んだ」

「本当に?」

「手紙は、食事前に私がお預かりしました」


 壁際のルイスが答えた。

 サリーが決めた食卓の規則は、九年たっても続いている。

 ただし、守らせる人数は六人に増えた。

 ウィルの隣には本がなく、アストリッドの手元にも書類はない。長男が椅子の下へ地図を隠していることには、まだ誰も気づいていなかった。

 規則を作る者がいれば、抜け道を探す者も育つ。

 家というものは、なかなかよくできている。


「今日の予定は?」


 ウィルが尋ねた。


「午前中は北部の管理人と話すわ。午後は診療所から、新しく来た医師を紹介してもらう予定」


 ウィルは自分の予定を確かめるように、ルイスを見た。


「僕は午前中、ルイスと西の堤の報告を見ます。石材を替えてから三年になるから、現地にも行った方がいいかもしれない」

「今度は私も行くわ」

「お母様、私も!」


 長女がすぐに手を上げた。


「家庭教師の先生との授業は?」

「お休みの日に行けばいいでしょう?」

「泥だらけになるぞ」


 長男も会話へ入る。


「長靴を履くもの」

「僕も行く」

「あなたは、この前、川へ落ちたでしょう」

「浅いところだったよ」

「浅くても川は川です」


 エリアが釘を刺した。

 この屋敷には、子供を甘やかす者が大勢いる。叱る者も同じくらいいた。

 どちらもいるので、今のところは何とかなっている。

 朝食が終わる頃、従僕が新聞を運んできた。

 食卓から皿が下げられたため、読むことを許されたらしい。

 ウィルが経済面を開き、アストリッドは社交欄を手に取った。


「あら」

「どうしたの?」

「パーシバルが、大陸へ渡るそうよ」


 ウィルが新聞越しに顔を上げた。


「仕事で?」

「ええ。南部商会が大陸側に支店を出すので、責任者として赴任するんですって」


 記事には、新しい支店で扱う品物と、出発する一行の名が載っていた。

 倉庫はすでに借り入れを済ませ、港から内陸へ向かう荷馬車も契約したと書かれている。パーシバル本人が半年前から二度現地へ渡り、保管場所と輸送路を確認したらしい。


「ずいぶん変わったわね」

「最初に倉庫と荷馬車を押さえたんだ」

「そこ?」

「大切なところだよ」


 ウィルは記事を受け取り、最初から読み直した。


「でも、一人で大陸へ行くのは大変そう」

「本人が行きたがったそうよ。現地を見ずに決めるのは、もう嫌なんですって」


 高い授業料を無駄にしなかったらしい。

 失敗した人間が、必ず賢くなるとは限らない。誰かのせいにする方法だけ上手になる者もいる。

 パーシバルは、荷馬車を数える方を選んだ。

 華々しい将来の話をしながら、今日使える倉庫も見る。両方できるなら、それがいちばんよい。


「こちらにも、もう一人いるわ」


 アストリッドの指が、社交欄の下へ移った。


「トラヴィスが結婚するそうよ」

「本当に?」

「本当よ」


 記事には、トラヴィスと伯爵家の一人娘との婚約が発表されたとある。

 結婚後、トラヴィスは妻の家へ入り、領地で暮らす予定だった。

 やっと、である。


「お相手は、どんな方?」

「領地で馬の飼育と輸送業を取り仕切っている方ですって。三年ほど前から、父親に代わって仕事をしているそうよ」

「忙しい方なんだね」

「ええ。それに、結婚後も仕事をやめるつもりはないと、最初からトラヴィスへ伝えていたそうよ」

「それで、トラヴィスが伯爵家へ入るの?」

「その方が仕事を続けやすいからですって」


 ウィルは記事をもう一度見た。


「うまくいくといいね」

「そうね」


 以前のトラヴィスなら、妻の家へ入って暮らす話を受けただろうか。

 少なくとも今回は、互いの暮らし方を話し合ってから婚約したという。相手の女性は、自分が何を続けたいかを先に告げた。トラヴィスも、それを承知で伯爵家へ入る。

 誰かに残ってほしければ、自分もその人のいる場所へ行く。

 気づくまでに時間はかかったが、まったく気づかないよりはよい。


「お父様も、お母様の家へ来たの?」


 長女が尋ねた。


「そうよ」

「伯爵様じゃなくて、侯爵様なのに?」

「お父様は、結婚してリーベン侯爵になったの」

「お母様が選んだんでしょう?」

「よく知っているわね」

「おばあ様が教えてくれたもの。お父様は、本をたくさん持ってきたって」


 長女が食堂の壁を見回した。

 この部屋に本棚はない。書斎と図書室と二階の小客間、それから隣の客間まで本棚になっている。

 オイゴット夫人が送った本は、第二便では終わらなかった。


「お父様は、本を持ってきたから選ばれたの?」

「違うよ」


 ウィルが慌てて否定した。


「最初に会った時には、本の話はほとんどしなかった」

「では、どうして?」

「手紙をきちんと読んだからよ」


 アストリッドが答えた。


「お父様は、人の話を聞いて、分からないことを聞ける人だったの」

「今もたくさん聞くよ」


 長男が椅子の下から言った。


「それは悪いことじゃない」


 ウィルが答えた。


「何を持っているの?」


 アストリッドが尋ねる。

 長男は椅子の下から、折り畳んだ地図を出した。


「西の堤へ行くなら、道を見ようと思って」

「朝食中は地図もいけません」


 サリーがすぐに取り上げた。


「お父様は手紙を持っていないよ」

「お父様も昔、同じように本を隠していました」

「本当?」


 四人の子供が、一斉にウィルを見た。


「一度だけだよ」

「二度です」


 サリーが訂正する。

 アストリッドは新聞を畳みながら笑った。


*


 昼を過ぎると、オイゴット家から馬車が二台やってきた。

 孫たちは玄関へ走り、オイゴット夫人へ次々と抱きついた。夫人の後ろから、ウィルの姉と、その子供たちも降りてくる。

 菓子の箱、子供用の本、長女へ渡す刺繍道具、長男が欲しがっていた地図、次女の新しい靴、末の子の上着。

 家族が増えると、荷物も増える。


「お義母様。こんなにたくさん」

「全部必要なものよ」


 夫人は九年前と同じことを言った。


「地図まである!」


 長男が箱を見つけ、サリーに止められる。


「おやつをいただいてからです」

「見るだけ」

「見ると広げます」


 客が増えたと聞き、ルイスは食堂へもう一つの卓を運ばせた。従僕たちが先にあった食卓の端へつなぎ、白い卓布を広げる。

 エリアは人数を確かめ、足りない皿とグラスを取りに戻った。


「おばあ様は私の隣よ」

「この前もお姉様の隣だった!」

「では、今日は私の隣ね」


 オイゴット夫人が二人の間へ入り、長男はウィルの姉の子供たちを呼びに走った。次女はすでに自分の椅子を選び、末の子は乳母の腕から卓上の菓子へ手を伸ばしている。

 ルイスが最後の椅子を整えた。

 かつて広すぎた食卓の先へ、もう一つの卓がつながった。

 そこにも、すぐに人が座った。



END

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