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第4話「ナイショのおたまや」②

§ ひとりぼっちのタマムシ


 それからなん日かが過ぎていた。


 たまにおじいさんを見かけたけれど、いつもしょんぼりとしている。まだかんざしは見つかってないようだった。


 たぶん見つかることはないような気がする。言わなかったけれど、健二はそう思っていた。


 そんなにめずらしい物なら、だれかがひろってしまったに違いない。


 上野はいろんなところから人があつまるところだ。なかには、悪い人もいるかもしれない。交番にとどける人ばかりではないだろう。それなのに探しているおじいさんを思うと、気のどくになった。


 今日も太陽が地面やトタン屋根に照りつけていた。


「タンちゃんもまだ帰って来ないし、ちょっと探検だ」

 健二はおじいさんを追いかけた。


 あちこちいっしょにたずねまわって、健二が家に帰って来たのは、夕方ちかくだった。


 カラカラにかわいたのどをたたきながら、健二は冷蔵庫の木のとびらを開けた。まずは頭ごとなかにつっこむ。きのう入れた氷は、もうほとんどのこっていなかったが、ひんやりとした空気が、おでこをさましてくれた。下の段では、半分に切ったスイカがあせをかいている。健二はそのままかじりついた。


 そのあとも、なん度かいっしょに探す日があった。


 どうしてかんざしがなくなったのか、理由は知らない。聞いたことはあったけど、おじいさんに、はぐらかされてしまった。だから、それ以上は聞いていない。


 するとだんだんかんざし探しにも興味がなくなってきた。


 今日は採集した虫を乾燥させる日にした。風通しのいい縁側に、新聞紙をひろげた。そこへナフタリン箱からだした虫を一匹ずつならべる。風に飛ばされないように、上からアミをかぶせた。


 カミキリのりっぱな触覚が風でゆれている。セミの羽が太陽の加減で、ピンク色に光っていた。そのかげが、タマムシの背中に反射している。クジャクの羽根か、宝石のようだった。


 健二は兄ちゃんの言っていたことを、考えていた。


「おまえはいつから、あそこにいたの? まさか、ほんとうにずっと昔じゃないよね」


 時間が止まったような、おたまやの風景を思いだす。暑かった風が、急にすずしくなった気がした。


「タンちゃんがいないと、つまらないな。ベーゴマ星人のところに遊びに行こうかな」

 健二は立ちあがった。


 商店街は東京見物の人たちでにぎわっていた。おおぜいの人が行きかうので、店さきのみやげものは砂だらけだ。健二は駅と反対方向へ歩いた。


 両大師橋はたくさんの線路の上にかかっているので、このあたりでは高い場所にある。階段をあがると、すこしは空気がきれいな気がした。


 健二は手すりにあごをのせて、上野駅をながめる。夏休みの帰省列車がやすんでいた。


 健二がもっと小さいころには、列車にまざって蒸気機関車もとまっていた。白いけむりがかっこよくて、よくここでけむりと遊んだっけ。


「今は超特急ひかり号だもんね」


 よこを見ると健二とおなじように、線路を見つめている人がいる。あのおじいさんだった。健二には気づいていないようで、ひとりごとを言っている。


 すると、いきなり手すりから手をのばしたじゃないか。健二は、はじめておじいさんと会った日のことを思いだした。


「おじいさん! 死んじゃだめだ」

 健二がしがみつく。


 いきおいでおじいさんのからだが、ぐらりとゆれた。あやうく健二も、手すりからのりだしそうになる。


「ぼっちゃん?」


 おじいさんが健二のうでをつかんだ、そのまま橋にころがった。

 健二はおじいさんの作務衣にしがみついたままだ。


「いやだよ。死んじゃったら、だれにも会えなくなっちゃうんだから」


 健二の頭はぐちゃぐちゃだ。列車といっしょに爆弾でふきとばされた、健二のじいちゃんのことだった。それとこれとが、ごちゃまぜになって、頭のなかをまわっている。


「ありがとうございます。ぼっちゃん、泣かせてしまって、もうしわけありませんでした」

 おじいさんが言う。それでも健二は頭をあげない。


「違います、身なげではありませんから、安心してください」


「……ほんとう?」


「はい」


「なんだ、よかった」


 健二がからだを起こす。そうしたら、急に顔が熱くなってきた。照れわらいに合わせて、シャツで顔をこする。おじいさんが手ぬぐいで鼻をふいてくれた。


「ほんとうに、やさしいお子ですね。ありがとうございます」

 やっとおじいさんの顔を見た。おじいさんの目も、ぬれているようだった。健二は手ぬぐいをつかむ。


「ごめんなさい。おじいさんの、これちょっと鼻水ついちゃった……」

「いいえ、だいじょうぶです」

 おじいさんがほほえんだ。


「まるでお見合いみたいだね」

「そうですね」

 すわったまま、ふたりしてわらった。橋を通る人が、びっくりしてながめていた。


「場所を変えましょうか」

 言ったのはおじいさんだった。健二もうなずく。


「じゃあ動物園に行こうよ」

 じいちゃんが生きていたら、いっしょに行きたかった場所だった。


 動物園の入り口についたとき、たいせつなことを思いだした。


「そうか、入るのにお金がいるんだ」

 おじいさんがにっこりとする。


「さきほど助けていただきましたから、ここはわたくしが」


「そんなのだめだよ。じゃあ、あとで返すから、貸してください」


「はい、わかりました。今日はわたくしがお貸ししましょう」

 おじいさんは楽しそうだった。


 健二には見せたいものがあった。クジャクのオリだ。おじいさんの手を引いて、ぐんぐん歩く。おじいさんは、あちこちを興味ぶかそうに見ている。


「もしかして、はじめてなの」

「はい。めずらしい動物ばかりですね」

「もっとすごいものを見せてあげる」

「それは楽しみです」

 健二はおじいさんの足にあわせて、歩く速度を落とした。


 クジャクのオリについたとき、おじいさんが声をあげた。

「おお。これはなんと美しい」


「うん。この羽根さ、おじいさんのかんざしににてるんじゃないかと思って」

「ほんとうに、その通りでございます。このしょぼくれた年寄りを、はげましてくださっているのですね。ありがとうございます」

 健二が頭をかく。


「べ、べつに。ただ、さっきタマムシを見てたらね、そんな気がしただけだよ」


「ほうタマムシを」


「うん。死んでたんだけど、おたまやで見つけたんだ」

 そこで健二が口をふさぐ。うっかりおたまやのことを言ってしまった。


 おじいさんは、いつもの表情のままだ。きっとこの土地の人じゃないから、よく知らないに違いない。ほっとした。


 ふたりは近くの長いすに腰かけた。おじいさんはずっとクジャクを見つめている。やがて、ゆっくりとはなしはじめた。


「あのかんざしは、たいせつなかたの形見なのです」

「形見? その人死んじゃったの」

 健二の声がつまる。おじいさんはしずかにうなずいた。


「もうずいぶん前のことです。お気のどくなお嬢さまでした。おさなくしてご両親とはなればなれにされてしまい、わたくしひとりがおそばについていたのです。やがておからだをこわされてしまいました。そんなとき、ご両親が亡くなられたのでございます。それからというもの、日ごとに元気がなくなり、とうとうお嬢さまも」


「そんなことって」


 健二は鼻の奥がいたくなってきた。おじいさんが健二をみる。


「せめて形見のかんざしだけでも、お嬢さまの生まれた場所に帰してさしあげたい。お父上とお母上さまがたのおそばへお連れしよう、そう思っておりました。なのに、かんざしをなくしてしまうなんて、おわびのしようもございません」


 健二は言葉がでない。

「だから、さっき?」


「いえ、あれはほんとうに違います。停車場の人たちのなかに、お嬢さまをお見かけしたような気がしたのです。そんなことはあるはずないのに、ついわれをわすれてしまいました」


「そうだったんだ」


――ケーン。


 目の前でクジャクが羽根をひろげた。おじいさんの目が大きく開く。


「これはこれは……。ほんとうに、お嬢さまのかんざしのようです」


「もういちど探そうよ。もとの場所に帰してあげなくちゃ、かわいそうだもん」

「そうですね。ぼっちゃんのおかげで、元気がでてきました」


 そのあとおじいさんは、かんざしのなくなった理由をはなしてくれた。


 暑さと歩きつかれたことで、すこしのき下でやすんでいたときのことだ。すこしのつもりが、ついねむってしまったそうだ。目がさめたとき、いつも胸のふところに入れておいたかんざしが、なくなっていた。


「だれかにすられたの?」

「いえ、わかりません。あたりを探しましたが、ありませんでした」

「人がたくさんあつまるところは、ぶっそうなんだよ。よく母ちゃんが言ってる」

「わたくしの不注意です。きっとどこかに落としたのでしょう」

「そっか、うん、そうだね。上野のことなら、ぼくにまかせてよ。きっと見つかる」

「はい、ありがとうございます」


 おじいさんがゆっくりと頭をさげた。


 つぎの朝だ。


 健二が縁側の窓を開けたとき、足元のアミにつまづいた。


「うわっいけね。きのう、しまうのわすれてた」

 いそいでナフタリン箱に虫をもどす。するとタマムシが見あたらない。健二は台所にむかって声をはりあげた。


「母ちゃん、ぼくのタマムシ知らない? タマムシがないよーー」


「知るわけないだろ。ゆうべほったらかしにして、ネコかネズミにでも持っていかれちまったんじゃないかい」


「そんなあ」

 健二が縁側をおりる。下にもぐると、植木ばちのなかにタマムシが落ちていた。


 せっかく乾かした羽がしめっている。頭にも朝つゆがついていて、泣いているようだった。


「おまえも帰りたいの?」


 健二は決めた。

 おじいさんと会う前に、もういちどおたまやへ行くことにした。


§ 五色の光と


 お盆になっていた。


 墓園は青白いけむりだらけだ。たくさんの人がお線香をたいていた。あの番犬も、ほえつかれてぐったりだ。


 健二はおたまやの鉄さくについた。うす暗い木立をながめる。にぎやかな墓園を逃げだしたカラスたちが、黒いかげをつくっていた。


「やっぱり、やめようかな」


 カラスに聞こえるように言ってみた。足がふるえている。首からぶらさげている虫カゴも、かたかたとふるえていた。


「だめだ、ひとりでも行くぞ」


 そのままのいきおいで、石塀に飛びあがる。こんどはジャンプはしない。カラスをおどろかせないように、石塀にぶらさがってから着地した。入り口近くのカラスが健二を見ている。侵入者を見はっているのか。


 つぎの門の前で、タンちゃんとやった秘密の暗号をする。両手を合わせてから、なかに入った。


「よし、ひとりじゃない」


 さきに進むほど、あたりはさらに暗く、そしてすずしくなってゆく。

 前方に木塀が見えてきた。


 タンちゃんがいないだけで、このあいだよりも遠くに感じる。まわりの木には、カラスがあつまってきていた。健二はなるべく音をたてないように、慎重に草をかきわけて進んだ。


 かくれるように、ひっそりと灯籠は立っていた。健二が深呼吸する。


 虫カゴからタマムシをとりだして、そおっと灯籠のなかにもどした。なんだか、人の胸もとに手を入れたみたいな、かっこうになった。


「よし、これでもと通りだ」


 両手をあわせる。

 いっしゅん、灯籠におじいさんのすがたがかさなって見えた。


「え?」


 目をこする。そんなはずはない、ただの古い灯籠だった。


 下をむいたとき、灯籠の根元にもう一匹のタマムシが死んでいるのに気がついた。さっきのタマムシよりも、すこし小さいようだ。


「ひとりぼっちより、ふたりのほうがいいよね」

 小さなタマムシも灯籠に入れた。


「さあ、帰ろう。おじいさんが待ってる」

 安心したせいか、つい大声になってしまった。頭の上のカラスが、いっせいに飛び立つ。


「うわああ」

 健二はかけだした。


 さいごにもういちどふり返ったとき、古い灯籠はしげみにかくれて、もう見えなかった。ほんとうに昔の世界へ行ってしまったかのようだ。


 この木塀のずっと奥で、いったいなん人のおサムライさんがねむっているのだろう。まわりの景色までもが、ずっとねむりつづけているような場所だった。


 健二は公園をぬけて走った。早くおじいさんに会いたい、このほうが近道だ。


 息をきらして阿部旅館に到着すると、ちょうどおじいさんも、でて来たところだった。


「おそくなってごめんね」

 健二が言った。おじいさんの様子が違う。


 日よけの傘を頭にかぶっていた。それに、あの杉の道具箱と小さなふろしき包みも持っている。


「どうしたの」


「はい、かんざしが見つかりました。さきほど、親切なかたがとどけてくださったのです。ほんとうに、この町のかたは、おやさしい」

 おじいさんはうれしそうだ。


「今からぼっちゃんのお宅へ、うかがうところでした。いろいろとよくしてくださいまして、ありがとうございます」


「もしかして」


「はい、これから発ちます。さいごにお礼とお別れをつたえとうございました。お会いできて、よかったです」


「もっとゆっくりしていけばいいのに。上野見物もしようよ。ぼくが案内するから」

 健二がおじいさんのそでを引っぱる。おじいさんの前では、すっかり泣き虫だ。


 おじいさんは健二の頭をなでてくれた。そして、胸のふところから銀のかんざしをだして、健二の手の上にのせた。


 それはクジャクの羽根よりも、タマムシの背中よりも、もっときれいな色の細工がほどこされたものだった。太陽に反射して、五色に光っている。


「すごいや」

 健二が両手をそえる。もう亡くなってしまった女の子を想像した。


「きっとすてきな人だったんだ」


「はい」


 おじいさんがこたえた。それからよこをむいてほほえむ。つられて健二も見たけれど、ほかにだれもいない。


「早く帰してあげないとね」

 鼻をすする。そしておじいさんを見あげた。


「また、いつか会える?」


「はい。また会いましょう」


「……あ、そうだ!」

 きのうの動物園のお金を返していないことを思いだした。


「いえ、それはいいです」

「だめだよ。借りた物はきちんと返さなくちゃ」

「では、こうしましょう。それはつぎにお会いするまで、お貸ししておきます。これでぼっちゃんに会いに来る理由が増えました」

 おじいさんがわらった。


「お楽しみは、多いほうがいいですからね」


「うん、わかった。早く来てね」

「それまでどうぞ、お元気で」

「おじいさんも」


 健二は、おじいさんのうしろすがたを見送った。今日も太陽がようしゃなく町と、おじいさんを照らしつけていた。


 熱くなった地面が、おじいさんの足元の空気をゆらゆらとさせていた。すると、おじいさんの左手がゆっくりとにぎられてゆくのが見えた。つながれているのは、小さな手。


 健二よりも小さい女の子が、おじいさんとならんで歩いているように見えた気がした。


「ひとりで、なにをやってるのかしら」


「うわ、べべ子」


「あら泣いてるの? あのうわさはほんとうだったのね。最近、健ちゃんの様子がおかしいって。ひとり言を言いながら歩いてるそうじゃない」


「はあ? なんだそれ」

 旅館の窓からべべ子が顔をだしていた。


 家に戻ると、洗濯場で母ちゃんが手ぬぐいをあらっていた。健二に気づいて声をかける。

「なんだい、この手ぬぐい。ズボンのポケットに入ってたけど、見おぼえがないよ。それに、どこかのお屋敷の家紋入りじゃないか」


 きのうの手ぬぐいだ。返すのをわすれていた。健二はこたえる。


「これね、あずかりものなんだ。ぼくのだよ」

 空を見あげた。


「おじいさん、またひとつ会う理由が増えたね」


「よくわからないことを言う子だね。なら自分であらいな」

 母ちゃんが洗濯板を健二にむけた。


 もうすぐお盆も終わる。そろそろタンちゃんも帰って来るころだろう。


 なにからはなそうか、健二はタンちゃんのグローブ頭とハの字まゆげを思いうかべる。タンちゃんのおどろいた顔が、石けんのあわにまざった。


 健二はまだ知らない。


 こしがぬけるほどびっくりするのは、自分だということに。


第4話「ナイショのおたまや」おわり


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