海野彩葵の物語①
海野彩葵は23歳のITエンジニアだ。
生まれた環境は良い方の部類だろう。
父親はいないものの、母親の家系はそれなりにお金持ちだったこともあり、日常生活に問題はなかった。何不自由ない生を送って来たのかと問われれば、そういうわけでもないが、それでもこの世界では良い方だ。
彼女の男に対する興味はそこまでなかった。
それは知らなかったからだ。
男という存在は漫画や小説の中に出て来る都合のいい存在。男と分類される人間が生きていることは知っているが、あくまでそれだけなのだ。
彼女は大人になっていく過程でも男と会わなかった。
そして彼女が高校を卒業して働き始めて一つのことを思った。それは社会人として働くのはとても大変だということ。
誰もが働き始めれば思うこと。
だが、彼女にとってそれは少し辛かった。
だから彼女は少しの現実逃避として出会い系アプリをインストールしてみることにしたのだ。少しでも気晴らしになればいいし、運よく男という存在と知り合えたらいいなぐらいに気持ちで。
そこで海野彩葵は運命の出会いと呼んでもいいような出会いをする。
それは葉山優と出会ったことだ。
その出会いは彼女の運命を変えるのに十分だった。葉山とやり取りを重ねていく仮定で、漫画や小説に書かれていたようなキャラクターは現実に存在するのだと思うようになっていく。最初は仕事の辛さを少しでも誤魔化すために行ったことが、今ではそっちが主になっている。
どんどん葉山に対する好意が膨れ上がっていくのも海野自身も感じていた。だが、その気持ちをメッセージや通話で言うのはさすがに躊躇われた。いくら葉山が優しいからといって、この気持ちを絶対に受け止めてくれる保証はない。自分自身はあくまでネットを介してやり取りをしている一人に過ぎない。
葉山優という存在はとても優しく、寄り添ってくれる存在だからこそ、自分以外にも彼を狙っている女はいるはずだ。
そんな葉山に対して好意を抱く一人でしか自分はないのだと。
それを壊すために一歩踏み出そうと思ったこともあったらしいが、いつも最後の一歩が踏み込めなかった。今の関係性とこれからの関係性を天秤にかけるといつも『今』を選んでしまうのだ。
何もしなければ進展することもないが、この関係が崩れることもないと自分自身に言い聞かせながら。
そんな海野彩葵の物語も動き出す。
いつでもそれぞれの関係性が動いていくのは一瞬だ。
物語はたった一つの行動で全てが変わる。
その瞬間が来たのだ。




