小久間岬の物語⑦
岬さんは僕の隣に改めて腰を下ろしてもらった。さすがに手を触れあえるぐらいの距離感に来てもらわないと何もできない。
僕は手を出して、岬さんがそれに合わせてくれるのを待つ。
「岬さんの手を合わせてくれますか?」
これで良いのかは分からないけど、岬さんの緊張が少しでも和らげられればいい。
岬さんは少し戸惑っている素振りを見せながらも手を合わせてくれた。なので、僕は優しく岬さんの手を握った。
前世の世界であれば恋人繋ぎと呼ばれるような繋ぎ方。
誰かとこんな風に手を繋いだのはこの世界に来て初めての経験。この世界で女性は怖がられる対象であること、自分も昔に色々あったことを踏まえると怖いという感情は多少あるけど、やっぱり前世の記憶もあって女性とこんな風に手を繋ぐのは少し緊張する。
なるべくその緊張が岬さんに伝わらないように、必死に顔はいつもの笑顔を浮かべる。
「なんかちょっと照れくさいですね」
岬さんも何か言ってくれるかなぁと思って、視線を向けるとそこには顔が赤くなり、視点が定まっていない姿があった。
「…岬さん?」
僕の声が全く届いていないみたいで、返事を返ってこない。
「だ、だいじょうぶ?」
「…あ…はい。だいじょうぶです…しんぱいかけてすいません」
どう見ても大丈夫には見えない。さっきよりも赤く染まっている気がするし、落ち着きもなくなってきている。
ちょっと心配だったので、しばらく岬さんを休ませることにした。もしかしたら、初めて会ったのでそういう面もあって張りつめていたのかもしれない。
数分もすれば岬さんの赤かった顔も白い肌に戻ってきた。
「大丈夫ですか?」
「はい。ご心配をお掛けして申し訳ありません」
「謝らないでください。というかそんな丁寧な口調で謝らないでください。一気に距離が遠くなった気がするので」
メッセージでも岬さんは敬語を使っていることが多かったりした。僕の方が年下なのは分かっていたと思うから、この世界の男女の比率が影響しているのかな。
「迷惑を掛けてしまったので」
「全然迷惑じゃないですよ。岬さんと過ごせて、僕は幸せです」
こんな風にプライベートで女性と過ごす経験はそんなにない。というかこの世界に来て、男性が女性と会うなんて絶対にない。
だってもしかしたら…もう女性と近づけないぐらいのトラウマを植え付けられる可能性もかなり高いのだから。
「し、しあわせ…!?」
「はい。岬さんと会える、今日という日もとても楽しみにしていたんです。それに岬さんのようなキレイな方と過ごせる日々が幸せ以外に何と言い表せますか」
初めて会って確信したのは、岬さんはとても優しい方で良いお母さんなんだろう。こんなに優しい人に育てられた子は、同じように人を思いやることが出来る子に育つだろう。
いつか時間があればあって見たいと心の奥底で思っていたりする。でも、さすがに岬さんもまだ一度しか会ったことがない相手に子供を見せたりするのは抵抗感もあると思うので、もう少し会うようになって、もっと仲良くなってから頼んでみたい。
「ユウさんは嬉しい言葉を絶対に言ってくれるね」
岬さんが喜んでくれている。僕はただ思っていたことを口にしただけなので、お礼を言われるようなことではない。
「本当に岬さんは美しいですから」
「…ほ、ほんとにユウさんは罪な人ですね」
本当に思っていることを口にしただけ。でも、よくよく考えればこの世界で男性が女性を褒めるなんて絶対にあり得ないこと。
逆はあっても、その逆はあり得ないし、もしそんなことを口にするような奴がいれば異端のように扱われる。
僕みたいに。
それからも岬さんとは楽しい時間を過ごせた。僕は大学でのことを、岬さんはパートの花や子供のことなどメッセージでのやり取りだけではしない話もした。お互いに面と向かって会っているからこそ、会話のテンポも早い。
僕が岬さんと会おうと決意したのは…明らかに声が弱っていて、少しでも支えてあげたいと思った。
岬さんは笑顔で今もいてくれているけど、これで彼女の心は少しでも支えられているのだろうか。こんなただ他愛のない話をしているだけで少しでも彼女の心が支えられているなら嬉しい限りだ。
「僕は岬さんの助けになりたいので、何か辛いことがあったら相談してください。あと僕に不満があればちゃんと言ってくださいね。出来る限り、直しますので」
僕は岬さんの助けになりたい。もしかしたらその気持ち自体が岬さんにとってはいらない気遣いかもしれない。
それでも僕は彼女のために力になってあげたい。
「…本当にユウさんは優し過ぎます。そんなに優しくされたら私はユウさんから離れられなくなっちゃいます」
「離れないでください。折角、こんなに話せるような関係になったのに距離を置かれたら寂しいですよ」
ここまで女性と友人関係のようなものが築けるとは思っていなかった。この関係をこれからも大切にしていきたい。
その後しばらく話していたらお開きの時間になってしまった。さすがに双葉さんや運転手の方に協力頂いている以上、終わりの時間はしっかりと決めていた。
帰る時に岬さんは「ユウさんに選んでもらえるように頑張ります」と言って、去っていった。
その時の岬さんは来た時よりも良い笑顔を浮かべていた気がする。




