第6話「正義の味方参上」①
第六話「正義の味方参上」
§ ついせき
今年の年末は、町がすこし違っている気がした。
商店街のガラス戸から、東京オリンピックのポスターがなくなった。たまに見かけるポスターは、色があせたぶん、なつかしい感じもする。今日も通る人が立ち止まって、ながめていた。
かと言って、しょんぼりの十二月ではない。
オリンピックで元気倍増した声が、町のあちこちから聞こえていた。今年もアメや横丁からは、バナナや焼きのりのまとめ売りの声がとぎれることがない。
高速道路をくぐって見える上野駅も、たくさんの帰省列車が出発を待っていた。
明日はおおみそかだ。
駅前のテント村にあつまっている人たちの荷物から、オリンピックのおみやげがはみだしていた。だれの荷物も、いつもより重そうに見えるのは、そのせいかもしれない。
「たくさんの人だね。ひとりくらい、ひかり号にのる人もいるのかな」
短い足でピョンと飛びあがり、タンちゃんが言った。
タンちゃんにつづいて、健二も飛びあがる。くるりとうずをまく天然パーマ頭が、いっしゅんだけ人びとの肩から飛びでて、また消えた。
「ぜったいにいるよ。夢の超特急さ、あっというまに、どこにでも到着だよ」
「ロケットみたいだね」
――ピョン。
「どっちもかっこいいぞ」
――ピョン。
「いけね。ふせろ、タンちゃん」
遠くでふさりと、おかっぱ髪がゆれた。
行列の足元で、ふたりがひざをつく。たくさんの人の足の柱のあいだから、前方確認だ。そんなふうに地面にまるまっているふたりを、人びとはヤレヤレという顔でよけて歩いて行った。
健二が手首を口元にあてる。
「よし、目標確認。きのうはここで見うしなったからな、今日はぜったいに目をはなすな」
「りょうかい」
タンちゃんも左手をまげた。ふたりの左手にあるのは、おそろいの腕時計型トランシーバーだ。といっても、マジックでかいたものだけど。
今朝、マンガ雑誌のスパイセットの絵を見ながら、健二がタンちゃんの手に、タンちゃんが健二の手にかきっこした。
手首のボタンをおすと、ふたりにしか見えないアンテナがトランシーバーにおさまった。そして目をあわせる。
「前進」
「前進」
また立ちあがった。
帰省客だらけの国鉄駅前をぬけて、カベぞいを歩く。ここは冬でも深緑色の葉がからまっている。そのさきの地下入り口の前で目標が立ち止まった。ふたりは、たてかんばんのかげにかくれた。
目標が三、四回あたりを見まわす。それから、いそいで階段をおりて行った。
「目標が地下に消えた」
「だからきのうは、見うしなったんだな」
健二がうでを組む。タンちゃんは地下入り口まで走って、階段の下をのぞいた。
「どうするの。また見うしなっちゃうよ」
「よし、ついせきだ」
健二たちも走った。
§ 地下の魔女
べべ子のようすがおかしい。
タンちゃんがそう言ったのは、きのうのことだ。夕方、ふたりは健二の家の前で忍者ごっこをしていた。
そこへべべ子が、阿部旅館からでて来た。
「おっ、黒幕べべ子登場」
「新忍法、木の葉の舞い」
健二が落ち葉をばらまく。
「……」
べべ子はめんどくさそうな顔で、髪の毛にからまった葉っぱをかきむしった。
「くるか」
「おうよ」
ふたりの忍者がこしを落とす。
「ふん」
べべ子はきっちりと切りそろえた髪を左右にふって、スカートのポケットから、銀色の手鏡を取りだした。前髪を手ではらい、鏡をのぞいて、にこりとわらう。それからわざわざ、ふたりのあいだを割って通って、行ってしまった。
しばらくべべ子のうしろすがたを見ていたタンちゃんが、ボソリ。
「あれ、べべ子だよね」
「いつもなら、キイキイ声の超音波攻撃が返ってくるはずだ」
健二も口をあけたままだ。タンちゃんが垣根からジャンプして、健二に近づく。そして小声で言った。
「おかしいよ。ニセものかもよ」
健二もうなずく。
「あんな大きな鏡まで持ち歩いてる。あれはガマ大作戦のときの秘密道具だ。宇宙船との連絡につかうのかもしれないぞ」
「それなら本物のべべ子は宇宙船のなかに? たいへんだ」
「そうさ。だから、われわれ忍者隊の出番なのさ」
「うん」
「あとをつけよう、三治丸」
「しのび歩きだね、健二丸」
ふたりはべべ子を追いかけた。
べべ子は町内の路地を、でたらめに歩いていた。たまに首をキョロキョロさせながら立ち止まり、また歩く。けっきょく到着したのが、駅前のテント村だった。
「ここならべべ子の旅館から商店街をぬけて、一本道で来れるのに」
「わざと遠まわりしたんだ」
三治丸がグローブ頭を改札通路にひっこめて言う。
「やっぱり、なにかにおうぞ」
健二丸も通路から天然パーマ頭をだしたとき、列車到着の合図がなった。とたんに、たくさんの人と荷物の行列がこっちにながれてくる。健二たちとべべ子のあいだに、人間の川ができてしまった。
「行けるか、三治丸。いてっ」
「だめだよ。おっとと」
ふたりとも、人のながれにのまれた。
ようやくぬけだしたとき、もうべべ子はいなかった、というわけだ。
そして今日だ。
ふたりは朝から阿部旅館を見はっていた。昼前にべべ子が出発したので、ついせきをはじめた。
腕時計型トランシーバーは、べべ子を待っているあいだにかきあげた。きのうは忍者で失敗したから、今日は未来のブルーインパルス隊になった。
ブルーインパルスはオリンピックのとき、健二の頭の上で空に大きな五輪を描いた飛行機の名前だ。いまでは子どもたちのスーパースターだった。
「行くぞ、タンちゃん隊員。トランシーバー、スイッチオン」
「りょうかい。今日こそ目標を見うしなわないぞ」
左手首を口にあてたまま、ふたりは玄関をでた。
今日もべべ子は、町内をでたらめに歩いていた。金物屋のおやじさんがよこをむいたすきに、店の前を通り過ぎる。声をかけられたくないようだった。
それからべべ子はアメや横丁に入った。
年末の三十日は、ひときわにぎやかだ。たくさんの買いもの客でごったがえしている。べべ子は、わざと人のなかにもぐっている感じがした。見うしなわないように、健二たちが買いもの客をすりぬける。
そして横丁の裏通りに入り、高速道路の下をくぐった。
「またこのコースだ」
「すると、今日も駅前かな」
ふたりは目で合図できる距離にいるのに、トランシーバーで会話をした。
「今日は失敗しないさ」
「うん。飛行機ジャンプ作戦だね」
――ピョン。
タンちゃんが飛びはねる。それからふたりは大通りをわたって、駅前にさきまわりをした。
おもった通りべべ子があらわれ、国鉄口の前を通り過ぎる。人の行列のなかを、健二たちはジャンプをしながら、べべ子のおかっぱ髪を追いかけた。
そして、この地下入り口までたどりついたのだ。
*
べべ子はちょうど階段をおりたところだった。地下に入って安心したのか、もうより道はせず、まっすぐに歩いているみたいだった。健二たちもいそいで階段をおりた。
地下も人だらけだ。地上と違うのは、大荷物の帰省客というよりは、ふだんの生活のなかで、ここを通っている人がおおそうなところだった。
買いもの帰りの人、地下鉄にのりかえる人、駅のむこうへ通りぬける人、そしてここで商売をする人だ。
タンちゃんが健二のジャンパーのそでを引っぱった。
「やっぱりさ、地下はまずいんじゃない。年末の駅はぶっそうだって、とくに地下はあぶないって、父ちゃんたちも言ってたよ」
「ここまで来て。いまさら、どうしたのさ」
健二は足を止めずに言った。
「だって、ぼく、年末の地下街って、来たことなかったんだ。こんなに空気が気持ち悪いところだって、知らなくて」
言いながら、タンちゃんがすれ違うおじさんから、おおげさにはなれた。
むこうから歩いて来る人は、みんないそいでいるように見えて、子どもなんかは目に入らないようなスピードだった。
「そうさ」
こう言った健二も、地下は気持ち悪くてきらいだ。
じめっとした、人間の呼吸だらけの空気がおいしいはずがない。においだってまずい。地上がかわいて寒いぶん、よけいに気持ちが悪くなる。去年ヘータイさんに追いかけられたことをおもいだして、からだがぶるっとした。
タンちゃんの肩に手をのせる。
「あぶないからね、なるべくカベに背中をむけながら歩くんだ。まがり角からは、急にだれかの手がでてくるかもしれない。要注意だよ」
去年のことはタンちゃんも知っている。地下のカベは、べっとりとしていた。
「ガマみたい。ガマのおなかのなかも、こんな感じかな。ほんとうはぼくたち、巨大ガマにのみこまれてたりして」
「バカ、そんなわけあるか」
また歩きはじめた。目でべべ子のおかっぱ髪を追いかける。うしろでは、まだタンちゃんがしゃべっていた。
「地下はおかしなことばかりだもん。べべ子はひとりで、こわくないのかな」
「そうさ。だから、これは目標を守るついせきでもあるんだ」
健二がトランシーバーではなした。
いま通り過ぎた床屋の時計は、まだ十一時をさしていた。
「目標がとまったよ。二十メートル前方。どうぞ」
タンちゃんの声に、健二はまがり角にからだをかくす。
「こちらも確認。だれかと、はなしているみたいだ。どうぞ」
「あっ」
べべ子が手をつかまれるのが見えた。
相手は小さなつくえをはさんで、イスにすわっている。黒くて大きな布を頭からかぶっているから、顔は確認できない。
まもなく、べべ子が手をふりはらうのが見えた。けれど、まだそこに立ったままだ。
「行かなくていいの。健ちゃん」
「よし、行こう、べべ子があぶない。いや、ちょっと待って」
べべ子が、なにかをうけ取った。
それを持ったまま、また進行方向へ歩きはじめる。そして、地上にあがる階段をのぼって行ってしまった。
「ぼくたちも行こう」
さっきべべ子が立っていた場所に走る。
黒布の人間は、青白い顔をした女の人だった。長いツメのさきで、大きなガラスの玉をなでている。
こいつはマンガ雑誌で見たことがある。
魔女だ。
健二が走るのをやめた。
「べべ子をどこにつれて行こうとしたのさ。おばさん、魔女の手下だろ」
黒布の下の赤いくちびるが、にやりとわらった。
「それとも宇宙人か」
もういちど健二が言うと、魔女は長いぼうのたばをつかんだ。
ざらざらと不気味な音がなる。黒布の奥には、白みがかった目玉が見えた。赤い口からでてきた声は、しわがれだ。
「べべ子? ああ、さっきの子どものことかね」
「なにをはなしてた」
「はん、女どうしの話さ。ぼうやたちには関係のないことだよ。さあ、行った行った」
ぼうのたばで追いはらわれる。長いツメはするどくとがっていて、なんでもくしざしにできそうだった。
「健ちゃん、行こうよ」
タンちゃんにうでを引っぱられる。こうしているあいだにも、またべべ子を見うしなってしまう。
「そうだね」
ふたりは走った。
地上にでたとき、いっしゅん冷たい風がふいて、ジャンパーのなかをひやりとさせた。それでも空気がおいしい。おもいっきり深呼吸をした。
「ちょっと、こわかったね」
タンちゃんが鼻をすすりながら言う。健二はうで組みのままだ。そして空を見て言った。
「やっぱり、なにかへんだ。早くべべ子をさがそう」
走りだした健二に、タンちゃんもつづいた。
§ 出動! ブルーインパルス隊
国鉄の駅前にもどったら、べべ子はすぐに見つかった。
そっと近づいて、テント村のなかにかくれる。ゆっくりと荷物の木箱のあいだから、頭をだした。
なんと、べべ子がビラをくばっている。
さっき魔女からわたされたのは、あのビラだったようだ。
べべ子はわらいもせず、なにか言うこともしない。ただ通る人におしつけるように、手のひらの大きさくらいの白い紙を、くばっていた。
健二のよこから、タンちゃんの頭もでてきた。ふたりは目をあわせる。
「あやしいな」
「うん」
「トランシーバー、スイッチオンだ」
健二が左手首の絵のボタンをおしたときだった。
「ギャッ」
――ドン。
べべ子声のがした。
ふたりが立ちあがる。見るとべべ子は、しりもちをついてころんでいた。持っていたビラが紙ふぶきのように、舞っている。
「べべ子!」
おもわず健二が動いたので、通りがかった人とぶつかってしまった。
「気をつけろ」
ぶつかった男の人にどなられる。
あわてて健二が「ごめんなさい」と言ったので、完全にべべ子に気づかれてしまった。まだしりもちをついたままのべべ子が、こっちを見ている。
「見つかっちゃったよ~」
タンちゃんが健二を木箱のかげに引っぱりこんだ。つぎにふたりが顔をだしたとき、足を大きく開いて、両手をこしにあてているべべ子が、すぐそこにいた。
「なんでコソコソしているのかしら」
「だまれ、ニセものべべ子め。地球の平和は、ぼくたちブルーインパルス隊がいるかぎり……」
「なによ、それ。キィーー!」
健二の決めゼリフが、べべ子の超音波攻撃にさえぎられた。
健二とタンちゃんが、耳をおさえる。そしてもういちど、仕切りなおしだ。
「負けてたまるか、悪漢め」
ここで健二の動きがとまった。タンちゃんも、はっとする。
「あれ、このキイキイ声」
「うん。ほんもののべべ子だ」
「なにバカなこと言ってんのよ」
またべべ子が声をあげる。おかっぱの髪の毛が、肩の上でギリリとはねあがっていた。
けれど、べべ子がほんものなら、いままでのあやしい行動はなんのためだったのか。健二が聞いた。
「なんでビラをくばってるのさ」
いせいのよかったべべ子の動きが、ここで止まった。
「い…いいじゃない、べつに。健ちゃんたちには、関係ないもの」
鼻がひくっと動く。べべ子がよこをむいた。そこへタンちゃんがまわりこんで、顔をのぞきこむ。
「またそれだ。さっきもおなじことを、地下の魔女にも言われたもんね、ぼくたち」
べべ子の顔が、どんどん赤くなるのがわかった。
「なんですって。どこから見てたのよ」
「さきに質問したのは、こっちだ」
健二の声に、べべ子ののどがつまる。くやしそうに、スカートをにぎりしめている。そして顔が急に変わった。
手がスカートのあちこちに移動しはじめた。べべ子のほそい目が、ぐんと大きくなる。開きっぱなしだった口から、ようやく声がでた。
「ない」
しぼりだしたような声だ。タンちゃんがグローブ頭をかしげる。そのかんに、またべべ子の声。
「ない。ない、ないない」
こんどは健二たちにも聞こえた。
べべ子がスカートだけでなく、上着のポケットもさぐりはじめる。健二は言った。
「なんだよ、ごまかすのかい」
「違うわ、それどころじゃないの。なくなってるの」
「なにが」
「手鏡よ。いまさっきまで、ここにあったのに」
べべ子がスカートのポケットに手を入れる。
「なんでそんなもの、持ち歩いてるのさ」
「うるさいわね。わたしの勝手でしょ。どうしよう、大切な鏡なのに」
まわりの地面を見わたす。健二もさっきべべ子がころんでいたあたりに目をやったが、白いビラがちらかっているだけだ。
「なくしたものは、しかたないよ」
「年末の駅前は、ぶっそうなんだもんね」
タンちゃんも言った。それでべべ子がはっとする。
「さっきの人だわ。わざと、わたしにぶつかって来たもの。スリだったのよ」
「はあ?」
「ほら、健ちゃんもぶつかったでしょ。なにか取られてない」
「いや。ぼくのは、ほんとうにぶつかっただけだし。それに、取られるものなんて持ってないもんな」
「ね~」
タンちゃんも調子をあわせる。べべ子が大きな音で足ぶみをしてから、ふたりのうでをつかんだ。
「なにが『ね~』よ。のんきなこと言ってないで、スリの男をさがすのよ」
「なんでぼくたちが」
はじめに声をだしたのはタンちゃんだ。つづいて健二。
「スリなら交番だろ。三人とも顔を見たし、おまわりさんにつかまえてもらえばいい」
「だめよ。交番はだめ」
「いつものべべ子なら、まずおまわりさんって言うくせに」
「やっぱりニセものべべ子だ」
このタンちゃんのじょうだんで、べべ子の髪の毛がさか立った。
「もう。こんなお子さまたちを相手にしていたら、スリが遠くに行ってしまうわ」
べべ子が背中をむけた。男が走りさった方角をにらんでいる。
「わかったよ」
健二が言った。そしてつづける。
「スリの男をさがす。そのかわり、目標はおとなだからね、あぶないことはしないよ」
「ブルーインパルス隊、出動だ」
タンちゃんが飛びあがった。
三人は、二手にわかれてそうさくすることにした。はっきりと顔を見ている健二とべべ子がわかれて、いちおう女の子のべべ子側に、タンちゃんがついた。
おたがいの連絡方法は、秋からブルーインパルス隊が特訓していた秘密のやり方だ。
本番でためすのははじめてなので、じつは健二とタンちゃんは、はりきっていた。これはべべ子にはナイショだ。
ひとりになった健二は、さっきぶつかった男のすがたをおもいうかべていた。
上着は、緑色のジャンパーだった。ぶつかったときに、男がバランスをくずしていたのは、そのジャンパーのポケットに手をつっこんで走っていたからだった。きっとあのなかに、べべ子の手鏡があったに違いない。
顔には特徴があった。つながってしまいそうなくらい、ふとくて長いまゆげだ。だからちょっとこわそうな顔に見える。けれど、たのめば子どもの手鏡くらいなら、返してくれるかもしれない。
健二の持ち場は、駅構内と周辺だった。国鉄の中央口構内には、外よりもおおぜいの人たちがいた。いつもよりも電気が暗く感じるのは、人だらけで足元まで光がとどかないからかもしれない。
そのなかを健二は、緑色のジャンパーをさがして歩いた。人と荷物をかきわけながら、ポイント地点の店をめざす。タンちゃんとも、よく来るポイントだ。とは言っても、買いものをするわけではない。
売店のおばちゃんのうしろに、小さな時計があった。健二はそれを見るために、まずはここでまゆげ男をさがすことに決めていた。
ブルーインパルス隊員がはなれて行動するときの、秘密の連絡方法その①は、『決めた場所で三十分おきに集合。情報交換と無事の確認をおこなう』だ。
だから、町のどこに時計があるか知ってないといけない。駅から商店街まで、すでに調査ずみだ。
健二は売店の時計を確認した。
十一時二十分。
タンちゃんとの集合まで、まだ十分あった。健二は近くのカベによりかかって、通り過ぎる人や、構内のお店に出入りする人の顔を、見ることにした。
みんな、いそぎ足で歩いていて、健二だけが止まっていた。置いてきぼりにされているような感じになる。
故郷に帰る人たちのカバンは、ふくらんでいる。もう片方の手には、みやげもののふくろをさげていた。年末の買いだしで来ている人は、両手にナイロンのふろしきづつみをぶらさげているのが、目じるしだ。
――カチッカチッ、カッカ。
むこうの改札口から聞こえてくる改札鋏の音は、とぎれない。つづけてキップを切っているからだ。つねに改札口を人が通っていた。
国鉄のどこかで、父ちゃんもはたらいている。
あさっての元旦は、ひさしぶりにお休みがもらえたと言っていた。それを聞いたとき、父ちゃんと初もうでに行けることがうれしくて、健二はばんざいをした。
――カチッカチッ。
――カッ、カチ。
リズミカルな音はつづく。
売店の時計に顔をむけた。もうここをはなれる時間になっていた。もどりながらも健二は、人の顔に目をこらした。
集合場所についたとき、ちょうどタンちゃんとべべ子も来たところだった。
「どうだった」
健二の質問に、タンちゃんが首をふる。もう遠くに行ってしまったのか。
「いいえ、年末だもの。かならず駅の近くにいるはずよ」
べべ子はいまにも走りだしそうだ。あわててタンちゃんがさえぎる。
「なん人かで、グループをつくってることもあるらしいよ。前にうちの神社に来たおまわりさんが言ってた」
健二もうなずく。
「タンちゃんの言う通りだ。だから見つけても、ぜったいにすぐ行動しちゃダメだからな。べべ子」
「なんでわたしだけなのよ」
「だってべべ子は、忍者修行もブルーインパルス隊の特訓もしてないだろ」
「また、ごっこ遊びの話」
べべ子がおとなぶって、手を広げる。おとなのまねをするのは、いつものことなので、健二たちも気にとめない。
「とにかく、まずは見つけるのがいちばんだ。それからついせき。犯人が、ひとりかグループか、観察する」
『ついせき』という言葉に、ちょっとべべ子が反応した。自分もさっき、つけられていたことを、おもいだしたみたいだ。いやみっぽく口をはさんだ。
「そういう男らしくないことは、ふたりとも得意よね」
べべ子の攻撃がひどくなる前に、健二が左手首を口元にあてた。タンちゃんも同時だ。
「トランシーバー、スイッチオン」
「また三十分後に会おう」
マジックで書いた腕時計を見て、べべ子がため息をついた。
タンちゃんたちとわかれたあと、健二は駅の裏側まで来た。タンちゃんたちも、つぎはアメや横丁のほうまで範囲を広げると言っていたからだ。
いつもはしずかな裏の路地も、今日は人だらけだった。毛布を地面にしいた上で、お茶をのんでいる人たちもいる。前の夜からここで寝ているらしかった。
そのなかを、ゆっくりと歩いて立ち止まった。健二は、人の出入りのある駅通路を、基地にした。
むかいのみやげもの屋の時計を確認、まだ時間はある。健二はジャンパーのポケットから、白い紙きれを一まい取りだした。
さっきべべ子が飛ばしてしまったビラだ。タンちゃんもひろっていた。ブルーインパルス隊の秘密の通信につかうからだった。
紙をひろげてみる。そういえば、べべ子はなにを、くばっていたのだろう。
「…と、くち。ひ? なんだこれ」
黒い墨汁で書いてあるのは、なにかの宣伝のようだった。読める字があった。
『どんなご用も、ピタリとあたる』
そのとなりに、手のひらの絵がある。手相だ。
「うらないの宣伝ビラだ」
あの魔女は、うらないをする人だったのだ。けれど、これをべべ子がくばっていた謎は、解決していない。健二はビラをたたむと、おり紙のようにおりはじめた。
できあがったのは、ほかけ舟だ。
おなじようにもう一まい、また一まいと、できあがったほかけ舟を、ジャンパーのポケットに入れていった。
「すこし早いけど、さがしながらゆっくりもどろう」
健二が移動した。
約束の場所にもどったとき、タンちゃんたちはまだいなかった。時間が早かったからなのか。
「違うぞ」
声をあげて健二が走る。目じるしに決めてあった、駅通路わきだ。
地面には、ほかけ舟が置いてあった。さっき健二が作っていたのとおなじもの。風で飛ばされないように、小石がのせてある。
タンちゃんの合図だった。
隊員の秘密の連絡方法その②だ。これは目標発見、そしてついせき中を意味する。
ほかけ舟の『ほ』は、駅を背にした大通りの交差点をさしていた。健二はいそいでタンちゃんのほかけ舟をポケットにつっこみ、その方向へ走りだした。




