279.酒漬け・ソミールレイル侯爵夫人
ダリエルさんはじっと干し葡萄とお酒が入った壺を眺めていた。
硬いパンをスープに漬けて食べるのなら、干した果実もスープやお茶に合うんじゃないかと試行錯誤し、ほんの少しだけ成功したけど基本的に失敗。
酸っぱくて安いらしい葡萄酒は沢山作られているし、水で薄めたさらに安い物も沢山ある。
そして蒸留酒も高いけど作られていて、特に薄められていない物を買い、そこに色々な干し果物をダリエルさんは入れて漬け込んでいた。
「きっと上手くいくはず」
カイがアキュラさんに説明していた混ぜ物のない強い酒は殺菌という、体の外側に害のあるものどうにかする作用があると聞いたらしく、ダリエルさんなりに解釈して、お酒になら腐らずに合うんじゃないかと考えたらしい。
料理の為とかなら高いお酒もみんなは気にすることなく、むしろたまに料理の為に香辛料とかを買い込むエイケさんとアウグさん達の方が使っている。でも料理は格段に美味しくなっているらしいし、暖かくて美味しい料理は心をほっとさせるからカイも気にしていない。
侯爵から使いの人が迎えに来たので前を馬で歩いてもらい、そのあとをカイとアキュラさんを車体の上に乗せて自分が向かう。
いくつもの屋敷が立ち並ぶ中を通り過ぎ、王都だけにあって屋敷はあるけどそれほど広くはない、でも庭の隅に留まるくらいの広さはある立派な屋敷に着いた。
兵士の人達が守る門を抜け、侯爵夫人が待つ庭に入ると自分は少し遠巻きだけど、聞こうと思えば聞こえる場所に止まって待つ。
さすがに王都ではない場所ではないので、貴族に相応しい態度が要求されるので色々仕方ない。
カイとアキュラさんが降りて夫人が待つ庭先に用意された席へと訪れる。
そこには椅子に座る血色の良くなった夫人と側についている女性の使用人達。
「あなたのおかげで娘にまた会えるように」
頭を下げるなんて貴族の人がするわけにも行かないから、口頭でお礼を言うだけになる。
「少し病気で聞きたいことがあるのです」
話の最中一歩下がった形でアキュラさんは静かに聞いている。
なんでも屋敷に戻ってから、病気が治った事をお茶会や夜会などで話したところ、女性であり貴族であるということから、男ばかりの治療師や錬金術士よりも頼りやすく、同じ貴族の女性の病について相談されることが多いらしい。
その為治療の神様を信仰しつつ、他の方法がないかと著名な治療士とか錬金術師に訊ねたものの、怪しい薬とか瀉血を進められたりなどなんの役にも立たなかったと言う事。
比較対象としてちゃんとした予備知識があるので、どう試したり摂取した人はどうなったのかと聞いたらしい。だけどそのほとんどが曖昧だったり、少しの間は改善したとかばかりで、カイが伝えたように具体的な事は結果は濁されたとのこと。
さすがは侯爵家のご婦人。使用人などが居る前では相応の振る舞いを崩さない、だけど立場がある人だけあって知識に関してしっかりしている。
マリー・アントワネットとか馬鹿な女性かつ、国家を滅ぼしたとかいわれているけれど。
歴史をちゃんと調べてみると、そんなことはなくかなり聡明で国民思い、そもそもその立場になった時には国家は傾いていて、豪華な生活なんてまったくできなかったそうだ。
それから神様から神託である治療方法を聞きたいのだけれど、まだまだ信仰し始めて短い事ともあって、自分の病状と基本的な事しか聞けないらしい。
その為どうすれば加護を深く出来るのかとか、重い病はどうすればよいのとか話をしている。
「やはり簡単には行きませんか」
早く信仰を深めたり加護を増す事が出来ないことがわかり、特にため息をつくこともなく納得したように頷いた。
「ベレッタを呼びなさい」
命じられた使用人が屋敷に戻っていき、少ししてデュロより少し年上に感じるドレスを着た女の人。
夫人の横に立つとドレスの裾をもって丁寧に頭を下げる。
「この娘を神官に育ててもらえないかしら」
遠目に聞いているだけなのだけれど、どういうことなのかさっぱりわからない。
「どういうことだろうか。 大事な娘なのだろう」
カイが疑問に思っているし、アキュラさんも首を傾げている。
「当家に従う男爵家の第二夫人の娘だったのですけれど、第二夫人の病死と共に下働きに送られましてね」
事情を含めて説明されたのは、ソミールレイル夫人の立場もあるしこのまま引き取っていても、第二夫人の娘かつ親の押しがないと男爵くらいの第三夫人以下もしくは妾くらいしか道がないらしい。事によっては大きな商会とか実績を上げている騎士の所に出されることもあるとか。
ならばせめて自分で選べる道を進ませたいのが侯爵夫人なりの優しさみたいだ。でも、貴族のお嬢さまが旅暮らしを出来るだろうか。
「貴族暮らしとはほど遠い生活になる。 そんな生活耐えられるのか?」
同じようにカイも思ったらしい。
「第一夫人や第二夫人ならまだしも、第三夫人や妾はだめよ。 あなたたちは貴族について詳しくないのでしょうけれど。 辛い旅暮らしよりも、さらに辛い生活をしたいなら止めはしないわ」
旅暮らしよりも辛いというのは女性ゆえなのか、それとも貴族故なのか、色々ありそうだけどそこは訊ねない。
自分がどうにかできる問題ではないし、旅を通じて自分の道を選べるのなら、それも一つなのかもしれない。重要なのは自身が望んでいるかどうかだけど。
「お前はどう判断する。 オレ達と来た場合貴族の並みの生活などない」
「ワタクシは行きます。 このままいても、政略結婚しか道はありませんから、神官に成れれば他の道もあるはずです」
このお嬢さまも割とはっきりとしているというか、自分が置かれている立場や今後どうなるかをしっかり説明されているのかな。
「覚悟があるならそれでいい」
カイもそれ以上言うことなく、この町を離れるときに迎えに来ることに決まった。
「あぁ、それとミソについて 料理長を後日行かせるから教えておいて。 それでは私はこれで」
ソミールレイル夫人は席を立つと、使用人を連れて屋敷に向かって戻っていった。
確かにエイケさんやアウグさんの料理は美味しいと思う。だけどそれ以上に特別に美味しいっていうわけでもないし、強く執着したり独占しようとするわけでもない。
飽くまで安くて美味しいというだけで、ちゃんとした料理を出来る人からすると、まだまだ手を入れる箇所があるらしい。なのでちょっとお安めでそこそこ美味しい調味料として売れるだけで、それほど必要とされるものでもない。
帰ろうとカイとアキュラさんが車体に乗ると、2人の使用人らしい人が箱を持ってきた。
「こちらがお礼となります」
執事の人が箱を開くと中に入っていた小さいけれど高級そうな袋を取り出し、車体の上に直接乗せた。
使用人の人に案内され屋敷を出るとそのままみんなの所に戻り、カイが事情を説明して新たに1人 貴族のお嬢さまが加わる事を伝えると、皆は驚いたり動揺したりと落ち着くまでちょっと大変だった。




