275.皆の慣れと相変わらずの子息
ステアーも狼としてすでに体長3m、立派な灰色の毛並みに鋭い牙、世話をしているシグさん曰くとても丈夫な毛並み、もう立派な旅の一員で主に皆を守り、近付く男を決して許さない。
今目の前では喉を食いちぎられ動かなくなった男の上で、念入りに首の肉を噛み千切り止めを刺している。
フサフサクラブのトーラスも順調に成長して、もうデュロでは持ち上げられないサイズ、普段は甲羅干ししたり水浴びしたり、コケを体に張り付けたりしている温厚なカニだと思ったけど、フサフサクラブって実は結構危険な生物だったんだなぁ。
折れた腕が変な方向に曲がっているのに、離す事なく挟み続けている。酷いの痛みなのか動くことも出来ずにその場に座り込み悲鳴をあげていた。
「あー、あのね。 ステアーにトーラス? そろそろ止めて欲しいのだけれど」
シグさんがそう言うと、ステアーもトーラスも一旦攻撃を辞め、シグさんの側に戻ってきた。
いつの間にかステアーに従う形で、トーラスは近くで伏せている、トーラスは旅の仲間の中で一番下なのかな。
「男って、どうしようもないね」
「ほら、ステアーも口を綺麗にしないと」
騒ぐこともなく割と皆も冷静と言うか冷酷と言うべきか、もう色々旅で慣れてきたこともあって、この程度の事では動じない、青ざめている3人を除いてだけど。
「あらら、居ない間に男がきたのかい。 1人は、ステアーがやったんだね」
兵士の人達駆けつける前にイルレさんが戻ってきたので、カイがイルレさんに状況を伝え死体を屋台から離し、腕が折れて喚いている男に剣を向ける。
デュロはと言うと、特に気にする様子もなく荷車の中に入っていった。武具とか何も持っていないけれど、オーダーだろうから後日になるのかもしれない。
それから少しして駆けつけてきた兵士、イルレさんが代表して説明して兵士の詰め所を訪れ、罰金を支払いそれで片が付いてしまう。
やっぱりこの町でも殺人罪は高額な罰金刑で済んでしまうから、たぶんよほど悪辣か貴族に迷惑をかけない限り、お金で解決できてしまう。
それから四日ほど留まり出来上がった武具をデュロは上機嫌にその場をくるくると回っている。
革で出来た防具に額当て、短めの剣など小さいけれど見た目は一人前とまではいかないけれど、見習いの剣士には見える。
「デュロ落ち着きな。 まだまだ訓練しないと危ないからね」
「デュロちゃん。 兵士も剣士もなり立てが一番危ないから、ちゃんと訓練しないと」
「は~い」
イルレさんとアウグさんに言われ立ち止まると、荷車に積まれている木剣を取り出して素振りを始める。イルレさんとカイの練習を見ているので、そう言う所はきっちりと理解しているみたい。
時折二人から指導を受けているのもあって、前世の自分ではもうデュロに勝てそうにない。一応それなりに武道をやってはいたけど、実戦を積んでいる二人とスポーツ化した現代とじゃ違い過ぎた。
イルレさんの武器が出来上がっているのを待っていると、豪華な馬車を広場を通り過ぎずに止まった。
中から出てきた人をどこかで見たことがあるような気がして、じっくり見てみるとずっと前にろ過設備を作った時の人だった。
パーマー子爵の子息であるバートンさん、自分から見ても変人で天才な人だけど、領民の事をそれなりに考えている良い人。
「久しぶりだな。 ろ過設備は問題ないだろうか」
イルレさん達は警戒しているけれど、カイが車体から降りて挨拶をすると、
カイだって男嫌いとはいえ礼節はわきまえているし、バートンさんが比較的礼節を隔たりなく行う人と分かっている。だから邪険に扱ったりはしない。
屋台の席で話をしたところ偶然この町を通り王都に向かうらしくこの町を通ったらしい。
執事さんとか護衛の人を連れ、カイの近くで待機しているのは仕方ないけど、やっぱり加わったばかりの3人は男性が近くにいるのは辛いらしく、荷車の中で休んでいる。
「あなたには感謝している。 おかげで領民は綺麗な水を得られるようになった」
「異常が無いようでなによりだ」
さすがに子爵の子息であるバートンさんが頭を下げる事はないようだけど、貴族の人が直接お礼を言いに来ることに皆は驚いている。
「しかし、匂いが残ってしまう事がある、それについて何かわからないだろうか」
「匂いか」
「一部の地域では綺麗にはなったのだが、匂いが残ってしまう。 もちろんそれでも川の水をそのまま使うよりは良いのだが」
匂いとなると木炭の種類と量が問題かな。確か浄水の概念勉強の中で、匂い物質をろ過吸収変換するには木炭だったはず。
多段式の濾過設備にもう一段多様な木炭を入れた層が必要かもしれない。これを伝えるには、AAV7の車内に置いてある板と木炭を使って絵を書く。
絵心がないので伝わるかはわからないけれど、少なからず絵をもってカイに伝えて、それをカイが伝えてくれればいい。
「少し待て」
カイはそう言うと車体の後方に回り車内に入る。
お付きの人が不快そうな顔をしているけれど、バートンさんは特に気にしている様子もなく、何か対策があるのだろうかとウキウキしている様子が伺える。やっぱり変わり者なのだろう。
「聞いていただろう。 何かあるか」
外に漏れないよう極々小声で訪ねてきたカイに、書いておいた木板の絵を見せる。
「炭の量を多くして種類を増やせば、ある程度は解決すると思う。 根本が綺麗にならなければ、他の濾過設備よりも早くまた臭うことになるとは思うけど」
「それで十分だ」
カイはそう言うと木板に掛かれた絵を確認し、少し書き上げている時間に思ってもらうため、そのまま少し時間を潰す。
外では待っていたバートンさんやお付きの人達に、アウグさんがお茶と味噌焼き魚を出していた。
「これは美味いな!」
「ありがとうございます」
もちろんお付きの人達が毒見をした後だけれど、その人たちも少しずつだけど料理を味わっていた。待っている間の余り良くない緊張感も、料理とお茶である程度ほぐれていた。
「ふむ。 変わった茶ですが悪くはありません。 しかも安いとは幾らか買っておきましょう」
お付きの人もお茶を気に入ってくれたらしく、果物の皮を干したあと粉まで挽いて厳選した安いお茶は好評みたい。
ダリエルさんは小さな作業を1人でぽつぽつとやるのが落ち着くらしく、最近では果物の皮を干しては石臼で丁寧にすり潰している。
そしてお茶を自分で淹れては失敗とか成功とか、小声で呟きながら厳選しつつ色々作っているので、エイケさんやアウグさんもお茶に関しては任せ、屋台車に移ってずっと作業をしていた。
アキュラさん曰く ほっとする味 のものが多いらしい。本当に自分も飲めたらいいのだけれど、ここは一つ麦茶を作ろう。
大学時代、先輩と共に作った自家製麦茶。
【麦茶なんて安物だよな】
と言ったところ先輩が切れ、麦を買ってきた先輩によって一から麦茶を作らされ、そして販売している麦茶の偉大さを知った。
麦を選別して、焦げないように水分が全部飛ぶまで丁寧に焙煎し、そして煮る。簡単なようでやってみると実に時間がかかるのだ。しかも麦の種類によっていろいろ変わるので、考えのない発言にどれだけ先輩に怒られた事か。
まずは荷車に積まれている食用の麦を分けてもらって、その選別から始めよう。
少しして車内から出たカイが絵と共にバートンさんに説明し、納得してくれたのか頷いて高そうな羊皮紙に内容を書き留める。
「助かる。 今は手持ちがないが、ステアー商会だったか。 王都に行った際にはその名でパーマー子爵家を訪ねてくれ。 報酬もちゃんと支払わせてもらうよ」
そう言うとバートンさんは上機嫌で戻っていった。
お付きの人達もダニエルさんが作ったお茶の粉末を購入し、頭を下げて馬車に戻ると出発していった。
「なにか変わった人だったねぇ。 貴族さんにもあぁいうのが居るなんて初めて知ったよ」
イルレさんはどこか疲れたような驚いたような表情をしながら
「あれは例外だろう。 オレも初めて見たからな」
自分も歴史書とかで貴族の在り方とか振舞いを読んだし、いくつかこの世界でも見てきたけれど、たぶんバートンさんは特殊な分類に入ると思います。




