281.料理好きと料理長
「はい。 侯爵様から聞いております。 こちらへどうぞ」
エイケさんが屋台車の裏に案内し、料理長に調理場を見せると嫌そうな表情を浮かべる。
「こんなところでやるのか。 まぁ仕方がない、それで何をするんだ」
「まずは下準備をします」
ミソが肝心と言うより、下ごしらえと出汁が味を良くしている。だから割と大事な事は前準備。
丁寧に食材を選び、食べやすいサイズに切り 少し刻みを入れて味をしみこみ易くしたり、形が崩れやすいのはあとに入れたりと、きめ細やかな心遣いと言うか、日々食材の変化に合わせて、エイケさんとアウグさんは料理と食材の味に気を使っている。
「ふーむ。 香辛料とは違うが味はほぼ塩か。 これがスープに合うとは思えん」
もちろん調理の腕というか食材を捌く手際とか食材を選ぶのは料理長の人の方がずっと早い。一足先に食材を選別し、味噌単体の味を見ている。
まぁ、味噌だけだと味がほとんどないと思う。だから出汁を入れた後にも野菜とかお肉とか順番に入れて、最近では灰汁とりかとかもするようになったのでますます美味しくなったらしい。
正直に美味しい出汁さえ作れてしまえば、味噌が必須と言うわけではない。最初に教えたリンド商会の人には、出汁から始めたからね。
別の鉄鍋で軽く炒めてから、大鍋に順番に食材を入れて煮込んでいく。
これもエイケさんとアウグさんが繰り返した創意工夫の中で、美味しくなる方法を考え出したこと。自分もカイも何も教えていない。
「何をしている。 煮汁は捨てなければ害になるだろう。 そんなことも知らんのか」
料理長が健康を理由にした煮汁を捨てろと言っている。何か理由でもあるのだろうか。
「今まで害になったことはないよ。 それに煮汁を捨てたら味が落ちてしまう」
エイケさんは自分も食べてきた経験から問題ないと考え、そして何よりも大事な味が落ちてしまうために捨てる事を止める。
「煮汁を捨てなければ、体が丸くなりやすく、食べる方々の体に良くない。 貧民には分からんだろうがな」
なんていうか、お金があるゆえに偏った飽食で、太ってしまうためにカロリーそのものを落として料理をするのかな。
つまり太り過ぎる事が害なんであって、煮汁が害と言うわけじゃないと思うのだけれど。それに栄養素っていうのを大事にするなら、なおさら煮汁は捨てる事は良くない。
「食べ過ぎでしょう。 そもそも夫人の体のことを言うなら、なおさら口出しなんてさせないよ」
「そうですよ! それに侯爵様からちゃんと教えるように言われているので黙っていてください!」
健康第一、粗食が良いってわけじゃないけれど、とにかく教わる為に来たのだから、改良するのも改悪するのもまずは大人しく聞いてほしい。
エイケさんとアウグさんも全く引かず、何か言おうとしているけれど、食材の選別と手際以外では勝てないらしくて、睨みながらも料理を黙ってみている。
エイケさんとアウグさんは美味しい料理を作り、皆に笑顔で食べてもらうのが目的で、そして美味しいから商売としても成り立っている。
そこそこ安い・結構美味い、だからどこにいっても大抵よく売れるし、毎回きっちりと売り切れまで盛況で黒字になっている。
見た目が良くてお高く貴族様向けの料理を作る仕事をしているわけじゃない。だから根本的に考え方が違うから話がかみ合わないんだと思う。
一食出来上がった後、エイケさんは止めたのだけれど、少し覚えたら料理長はさっさと侯爵邸へと帰って行ってしまった。
よっぽど教えられるのが嫌だったのだろうか。
「よし。 一度お礼を持って侯爵様の所に行って料理を振る舞おう」
料理人としてというより、ソミールレイル侯爵夫人にちゃんとした味噌料理、そして暖かい物を食べて欲しいというのがエイケさんとアウグの意見。
緊張する生活だったと言っても、侯爵の別邸とはいえ長く料理を食べてもらい、美味しいと気に入ってもらったこともあるしその様子は自分も見ていた。
意外と口にあったみたいで、毒見をする使用人の人達も美味しいと言っていたので昼食は楽しみにしてもらえていた。だから少し覚えただけの料理人が これが味噌料理! と半端なものを出して欲しくないらしい。
「それなら、献上品もあったほうが良いだろうね」
「ベネリさんのアレがいいです」
「あれなら良いね。 きっと喜んでくれますよ」
ベネリさんが作った石鹸の中でも会心の出来のモノ。 バターミルク石鹸、甘い匂いとしっとりした肌と髪になる上にしっかりと汚れが落ちるしちゃんと泡立つ。
作るのに銀貨30枚くらいかかるのだけど、壺一杯に出来るので何とか売れるし、自分が取り出すミルク石鹸に随分と出来が近いらしく、皆も凄いとベネリさんを褒めている。
「今は二壺出来ていますから大丈夫です。 でも石鹸だけだと不足じゃないでしょうか」
ベネリさんは頷くけれど、やっぱりどこか不安そう。
「あとは、料理でなんとかするよ。 とっておきのショウユが出来ているからね」
エイケさんは自慢げに小さな壺を荷車から取り出してきた。以前に偶然できた物を、作ってみると言っていたけれど、どうやらちゃんと作れるようになっていたみたい。
「これなら鍋料理ももっと美味しくできるし、夫人のご家族に振舞っても問題ないと思うんだよ」
「料理を振る舞うには食器もいるだろうし、身綺麗にしない事にはそれも無理だな。 生地をオレが用意するから石鹸と合わせて献上し、侯爵から御呼びがかかるまで料理は待て。 呼ばれたのなら今の服や食器でも大丈夫だろう」
カイが冷静に献上するだけに止め、少ないものを集めて箱に詰める。
あとはこれをソミール侯爵邸に献上品として届ければ完了と。




